第38話 ポストからまた龍が出た。
『──《預かる者》第五段階──』
『──第二能力《配送》が実行可能です──』
突然、頭の中に無機質な声が響いた。
(こんな能力、前はなかったよな。試してみるか)
何気なく、軽い気持ちで能力を発動してみる。
──《配送》
グインッ、と空間が歪んだ。
俺の投函口から、黒い魔力の奔流がブワッと凄まじい勢いで噴き出す。
直後、街の上空に巨大な影が現れた。
漆黒の鱗、暗黒の翼、街を丸ごと覆うほどの巨躯。
「グガアアアアアアアッッ!!!!!」
耳を聾する咆哮とともに、龍が街の上空を横切る。
「なんでだよ! なんで俺からまた龍が出るんだよ!」
「恒一様!」
心が癒されるような優しい声音が響いた。
声のした方へ意識を向けると、聖女リリルが息を切らしながら駆けてくる。
「恒一様、大丈夫ですか!?」
「俺は大丈夫だけど……」
「……どうして、こんな街中に黒龍が」
「俺の能力のせいで飛び出してきたみたいだな……」
「恒一様が、あの龍を?」
「──今の話は本当か」
低く、冷徹な声が路地に響いた。
「なんですか、この……身を裂くような魔力は……」
リリルの身体が小さく震える。
長い黒髪を風に揺らし、圧倒的な魔力を纏って佇んでいたのは──飛燕だった。
その視線は俺ではなく、上空の黒龍へ向けられていた。
「……あれを出したのは本当にそのポストなのだな」
『多分、そうかな』
「……恒一様は、恐らくそうだと言っています」
リリルの通訳を聞いた飛燕の目が細くなる。
三人の間に、妙な沈黙が落ちた。
「……龍を出した理由は」
『新しい能力が出たから、つい、試してみたくて』
「……新能力の実験だそうです」
飛燕は何も言わなかった。
ただ、ものすごく呆れた目をしていた。
飛燕は、先ほどから俺の言葉を通訳しているリリルを見やる。
ほんの一瞬、二人の視線が交差した。
「……聖女リリィルだな」
「違います……」
「そうか。それもいいだろう」
なんとも言えない気まずい空気が流れた。
その沈黙を破るように、上空の暗黒龍が大きく翼を広げて咆哮する。
「グガアアアアアアアアアッ!!」
飛燕の周囲に、凄まじい密度の七色の魔力が集まり始める。
「まずは、あれを止める」
黒髪をなびかせた飛燕の切れ長の瞳に、鋭い光が宿る。
飛燕の魔力が練り上げられ、上空に巨大な光の鳥が形成されていく。彼女の得意技──極大魔法《七彩朱雀》だ。
直撃すれば龍とてタダではすまないような熱量。
……しかし、暗黒龍は一切怯まなかった。
「──ッガアアアア!!!!」
バクンッ!!!
「飛燕の魔法を食べやがった!」
飛燕の放った極大魔法が、暗黒龍の巨大な顎によって、真正面から一瞬で丸呑みにされた。
「あの龍……本気で消して構わないか?」
飛燕の眼光が鋭い。
(……待て、この龍)
過去の光景が脳裏をよぎる。
自らの左目に暗黒龍を宿していた、あの男。
(あの眼帯男から預かった龍なんじゃないか?)
あの男から預かったものなら、話は別だ。
預かったからには、守り抜く責任がある
それなら──
「……消さないでくれると助かる」
俺の意図を察したリリルが、白い聖衣を翻して一歩前に出た。
「恒一様、なら、私が封じます──!」
リリルが両手を突き出すと、天から眩いばかりの神聖な光条が何本も降り注ぎ、暴れる暗黒龍の巨軀へ縄のように巻き付いてガチガチに絡め取った。
龍の動きが完全に停止する。
「よし、今だ! 戻ってこい、──《集荷》ッ!!!!」
ズッズズズズズッ!!!
投函口から強烈な引力が発動し、抵抗して暴れる暗黒龍を、強引に投函口の奥へと引っ張り戻した。
上空を覆っていた影は完全に消え去っていた。
「……二度と、妙な能力は使うんじゃないぞ」
飛燕は冷淡な顔で俺を見下ろす。
「──すんませんでした」
リリルが庇うように前に出る。
「恒一様をいじめないでください」
「……ポストを庇うのか」
「え?」
「否定はしても、やはり聖女だな」
「違います。聖女は関係ありません。恒一様だからです」
飛燕は無言のまま、リリルから俺へと視線を移し、やがて静かに口を開いた。
「本当に、あの龍を出したのだな」
「はい、そうです。俺がやりました」
『──《配送》の発動条件を満たしました──』
「……え?」
俺の投函口から再び黒い魔力が噴き出した。
「グガアアアアアアアッッ!!!!」
上空で暴れ狂う龍を見上げ、リリルが小さく呟いた。
「……恒一様? 『はい、そうです』に『配送』が反応したのですか……!?」
「……付き合いきれるか。私は帰るぞ」
飛燕はそう言い残し、踵を返した。
(『はい、そうです』で龍が出る? ……ああ、はい、そうですか)




