第41話 魔王の娘の願い事。
静まり返った深夜の街角。
月明かりが照らす石畳に、カツン、カツンと聞き慣れない靴音が響いていた。
「……ここが、願いを叶える『箱』がある場所ね」
黒いドレスを纏った少女が腕を組み、冷ややかなジト目で俺を見下ろしていた。
(……深夜に黒ドレスのお嬢様か? 訳ありだな)
「……汚らしい箱。これが本当に守り神なの?」
「汚らしいだと! 初対面で失礼だろ!」
少女の悪態に、つい反応してしまう。
「馴れ馴れしい。気安く話しかけるな」
「……え?」
思考が一瞬、凍りつく。
「ええっ!? 今、俺の声が聞こえたのか!?」
「うるさいわね。喚くな。耳に響くのよ」
「完全に聞こえてるな。俺の言葉がわかるのか!? 」
驚愕のあまり叫ぶ俺を、少女は心底不機嫌そうに見下ろした。
「何よ。見た目が少し妙なだけのミミックでしょう?」
「俺はミミックじゃない! 郵便ポストだ!!」
「ポスト……? 珍しい名前のミミックね」
「だからミミックじゃない! 魔物でもない! 俺は恒一だ! そういうお前は何者だ!」
少女はフンと鼻を鳴らした。
「私はヴェルティア・ラグナレク。……魔王の娘よ」
「マ……っ!? 魔王の娘ぇぇぇ!?」
「いちいち、うるさい。……まあいいわ。貴方に、二つ叶えてほしい願いがあるの」
ヴェルティアは細い指を二本立てた。
「一つ目。私からお父様を奪った……勇者の居場所を知りたいの」
少女の声のトーンが一段下がった。
「……それについては、俺も知りたいんだよ」
「……え?」
ヴェルティアが目を見開く。
「なによそれ。願いを叶えてくれるんじゃないの?」
「俺は本物の神様じゃない。出来ることと、出来ないことがある。……ただ、勇者を探しているのは同じだ。俺もずっと、勇者を探しているんだよ」
「……ふーん。使えないのね。じゃあ、勇者の件は保留にするとして……二つ目よ」
ヴェルティアの表情から覇気が消えた。
「お父様……いえ、私の配下たちが、静かに暮らせる拠点を探してほしいの」
「魔物たちの拠点……」
「ダメかしら? 人間に仇なすつもりはないわ。ただ、生き残りたいだけなの」
俺はしばし沈黙した。
人間に追われ、行き場を無くした者たち。
昼間に老兵の身体で目撃した、あの悲痛な光景が脳裏をよぎる。
「……分かった。俺にできる限りの努力をしてみる。どこか安全な拠点か隠れ家を探してみる」
「……ふん。口だけじゃないといいけれど」
ヴェルティアがそっぽを向いた、その時だった。
小さな足音が暗がりから近づいてくる。
路地の影から姿を現したのは、小さな魔物の子供だった。
「姫様……! こんなところにいたのですか……?」
「ダメじゃない、勝手に出てきたら……!」
ヴェルティアが慌てて駆け寄ろうとしたが、幼い魔物はふと、俺の方へと視線を向けた。
そして、目を輝かせると、てけてけと駆け寄ってきて、俺のボディにぎゅっと抱きついた。
「え……? ちょ、ちょっと、何をしているの!? この箱はまだ信用できないわ」
(箱って言わないでほしいな。傷付くんだが)
「ちがうよ姫様! この箱さん、お昼におじいちゃんの姿で僕たちを逃がしてくれた『優しい箱さん』だもん!」
「……え?」
ヴェルティアは呆然としている。
「……騎士団に追われていた仲間たちを庇ってくれたっていう、あの『老騎士』……?」
「うん! 匂いでわかるよ! この箱さんの中に、あのおじいちゃんと同じ温かい匂いがあるの!」
俺は苦笑するように投函口の蓋をカタカタと鳴らした。
「……なんだ、あの時の子供か。無事でよかったな」
「うん! ありがとう、箱さん!」
魔物の子供にも、俺の声が届いている。
(……なんで魔物には俺の声が聞こえるんだ?)
「箱はやめてくれ。まあ、いいか」
無邪気に笑う魔物の子供と、俺のやり取り。
その光景を、ヴェルティアは信じられないものを見るような目で見つめていた。
「……貴方、人間を守るための存在じゃないのね」
「言っただろ。俺は郵便ポストだ。想いや願いを預かって、届けるのが仕事なんだよ。人か魔物かは関係ない」
ヴェルティアはほんの少しだけ顔をほころばせ、どこか照れくさそうに明後日の方向を向いた。
「……ふん。ただの箱じゃないことは認めてあげる。……ヴェルでいいわ」
「え?」
「ヴェルティアなんて堅苦しい名前で呼ばなくていいって言ってるの! 『ヴェル』と呼びなさい!」
「……へいへい。よろしくな、ヴェル」
「それでいいのよ」
「俺も言っておく。箱やミミックなんてアホらしい名前で呼ばなくていいって言ってるの! 『恒一』と呼びなさい!」
──パコン!
ヴェルに頭(天板)を叩かれた。
「痛い! なぜ?」
別に痛くはないのだが、理由を聞いてみる。
「私をバカにしたからよ」
「バカにはしてない。真似をしただけだ!」
「それがバカにしてるって言うのよ!」
またしてもパコリと叩かれる。
「姫様が笑ってる〜。箱さんも笑ってる〜」
魔物の子供が手を叩きながら、楽しそうに笑う。
「「笑ってない!」」
妙なところだけ、気が合ってしまった。




