第34話 断れよ。
夕暮れ時の街角。
俺は何をするでもなく静かに佇んでいた。
いつもなら風変わりな悩みが投函されるその場所に、見慣れた学園の制服を着た一人の男子生徒が現れた。
手には一通の白い封筒を握り、顔を真っ赤にして、緊張でもしているのか小刻みに震えている。
「あの……郵便箱様。ここにラブレターを預ければ、絶対に成就するって噂、本当ですか……?」
(また尾ひれがついている。俺にそんな力はない)
だが、どんな拙い恋文であれ、陰ながら応援してやろう。
そんな程度に考えていた。
けれど、男が次に口にした名前に、俺の思考は一瞬で止まった。
「この手紙を、ルミナさんに……届けてほしいんです」
(……ルミナ?)
「彼女は学園のアイドルです。俺なんかが、おこがましいのですが……」
思考がうまく働かない。
「桜色の髪、綺麗な瞳、彼女の全てに惹かれてしまう」
(この男が、ルミナになんだって?)
「いつも落ち着いていて優しいし、男子からも女子からも、本当に人気で……」
男子生徒の言葉が重なるたび、俺の中に、妙な違和感がじわりと広がっていた。
(……いや、なんで俺が、こいつからルミナの好きなところを延々と聞かされているんだ?)
ただ純粋に、ルミナのことが好きなだけの、どこにでもいる普通の男子だ。
それがわかっているからこそ──
「これを……ルミナさんに届けてください。俺の、真剣な気持ちです」
カタン。
投函されたのは、シンプルな白い封筒。
俺はいつものように、ただの『郵便物』として、その手紙を預かるしかなかった。
(……なんか、嫌だな)
男が頭を下げて去っていった後、静まり返った路地裏で、俺はそんな感情を抱いた。
いや、ポストが何を考えてるんだ。
手紙を預かるのが仕事だろ。
宛先がルミナでも、届けるのが俺の役目だ。
⭐︎
それから、少し時間が流れた。
すっかり夕闇が深まった頃、聞き慣れた足音が路地裏に近づいてきた。
いつもと変わらない笑顔のルミナが、俺の前にいる。
「恒一さん、元気ないね。寂しかった?」
脳内に響く彼女の柔らかい声に、内心、ほんの少しだけ安堵していた。
「……ルミナに、渡したいものがある」
俺は男子生徒から預かっていた白い封筒を投函口から取り出した。
「……私に?」
ルミナは驚いたように目を丸くし、差出人の名前を確認して小首を傾げる。
「誰だろう……。恒一さん、この人知ってる?」
「……ルミナと同じ学校の男子生徒だ。人間のな」
声が少し強張っていたかもしれない。
ルミナは少し不思議そうな表情を浮かべた後、丁寧に封を開け、静かに手紙に目を通した。
読み終えた彼女は、便箋をゆっくりと白い封筒へとしまう。
「こういうのって……どうしたらいいかな?」
ルミナがなぜ、俺に意見を聞いてきたのかは分からない。
俺は少しの間、沈黙した。
自分がポストであることも、他人の人生に口を挟むべきじゃないことも、全部わかっている。
わかっているのに──
「……断れよ」
「どうして?」
「なんとなく、嫌だから」
それ以上は、何も言わなかった。
「……そうだね」
ルミナは少しだけ、嬉しそうに笑ったと思う。
「なんだよ、それ……」
ルミナはくすくすと笑った。
「じゃあ、また来るね。恒一さん」
ルミナが軽快な足取りで、夜の街へと帰っていく。
静まり返った路地裏。
俺は一人、冷たい風の中に残される。
『……断れよ』
(……俺は何を言ってんだ、ポストのくせに)
自分の口から出た、あの不格好な言葉を反芻する。




