第37話 木の葉の手紙。
夜、街の灯りが消えて静寂が訪れる頃。
俺の投函口が、カタカタと揺れた。
風の仕業でも、誰かが雑に投函口を押し開けた音でもない。
まるで、ノックをするような遠慮がちな音だ。
直後、パサリ、と俺の中に何かが落ちてきた。
確認してみると、それは破れた木の葉だった。
表面には泥で、丸や三角の模様が描かれていた。
(……なんだこれ。手紙、なのか?)
周囲に人の気配はない。
一体誰が、なんのためにこんなものを投函したのか。
ポストとして、投函されたものは受け取るしかない。
俺は木の葉を大切に預かった。
⭐︎
翌晩も、さらにその翌晩も。
同じ時間になると、毎回、少しずつ模様の違う木の葉が一枚ずつ投函された。
○と△、一本の線。
意味は分からない。
それでも、順番に頭の中で並べてみると、ただの落書きではないことだけは伝わってくる。
(……これ、何かのメッセージなのか?)
そう思うと、なんだか少しだけ気になってきた。
そして四日目の夜。
いつもの時間に投函口がカタカタと揺れ、木の葉が落ちてきたその瞬間、俺はそっと蓋を動かしてみた。
パタ……。
「……ひゃうっ」
聞いたことのない小さな声が聞こえた。
投函口の隙間からそっと外の様子を伺う。
そこにいたのは手のひらサイズの、羽の生えた小さな妖精だった。
大きな目を丸くして、俺の投函口をじっと見つめている。
しばらく互いに動かなかった。
(……お前だったのか)
妖精は少しだけ後ろへ下がった。
逃げるのかと思った、そのとき。
きゅ〜……。
小さなお腹の音が響いた。
(……お腹が減ってるのか?)
妖精は恥ずかしそうにお腹を押さえている。
(食べるもの、何かあったかな)
俺の中を探すと、ルミナが「おやつ」として入れておいてくれたクッキーがあった。
俺はそれを一枚だけ取り出し、《転送》で妖精の目の前へと届けてやった。
「……?」
突然現れたクッキーに妖精は目を丸くしている。
しばらくクッキーを見つめたあと、妖精は恐る恐る手を伸ばし、両手で抱えてかじりついた。
ぱくっ、ぱくぱく。
よほどお腹が空いていたのか、あっという間に丸ごと一枚、食べ終えてしまう。
満足そうに息を吐いた妖精は俺のボディへ近づき、ペタペタと小さな手で表面に触れてくる。
まるで、言葉の代わりにお礼を言っているみたいだった。
妖精は俺を見上げる。
そして、小さな羽をパタパタと震わせた。
(気にするなよ。俺も暇を潰せて楽しかったよ……)
投函口の蓋をゆっくりと上下させる。
パタ、パタパタ。
妖精が驚いたような顔をする。
そして、嬉しそうに、もう一度だけ羽を震わせた。
そのまま、夜の闇へと飛んでいき、小さな羽音が少しずつ遠ざかっていった。
(……また来てくれるかな)
誰もいなくなった夜道を見つめながら、俺はそう思った。
⭐︎
翌晩、投函口は静かだった。
その翌晩も、何も届かなかった。
(……来ないか)
少しだけ寂しい。
でも、それでいい。
俺はポストだ。
誰かが来るのを、ここで待つだけ。
手紙でも、木の葉でも、誰かの言葉にならない想いでも、預かったものはちゃんと大切にしまっておく。
そういうものだから。
それから、しばらく経った頃。
カタカタ。
俺の投函口が、かすかに揺れた。
(……来た)
パサリ。
落ちてきたのは、一枚の木の葉だった。
そこには、いつもの丸や三角ではなく──
小さな、クッキーの絵が描かれていた。




