第53話 ポストと話せる共通点。
重低音を響かせていたエンジン音が途切れた。
プシューッ、と高圧の気体が抜けるような音が響き、車両が完全に停車したのがわかった。
(……着いたのか?)
光の入らない棺の中で、俺は息を潜めていた。
ガタ、と棺の外枠が持ち上げられる感覚。
そのままキャスター付きの台車か何かに載せられ、滑るように運ばれていく。
厚い金属壁越しに、いくつもの「音」が通り過ぎていった。
自動扉が左右に開くような機械音。
靴音を響かせて行き交う無数の足音。
「リトナ支部から入電」「アテサに魔獣出現」といった、慌ただしくも規律の取れた業務連絡の声。
(……なんだ? 想像していたより普通だな……)
やがて台車が止まり、カラスの声が聞こえた。
「固定具を外すぞ。お前ら、足元に注意しろよ」
バチン、と音がして眩い光とともに、棺の蓋が大きく跳ね上げられた。
「うおっ……!?」
思わず目を細める。
目蓋なんてないはずなのに、そう感じてしまうほど、周囲は純白の光に満ちていた。
そこは、見渡す限り白い巨大なフロアだった。
床面には精密機械の基板のように整然と彫り込まれた巨大な魔法陣があり、その中心に、俺はセッティングされていた。
(……めちゃくちゃ人がいる……!?)
想像していた「悪の秘密組織の本拠地」とは、まるで違う。
白い制服を着たごく普通の事務職員が書類の束を抱えて小走りで通り過ぎ、ローブを羽織った魔術師たちが空中に投影された立体魔法陣を囲んで議論している。
「──特異指定個体『恒一』、移送完了しました」
キーが水晶端末を操作しながら、淡々と報告を上げる。
「ご苦労だったな。因果遮断晶牢、展開。……これでよし」
俺の周囲に、半透明の壁が円筒状に広がっていく。
「楽しいドライブだったぜ。じゃあな、恒一さんよ。無事に帰れるよう祈ってるぜ」
カラスが無精髭を撫でながら、俺の天板をぽん、と軽く叩いた。
「カラス、無駄口を叩くな。次の現場に向かうぞ」
「へいへい。貧乏暇無しってことだな」
キーに急かされ、二人は足早に去っていった。
薄っすらと青白い光を放つ檻の中に、俺だけが取り残された。
(これじゃあ見せ物だな。これが生きてる郵便ポストです……なんてな)
室内の様子を観察していると、カツカツと軽快な靴音が部屋の奥から響いてきた。
「やっほ〜! 無事に届いたね〜! キーちゃんたち、手荒なことしなかったぁ?」
どこまでも明るく、気の抜けた声。
白衣の袖をだらしなく余らせ、両手を広げながら現れたのは、あの「ユー」だった。
(出たな……危険人物……)
「警戒しないでいいよ〜。ユーちゃん、君をいじめに来たんじゃないんだからさぁ」
ユーは俺の前に椅子を置いて腰掛け、まるで友人と話すように親しげに語りかけてきた。
「あの街ではゆっくりお話しできなかったでしょう? 龍の件もあったし、周りに人がいっぱいいたしねぇ。……もう少し『泳がせよう』と思っていたけど、『勇者』のせいで事態が変わったから、お招きしたんだよ〜」
(お招きってレベルの拉致じゃなかっただろ! 無理矢理に引き抜かれたんだぞ、地面から!)
全力で叫んでみるが、ユーに俺の声は届かない。
「キミ、不思議に思ってるよねぇ? 『どうして自分の正体がバレたのか』……『どうして完璧に対策されたのか』ってさぁ?」
(まあ、最初から俺を怪しんでいた節はあったよな)
「ユーちゃんね、お仕事はちゃんとするんだよ〜。これを見て〜?」
ユーが虚空を指で払うと、空間に巨大な光の板──映像スクリーンが浮かび上がった。
そこに映し出された光景を見た瞬間、俺の思考は完全に凍りついた。
夜の静まり返った街角。
街灯の淡い光の下、せっせと小さな羽を羽ばたかせながら飛んでくる、手のひらサイズの妖精の姿。
緑の木の葉を両手で大事そうに抱え、俺の投函口へ、パサリと落とす。
(……あいつ……!? あの時の妖精……!?)
