第46話 女のケンカはめちゃくちゃ怖い。
朝、街角にやってきたヴェルは満足げな表情を浮かべていた。
「おはよう。昨日はよく眠れたか?」
「まあまあの寝心地だったわ。案外、宿屋というのも悪くないわね」
「それなら良かった。自分で稼いだ金で泊まったんだ。格別だろ?」
ヴェルは髪を軽くかき上げると、ふんと鼻を鳴らした。
通りを行き交う人の気配が、少しずつ増え始めた頃、小走りの足音がこちらへ近づいてきた。
「おはよう、恒一さん」
息をわずかに弾ませながら現れたルミナは、俺に笑いかけた。
「ああ。おはよう」
挨拶を返したが、ルミナの視線は俺ではなく、隣に立つ黒いドレスの少女に釘付けになっていた。
「……また新しい女の子」
ルミナがぽつりと呟く。
「誰よ、アンタ」
ルミナの言葉に、ヴェルが不機嫌そうに目を細める。
「この子はヴェルって言うんだ。この子も、俺と話せるんだよ」
「……また?」
ルミナはヴェルを見つめたまま、しばらく黙っていた。
「……そうなんだ」
その声には、いつもの穏やかさがなかった。
怖い時のルミナだ。
「何よ? なんか文句でもあるわけ?」
威嚇するように言うヴェルに対し、ルミナは視線を逸らさない。
「別に。文句なんてないけど」
「──ああ、そういうこと」
ヴェルは不敵な笑みを浮かべると、ルミナの前に一歩踏み出した。
「もしかしてアンタ、恒一と話せるのが自分だけの特権だとでも思ってたわけ? だとしたら、お笑いね」
ヴェルが腕を組んで距離を詰める。
しかしルミナは動じず、どこか冷めた調子で言葉を返す。
「……別に。そんなこと、思ってないし」
「落ち着いてくれヴェル。なんで初対面でケンカ越しなんだ!?」
険悪な空気だが、黙って見ていられなくなり、思わず二人の会話に入ってしまった。
「アンタは黙ってなさい」
俺の制止は一言で切り捨てられた。
「その『別に』が一番分かりやすいのよ。そうやって拗ねてれば男が気づいてくれるとでも思ってるの? バッカじゃない?」
ルミナがゆっくりと顔を上げた。
「……私、この子、キライ」
(ルミナが嫌いと言ったぞ!?)
普段の穏やかなルミナからは想像もつかない、はっきりとした言葉。
俺が驚愕していると、ヴェルは余裕の表情でルミナを真っ直ぐに睨みつけた。
「私も、アンタみたいなタイプは嫌いよ」
「……気が合うね。理由は?」
「自分が特別だと自惚れてるからよ」
「……私はいいの」
(どういうことだ? 状況が理解できないのだが)
ヴェルは呆れたように片眉を上げた。
「なによそれ。まだ自分だけは特別だって言いたいの? 呆れた図々しさね」
ヴェルはルミナを冷めた目で見据える。
「私はずっと、恒一さんと一緒にいたから」
「だったら何よ。だいたいアンタ、今まで恒一が勇者を探そうとしていたのを、少しでも手伝おうとしたわけ? ずっと一緒にいたのよね?」
ヴェルの問いかけに、ルミナは視線を落とした。
「……《引受》は不安定なんだよ? 勇者さんの情報もないし、無理は出来ないよ」
静かだが、そこには確かな重みがあった。
俺がポストであることの制約、それを間近で見て、心配してくれていたからこその言葉だ。
「ふん。それはアンタの努力不足よ。私は勇者の情報を見つけたし、昨日は半日以上も《引受》状態を維持していたわ」
(おい、ヴェル。張り合う点はそこなのか?)
「……貴女も恒一さんと《引受》したんだ。でもそんなの、ただ無謀なだけ。考えもなしに動いて、危険な目に遭ったらどうするの?」
「だったらその時は私が戦うわよ! 文句ある!?」
互いに一歩も引かない。
「おい、二人ともそこまでだ! 頼むから落ち着いてくれ!」
二人が同時にピクリと肩を揺らし、視線をこちらへ向けた。
ルミナは黙ったまま俺を見つめ、ヴェルは苛立たしげに息を吐き出す。
「……恒一さん。この子と、何をしているの?」
ルミナの静かな問いに、俺は正直な気持ちを言う。
「ヴェルと勇者を探しにいくことになった。危険かもしれないけど、どうしても行きたいんだ」
ルミナは小さく息を吸い、唇をきゅっと噛み締めた。
「……分かった。でも、一つだけ」
ルミナは一歩踏み出し、ヴェルを真っ直ぐ見据えた。
「恒一さんに傷ひとつでもつけたら、絶対に許さないから」
「ふん。言われなくても無傷で連れて帰るわよ。アンタに偉そうに指図される筋合いはないわ」
ルミナの指先が、そっと投函口に触れる。
「……恒一さん、また来るね。私もその子に全部任せる気はないから」
そう言い残し、ルミナは足早に去っていった。
「……生意気な女」
「いや、ルミナは優しい子だよ」
「アンタって、本当にバカね」




