第52話 特封隊に誘拐されました。
朝の静かな空気が、前触れもなく凍りついた。
ガシャン、ガシャン、と規則正しい金属音が街角に響く。
気づいた時には、俺を囲むように白と銀の杭が何本も地面に打ち込まれていた。
「一般市民の退避完了」
「魔導遮断ライン、展開終了」
「警戒反応微弱。回収作業に問題はありません」
白い外套に身を包んだ集団が、無駄のない手際で規制線を張り巡らせていく。
街の人々は「魔力異常の検知」という言葉に促され、遠巻きに避難させられていた。
(……工事か? いや、この外套は……天聖連?)
規制線をくぐり、二人の人物がゆっくりと俺の前へ歩み寄ってきた。
先頭を歩くのは、純白のコートを着た背の高い細身の女性。
手に持った水晶板のような小型端末を操作しながら、まっすぐこちらへ向かってくる。
その後ろを、背中に巨大な棺を背負い、くたびれた黒いロングコートを羽織った無精髭の男が、気だるそうに煙草の煙を吐き出しながら追随していた。
やがて女性は、俺の投函口の真正面でピタリと足を止めた。
「対象、特異指定個体『恒一』。あなたを第一級危険物として即時拘束、および本部へ移送します」
(……はい?)
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「キー、いや、隊長。いくら何でも挨拶が急すぎだぜ」
男が肩をすくめ、やれやれと首を振る。
「口を慎め、カラス。対象に知性および言語能力が存在することは、事前の観測ログで実証済みだ」
「だとさ。……悪ぃな、恒一さんよ。お前がこの街で上手くやってるのは知っているが、仕事なんでな」
(カラスにキー……? コードネームか? ていうか、俺の存在がバレてる!?)
ただ事ではない。
こいつらは俺をポストではなく、「意思を持った危険な存在」として認識しているようだ。
(捕まったら何をされるか分からないな)
だが、無抵抗にやられるつもりもない。
こちらに危害を加えようとすれば、防衛機能で対処できるはず──そう身構えた瞬間だった。
「観測データ通り。対象、防衛術式の発動兆候を確認──『概念封鎖』」
キーが淡々と呟き、指先をわずかに動かした。
地面の銀杭から幾何学的な光の鎖が噴き出し、投函口や取り出し口、台座の隙間へ伸び、次々と固定されていく。
『──《転送》不可《引受》不可──』
『──能力を発動できません──』
頭の中に響く声が完全に聞こえなくなった。
(嘘……だろ……!?)
どれだけ意識を集中させても、《預かる者》を発動することができない。
他者の想いを受け止めるための「投函口」そのものが、鎖によって封鎖されている。
「キー隊長! 能力を発動しようとしているようです!」
小型端末を見ていた隊員の一人が叫んだ。
「抵抗は無駄です。我々に封じられないものはない。あなたの能力は完全に無力化しました」
キーは表情ひとつ変えずに言った。
「カラス。収容しろ」
「へいへい。……よっこいせっと!」
カラスが背負っていた巨大な黒い金属製の棺を地面に下ろし、蓋を開け放つ。
隊員たちが四方から特殊な器具を差し込み、俺の台座を力任せに、こじ上げにかかる。
ゴリッ、と嫌な感触が伝わってきた。
(ちょっ、待て、本気で待て! 引っこ抜くな!! 痛い! いや痛くはないけど抜けてる!! 浮いてる!?)
メリメリと音を立て、石畳から基礎ごと引っこ抜かれる。
そのまま複数人に担がれて、光を一切通さない黒塗りの封印棺の中へと押し込められた。
「中で暴れなさんなよ。傷が付いたら嫌だろ?」
(暴れられるか! 元から動けないのに封印までしやがって!)
ガシャン!!
分厚い蓋が閉じられ、世界から光が消えた。
重なり合う金属錠の音。
俺は完全に棺の中に閉じ込められた。
⭐︎
(俺はどこに連れて行かれるんだ……? 手紙はどうなる? ヴェルは……ルミナたちは……!)
どれだけ考えても、何もわからない。
やがて、微かに周囲の音が聞こえてきた。
「──第三封鎖匣、固定完了。被害はゼロです」
「うむ。これより本部へ移送する」
ブロロロロ……と、唸るような重低音の駆動音。
それは馬の蹄の音でも、風を切る馬車の軋みでもなかった。
(……これは、エンジン音……!?)
この世界に来てから、主な移動手段といえば馬車くらいしか目にしていない。
だが、今俺が収められている棺の底から伝わってくる振動は車に乗っているときの感覚に近い。
天聖連の技術力は、世界の常識から外れているらしい。
(俺を誘拐してなんの得になる? 変な集団だとは思っていたが、まさか、ここまでとはな……)
車内にいるのは、棺に閉じ込められた俺の他に、キーとカラスの二人だけのようだった。
棺のすぐ外から、二人の話し声が聞こえてくる。
「……特封隊の車両はケツに響くな。サスペンションの具合、もう少し柔らかくならないもんかね」
「──悪路での踏破性と対衝撃効果を最優先した結果だ。不満なら歩いて帰還すればいい」
キーの冷たい声が車内に響く。
「冗談だよ、冗談。……それにしても、物好きなヤツがいたもんだ。こんな街角の投函箱を欲しがるたぁな。勇者の件があるとはいえ、特封隊が出張るには大袈裟すぎだな」
「大袈裟ではない。対象の特異性は、危険水準を遥かに超えているのだぞ」
書類をめくる微かな音が聞こえる。
「……あれだけの因果干渉能力。他者の意思を受け止めることに特化している。放置はできない」
「そうか、ねぇ……。俺には健気に誰かの便りを待ってるだけの、気のいいヤツに見えたがね」
「その油断が封印対象の暴走を招くのだ。我々の任務は、封じること。それ以外は何も考えるな」
コンテナの冷たい闇の中で、俺はその会話をただ黙って聞き続けるしかなかった。
(誰か……助けてくれ……)
今までずっと「助けて」という声を受け止める側だった俺の、初めての、届かない想いだった。