「可愛いよねぇ? 森の偵察妖精ちゃん」
ユーが小さくと笑う。
「あの子ね、自分が何をしてるか全然わかってないんだよ。好奇心旺盛な『習性』を利用した、無意識のスパイカメラってわけ」
ユーが指先を滑らせると、映像が次々と切り替わっていく。
妖精の視点から見下ろした、俺の姿。
ルミナと向き合い、会話している様子。
ヴェルと対峙し、交渉している光景。
そして、他者の願いを受け止め、俺の体が淡い光を放ち、《預託意思》を発動させた瞬間。
『──対象、未分類エネルギーの受容を確認──』
『──既存魔術体系に該当なし──』
『──因果律の書き換え現象と推測──』
画面の端には、俺の能力の発動プロセスが、無機質な数値とグラフで克明に解析されていた。
あの温かかった夜の交流も、新しく覚えた能力の喜びも。
──全てを天聖連に観察されていた。
(こいつ、全部見ていて、その上で俺を試していたのか? ……性格悪すぎだろ!?)
「キミの能力さぁ、誰かの『想い』を受け取ることで成立するんじゃなぁい? だから、『想いの通り道』を本体ごと『鍵』しちゃったぁ! キーちゃんの封印術式、完璧だったでしょ〜?」
ユーは得意げな顔で語る。
「さてと。タネ明かしも済んだことだし、本題に入ろうかぁ。キミ自身が『何者』なのかとか、『勇者』と接触したこととか、聞きたいことは山ほどあるんだけどさぁ……」
ユーが首を傾げ、わざとらしく困ったような顔をする。
「……ねぇ、キミ、どうやってお喋りするの? キミと話せる子たちも『色々』と調べさせてもらったけど、奇妙な『共通点』があるよねぇ?」
(ルミナやヴェルたちのことまで調査済みか。共通点……俺と話せることに理由があるとでも言うのか)
「魔法使い、聖女、魔族……立場も種族もバラバラなのに、キミと『言葉』を交わせる。あの子たち、何か『ある』んだよねぇ? 不思議だよねぇ? 知りたいなぁ?」
(俺に聞くな。そんなことは知らん)
「喋ってくれないと、お話し合いができないよ〜? あの女の子たちをお招きして『解剖』してもいいのかなぁ? ユーちゃん、できればキミの口から直接聞きたいんだけどなぁ?」
(喋れるわけないだろ! 俺には声帯もなければ口もないんだよ! あと、解剖とかサラッと恐ろしいことを言うな!)
何度叫んでも無駄だった。
ユーに俺の言葉は通じない。
白い空間には魔導機器の駆動音だけが虚しく響いていた。
「……なら、キミの情報を一番最初に提供してくれた人物とか、興味なぁい? つまり、『裏切り者』ぉ。知りたぁい?」
(裏切り者!? 天聖連に俺を売ったやつがいるのか?)
「残念、これも反応なしかぁ。やっぱりキミと話すには特殊な条件が必要なのは確定なんだねぇ」
ユーは細い指を顎に当て、俺の投函口を見つめた。
やがて、ユーの瞳が獲物を見つけた獣のように、妖しく輝いた。
「あ、そっかぁ……! 器がポストだから、『普通』の人と喋れないのは『当然』なんだよねぇ!」
ポン、と自分の手のひらを打つユー。
(こいつ、全てが胡散臭い。最初から全て演技か、それとも本気なのか……)
「じゃあさ、キミとお喋りするために、僕が『中身』を取り出せばいいんじゃなぁい?」
(……は?)




