第47話 聖女様が一番怖い。
ルミナが足早に去っていった後、街角には、重苦しい沈黙が流れていた。
「……生意気な女。絶対に勇者を見つけ出して見返してやるわ」
ベンチに座ったヴェルは、腕を組んだまま靴先でガンガンと地面を蹴っている。
「まあまあ、落ち着けって。ルミナも本気で嫌いだと言ったわけじゃないさ」
「アンタは甘いのよ! あんなの、完全に私への宣戦布告じゃない!」
俺が宥めても、ヴェルは聞く耳を持たなかった。
その時だ。
路地の向こうから、遠慮がちな足音が近づいてきた。
白い聖衣に身を包んだ、小柄な少女。
聖女リリルが、周囲を気にしながら歩いてくる。
「……あ」
俺の姿を視界に捉えると、リリルの怯えたような瞳がパッと和らいだ。
「恒一様……よかった、会えましたね……」
「俺も会えて嬉しいよ。あと、そこのベンチに座って不機嫌そうにしてるのは、ヴェルだ。仲良くしてやってくれ」
「はい。ヴェルさんですね」
胸に手を当てて、にこやかに微笑むリリル。
だが、その平穏な空気は一瞬で切り裂かれた。
「……誰が不機嫌よ。それに、また別の女!?」
ベンチから勢いよく立ち上がったヴェルが、リリルを睨みつける。
「今度は何よ! アンタも私に文句を言いに来たわけ!?」
初手から威嚇全開のヴェル。
普通の人間なら縮み上がるような気迫だったが、リリルはただ目を丸くして、不思議そうに首をかしげた。
「へっ……? あ、あの、ごめんなさい……何かお邪魔をしてしまいましたか……?」
「は?」
あまりに毒気のない返答に、ヴェルは呆気に取られたような顔をしていた。
「別に邪魔じゃないわよ。恒一と私はね、一緒に仕事をした仲なの。誰にも文句を言われる筋合いはないわ」
(お前は何を張り合っているんだ……)
俺の内心のツッコミなど露知らず、ヴェルは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
だが、リリルは──
「……そうなのですか?」
小首を傾げ、赤色の瞳をぱちくりと瞬かせた。
「ええ、そうよ!」
「それなら……ヴェルさんは、恒一様を助けてくれたんですね」
(いや、逆だ。完全に俺がフォローしたんだよ)
「……え?」
ヴェルの勝ち誇った笑顔が、凍りつく。
リリルは胸の前で両手をきゅっと合わせ、本当に嬉しそうに、柔らかな笑みを浮かべた。
「恒一様、自分からは動けないから……ずっと心配だったんです。お仕事まで手伝ってくださるなんて……ありがとうございます、ヴェルさん」
(だから違うって)
「……べ、別に、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……」
「でも、恒一様を助けてくれたんですよね? すごく……優しい方なんですね」
「…………」
ヴェルの顔から、完全に余裕が抜け落ちた。
放ったはずの鋭いジャブが、ふかふかの羽毛布団に包まれて、そのまま消滅したような顔をしている。
リリルは小さな布の包みをポーチから取り出し、俺の投函口の前へ、そっと差し出した。
「恒一様……私、何もできないですけど……祈りを込めて、お守りを作ってきたんです」
カタン、と控えめな音を立てて、お守りが俺の中へと滑り込んでくる。
「リリル、ありがとう。大切にするよ」
「……お役に立てたら嬉しいです」
リリルは嬉しそうに目を細めると、ヴェルへと向き直り、丁寧にお辞儀をする。
「あの、ヴェルさん。恒一様のこと……これからも助けてあげてくださいね」
「え? ……う、うん……」
あの強気なヴェルが、圧倒されている。
「それでは、失礼します」
リリルは、控えめな足取りのまま、路地の角へと去っていった。
「……な、何なのよ、あの子……!」
ヴェルは両手で頭を抱え、小刻みに震えている。
「ルミナって奴より……あっちの方が何倍も怖いわよ……! 何を考えているのか、全くわからないわ……!?」
「いや、リリルは何も考えていない。勘繰るなよ」
ポストの中に収まったリリルのお守りの温もりを感じながら、俺は軽いため息を漏らした。




