第5話 届いていますよ。
朝が来た。
俺はいつもの街角で、昨日のことを何度も思い返していた。
あの勇者のことだ。
思い出すだけで、顔から火が出そうになる。
「…………」
恥ずかしい。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
でも、後悔はしていない。
あれは、本当に伝えたかった言葉だった。
そんなことを考えていると、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
銀色の髪に白いマント。腰には剣を下げている。
昨日までと違うのは、その表情だった。
少しだけ、柔らかい。
彼女は俺の前で立ち止まった。
「おはよう」
俺も心の中で返す。
おはよう。
「……今日は、いい天気だね」
誰に向かって言っているのかは分からない。
それでも、俺に話しかけているような気がした。
彼女は投函口に手を伸ばしかけて、ふと動きを止めた。
「昨日の人、もう現れないのかな」
……俺のことだ。
「初めて会ったはずなのに、そんな気がしなかった」
彼女は小さく笑った。
「ここにいると、やっぱり落ち着く」
そう言って、投函口の縁を指先でなぞる。
「他のポストとは、少し違う気がする」
俺は何も言えない。
こういうとき、声が出せないことが、もどかしくなる。
「もし……」
彼女が少しだけ言葉を濁した。
「もし、あなたがあの人なら」
俺は黙って聞いていた。
「また、助けてくれる?」
答えようがない。
彼女はしばらく返事を待つように佇んでいたが、やがて諦めたようにやがて懐から封筒を取り出した。
カタン。
手紙が入る。
「……今日も、預かってね」
そう言って、彼女は俺に背を向けた。
いつものように。
ただ、今日は少しだけ歩く速度が遅かった。
俺は意識を集中する。
預かった手紙の内容が、頭の中に浮かんだ。
──私にとって、この場所は何よりも大切です。
──だから、今日も預かってください。
──また、来ます。
「…………」
短い文面。
でも、そこにはちゃんと温度があった。
俺はその手紙を、いつも通り大切に預かった。
彼女が街角を曲がろうとした、その時だった。
「大丈夫。ちゃんと届いていますよ」
小さな声が聞こえた。
彼女が足を止める。
俺も思わず、そちらへ意識を向けた。
路地の入口に、一人の少女が立っていた。
ピンク色の髪、地味な服装。
そして、左右で違う色の瞳。
少女は俺たちを見て、軽く頭を下げた。
それから何も言わず、足早に去っていく。
「……今の子は?」
勇者が首を傾げる。けれど追いかけることはせず、そのまま街道の方へ歩みを進めていった。
俺だけが、いつもの場所に残された。
「…………」
今の声は、俺に言ったのだろうか。それとも、彼女に言ったのか。
分からない。
ただ、妙に印象に残った。
……誰なんだ?
考えても答えは出ない。
やがて、街角を風が吹き抜けていった。
見上げた空はどこまでも青く、高い。
明日も、彼女は来るだろうか。
それに、あの少女のことも、まだ何も分からない。
それでも、明日が来るのが、少しだけ楽しみだった。




