第50話 再会、女勇者。
『で? どうしてアンタが主導権を握ってるわけ?』
「……父親を殺したかもしれない相手と、冷静に向き合えるか?」
『……任せるわ。悔しいけど、アンタの言う通りよ』
ヴェルの声には、まだ割り切れない思いが滲んでいた。
俺たちは、リトナの街で勇者を探し始めた。
大通りや市場、石畳の裏路地まで歩き回る。
行き交う人は多く、街は喧噪に満ちているというのに、肝心の手がかりはまるで掴めない。
『本当に、この街にいるのかしら』
「あの鑑定士を信じるしかないだろ」
『信じたいのはわかるけど、散々歩き回って、このざまよ?』
ヴェルの声から、疲労と苛立ちが伝わってくる。
俺も、同じように疲れていた。
住民の雑談に耳を澄ませ、商人たちの噂話にも気を配った。
「勇者様」「銀髪」「様子がおかしい」──断片的な情報は拾える。
だが、どれも曖昧な話ばかりで、確かな足取りには繋がらなかった。
『……疲れた。宿をとって、捜索は明日に回さない?』
「それは無理だ。預言の日は今日だし、《引受》が時間切れで解除されてしまう」
『意地を張ってるだけじゃないの?』
「違う。せめて今日のうちに、もう一巡りだけ付き合ってくれ」
そう返し、さらに人の波が渦巻く区画へと足を踏み入れた、その時だった。
(……あの髪色は)
雑踏の隙間から、銀色の髪が見えた。
人混みの奥、街の喧騒からぽつりと切り離されたように佇む──見間違えるはずもない、その姿。
(まさか……! 本当に……!?)
『恒一!? 急に走り出してどうしたのよ!?』
ヴェルの困惑の声を無視し、俺は彼女の身体を全力で走らせた。
『……あの銀髪が、あんたの言う勇者なの?』
「そうだ。間違いない。知らなかったのか?」
『……突然、攻めてきて、あっという間に城が崩れたのよ。確認なんて出来なかったわ』
「そうか。なら、真相を確認すれば良い」
ヴェルの心臓がうるさいほど高鳴っている。
雑踏を縫うようにして街外れへ向かう勇者の背中。
見失わないように、必死に追いかける。
石畳が土の地面へと変わり、周囲の喧騒が遠のいていく。
木々が生い茂る森の小道へ踏み込み、深い木立の中を駆ける。
──木漏れ日が差し込む、静謐な泉の前。
彼女はそこで、ようやく立ち止まった。
誰もいない泉の縁にポツリと佇むその背中へ、俺はヴェルの口を借りて、抑えきれない想いを声にした。
「……ずっと、ずっとキミを探していた!」
彼女の肩が僅かに揺れる。
「キミと出会ったから、俺は『預かる』ことの大切さを知れた」
伝えたかった言葉を真っ直ぐに届ける。
勇者がゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、俺の知る彼女ではなかった。
感情の抜け落ちた、光のないガラス玉のような瞳。
顔色は青白く、生気の欠片も感じられない。
ただ、風に流れる美しい銀髪だけが、彼女の面影を残していた。
「……人違いです」
返ってきたのは、身を切るほどに冷たい一言。
「一体、何があったんだよ。俺に教えてくれないか」
光の宿らない虚ろな目で、彼女は俺を見つめている。
「……あなたは、誰なんですか」
今にも消えてしまいそうな、か細い声。
色々な言葉が頭を巡るが、届けたい想いは決まっていた。
「手紙、今でも大切に預かってる」
「……!」
彼女の目が、初めて大きく見開かれた。
「……あの、時の……?」
「そうだ。俺が──」
「もう、やめてください」
一切の言葉を遮るような、完全な拒絶だった。
かすかに揺れた瞳の光は瞬時にかき消され、再び元の虚無へと戻ってしまう。
それでも、俺は言葉を続ける。
「……聞きたいことがあるんだ。……守護竜を殺したのは、本当にキミなのか?」
俺の問いに、彼女は感情の籠もらない声で呟いた。
「そうですね。私だと思います」
「じゃあ……魔王を殺したのも、キミなんだな?」
「そう、なっていますね。否定はしません」
「な……なんだよ、それ……!」
自分の戦功であるはずなのに、まるで他人事のような態度だった。
「……キミがそんなことをするはずがない。何か理由があったんだよな? 目的を教えてくれ」
俺の絞り出すような問いに、彼女は泉の水面を見つめたまま動かない。
「さあ……わかりません。……強い者を倒すため、でしょうか。魔王は弱すぎました」
──その瞬間。
『……今、何て言った?』
俺の胸の奥にいるヴェルの魂に、亀裂が走った。
(落ち着け、ヴェル。俺が確認するから)
彼女は俺の意識を押しのけ、前に出ようとしている。
「今の話は本当なのか」
俺の問いかけに、勇者は沈んだまま小さく笑った。
「魔王は……弱かった。数秒も持ちませんでしたね」
ぐらりと、世界が揺れた。
ヴェルの感情が、津波となって俺の意識の奥まで直接流れ込んでくる。
絶望、困惑、そして、凄まじい怒りと殺意。
『……殺す。アイツを、今すぐ殺してやる!』
(落ち着けヴェル! 待て、駄目だ!!)
意識の中で暴れ回るヴェルの殺意を、俺は必死の思いで抑え込む。父親を「弱者」と切り捨てられたヴェルの激痛が、俺の胸を鋭く刺す。
だが、俺は──目の前の勇者を責める気にはなれなかった。
「違う! こんなの、キミの本心じゃない……!」
勇者に会えた喜びと、内側から爆発しそうなヴェルの殺意。二つの相反する感情が、一つの身体の中で苛烈に鬩ぎ合っていた。
「もう、これ以上話すことはありません。私のことは忘れてください。……行きます」
彼女は冷たく言い放つと、一度も振り返ることなく背を向け、歩き出した。
『今ならまだ殺せる。主導権を渡しなさい……』
(絶対に渡さない。今の乱れた精神状態では、《引受》が解除される。彼女の真意もわからない。だから落ち着け。お前の怒りは、俺が預かるから)
ヴェルの怒りを抑え込むのに必死で、ただ遠ざかる背中を見送ることしかできなかった。
森の奥へ消えていく直前、一瞬だけ見えた勇者の横顔は絶望に染まっていた。
「……助けて、ほしいんだな」
ぽつりと漏れた俺の問いに、答えは返ってこなかった。




