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第4話 ポストは動けない、だから預かる。

 

 晴れた日の朝。

 いつものように、彼女がやってきた。

 銀色の髪。白いマント。腰には剣。

 そして、少し疲れた顔をしている。

「おはよう」

 彼女は俺の前で立ち止まった。

 もちろん、俺から返事はできない。

 せめて「おはよう」くらい言わせてほしい。

 そう思っていると、彼女は懐から封筒を取り出した。

 カタン。

 今日も一通。

「……今日は、少し長くなるかも」

 彼女はそう言って、俺の前にしゃがみ込んだ。

「昨日、王都から命令が来たの」

 俺は黙って聞いていた。

「今日、北の街道を調べに行くことになった」

 北の街道。

 その言葉に、少し嫌な予感がした。

 彼女は封筒を握りしめる。

「最近、あそこでは商人や旅人が何人も襲われてるらしいの」

 笑おうとしたのだろう。

 でも、うまく笑えていなかった。

「だから、行ってくるね」

 カタン。

 手紙が俺の中へ落ちる。

「……また明日」

 そう言って、彼女は立ち上がった。

 俺は何もできない。

 いつものように、ただ見送るだけ。

 彼女の姿が、少しずつ遠ざかっていく。

 俺は考えた。追いかける。走る。

 できるわけがない。

 そもそも俺には、足がない。

 完全に地面に固定されている。

「…………」

 こんなとき、自分がポストであることが腹立たしい。

 俺は何もできない。

 頭の中に、昨日の文字が浮かんだ。


 《預かる者・第二段階》


 対象が自ら望んだ場合、その身体を一定時間預かることができる。


 俺は彼女の背中を見る。

 もし、彼女が俺を頼ってくれたら。

 俺は動ける。

 だが、今の彼女は、何も望んでいない。

 やがて彼女が角を曲がる。

 その直前。

 彼女が一度だけ振り返った。

 俺と目が合った。

「……じゃあね」

 そう言って、彼女は去っていく。

 どうか、無事でいてくれ。

 ただ、それだけを願う。

 遠くから、馬の蹄の音が聞こえてきた。

 彼女が去っていった方向とは違う。

 街道から戻ってきた馬車だった。

「魔物が出たぞ! 道を空けろ!」

 御者が叫んでいる。

 馬車が猛スピードで走ってくる。

「どけ!」

 その瞬間、道端の茂みから剣を持った盗賊の男が飛び出してきた。

 男は馬車に飛び乗ろうとしたが足を滑らせ、勢い余ってそのままこちらへ転がってくる。

「うわあああ!」

 男の身体が、そのまま俺に向かってくる。

 ドンッ!

「…………」

 男の身体が、俺に派手に突っ込んできた。当然痛みはない。

 地面に倒れた男が、忌々しそうに俺の投函口へと手を突っ込み、中を探り始める。

「なんだこの箱……」

 その瞬間だった。

『緊急条件を満たしました。対象の同意は不要です』

 俺の中で、何かが反応した。

 投函口が、ゆっくりと開く。

 男の身体が淡い光に包まれ、次の瞬間、その姿が消えた。同時に、俺の意識が男の身体へと引き込まれていく。

 次の瞬間──

「…………」

 手がある、足がある、身体がある!

 視界が高い。空気の匂いがする。

 久しぶりに味わう生身の五感に戸惑いながらも、深く息を吸い込んだ。

「うおぉっ!」

 思わず叫んだ。

 久しぶりに聞いた自分の声。

 だが、その響きには違和感があった。

「……声まで別人かよ!」

 大慌てで立ち上がった拍子に、近くの水桶が目に入った。水面に映っていたのは男の顔、そしてその額の真ん中に──くっきりと『〒』のマークが浮かんでいた。

「なんだこれ……」

 額をこするが消えない。

「ふざけんなよ……」

 その時、北の街道の方角から悲鳴が聞こえた。

 俺は大地の感触を噛み締めるように蹴りだし、北の街道へ向かって全力で走り出した。

 足が動く。

 走れる。

 それだけで嬉しかった。

 森を抜け、街道を駆け抜ける。

 そして見つける。黒い甲冑を纏った数匹の魔物に囲まれ、傷を負いながら剣を構える彼女の姿を。

「くそっ……!」

 俺は一直線に突き進む。

「ギ!」

 魔物たちが一斉に振り返る。俺は止まらない。

「勇者!」

 彼女が目を丸くした。

「……誰!?」

「俺!」

「だから、誰ですか!?」

「だから俺だって!!」

 勇者は困惑している。

「とにかく逃げろ!」

 俺は魔物の群れへと飛び込んだ。

 地面に落ちていた剣を拾い上げる。

 剣を握った瞬間、身体が自然に動いた。

 魔物が剣を振り下ろす。

 俺はその一撃を受け流した。

 そのまま右手で剣を弾き飛ばす。

 身体をひねり、肩からぶつかる。

 魔物が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

「──ギャッ!」

 残った魔物たちが、一斉に逃げていく。

 俺は追わなかった。

 身体が、急激に重くなった。

「……時間切れか?」

 そのとき。

『残り時間十秒』

「え?」

 頭の中に突然、数字が浮かんだ。

『九、八、七……』

「ちょっと待て!」

 俺は彼女を見つめた。彼女もまっすぐに俺を見返している。

『六、五……』

「……手紙、大事に預かってるから」

『四、三、二……』

「……え?」

 彼女の目が大きく見開かれる。

 俺は最後に笑ってみせた。

『一』

 一瞬で世界が反転する。


 ⭐︎


 俺はいつもの視点に戻っていた。

 街角のポスト。

 目の前には、息を飲んだまま立っている勇者の少女。

「…………」

 彼女は何も言わない。

 ただ静かに俺の投函口に手を触れ、ぽつりと呟く。

「……あなた、なの?」

 俺は答えられない。

 ただ静寂の中で、カタンと音が響いた。

 その日の手紙に書かれていたのは、たった一行。


 ──ありがとう。


 俺はその手紙を、いつもより少しだけ大切に預かった。


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