第31話 厨二病が本物でした。
ある日の午後。
路地裏に、やたらと不穏な気配を漂わせた若い男がやってきた。
「くっ……静まれ! 今日は一段と《黒炎の滅竜》が血を求めて疼きやがる……!」
俺の目の前に現れたのは、黒いマントを羽織り、左目に禍々しい眼帯をつけた風変わりな男。
さらには両腕にこれでもかと分厚い包帯をグルグルに巻き付けている。
(心の病気かな?)
「ククク……我が体内に宿りし混沌の魂が、今日も疼いて猛る。……静かなる黒炎が、今まさに、解放の刻を待っている……! 我が左目に封印されし《黒炎の滅竜》が……くっ、静まれ! 今ここで解き放たれれば、この街は灰燼と化す……!」
男は苦しそうに自らの腕を抱え込み、路地裏でひとり迫真の演技を続けている。
「俺が命を削ってこの抑止力を繋ぎ止めているとも知らずにな……!」
(……放課後の屋上で一人でやってろよ……)
冷ややかな視線を送っていると、男はガバッと顔を上げた。
「……そこの『願い叶えし神なる器』よ……! 俺の魔力も限界だ……! 頼む、この宿命を……俺の身体から『解放』してくれ……っ!! うあぁぁぁぁ! 抑えきれん! 龍の鼓動が……肉体を突き破るうぅぅ!!」
男のアホらしい苦悶に、能力が反応する。
『──対象の《預託意思》を検知──』
『──『引受』可能です──』
(……ハァ。まぁいいや。付き合うのも疲れるし、チャッチャと引き受けてやるか)
視界が反転した。
⭐︎
俺の意識は、厨二病男の身体に入り込んでいた。
「要するに、苦しみから『解放』してやれば満足なんだろ?」
俺は男の手を動かし、左目の眼帯をサッと外した。
「よし、これで任務達成だ──」
『── グオオオオオオオオオッッ!!!!』
ドス黒い魔力の奔流が、天に向かってブワッと噴き上がった。
俺の左目から、漆黒の鱗を持つ、家一軒ほどもある巨大な龍が、文字通り現実の空間へと飛び出してきたのだ。
(……本物じゃねーか!!)
勘違いじゃない。痛い妄想なんかじゃない。
この男の左目には、街ひとつを滅ぼしかねない龍が封印されていたのだ。
龍の激しい咆哮で街の窓ガラスが叩き割れ、屋根瓦が派手に弾け飛ぶ。
(ヤバいヤバいヤバい! 街が崩壊する!!)
天を仰ぎ見た住民や警備兵たちが、一瞬で顔を青ざめさせて絶叫した。
「な、なんだあれは!?」
「龍だ! 闇の暗黒龍が復活したぞ!!」
「逃げろ! 街が滅びるぞ!!」
(本物だった! こいつ、マジで本物だった!!)
俺の責任だ。
軽はずみなノリで龍の封印を解いてしまったダメなポストは俺なんだ。
『──《預かる者》第五段階へ移行──』
『──《集荷》が解放されました──』
(今!? 今なのか!? 助かるけども! )
俺は上空で暴れ狂っている龍を見据える。
恐らく、名前からして何かを『回収』する能力だと思う。
『──対象を指定してください──』
「……えっと、あの、名前が長い黒い龍!」
男の目をカッと見開き、心の中で能力を宣言する。
(龍よ、戻ってこい! ──『集荷』ッ!!!!)
キィン、と空間が大きく歪んだ。
咆哮を上げていた龍が、突如としてずるずる不自然な後ろ向きに旋回し始める。
漆黒の巨体がシュルシュルと渦を巻き、半ば強引に、俺の左目の奥へと綺麗に吸い込まれていく。
(……ふぅ。危なかった)
俺は手早く、足元に落ちていた眼帯を拾い上げると、元の左目にしっかりとハメ直して封印した。
(今度こそ、本当に封印だ)
『残り時間──五十秒』
時間は余っているが、これ以上の長居は御免だ。
俺は男の身体の力を抜き、意識を元の場所へと引き戻した。
⭐︎
主導権が戻った男は、左目を押さえながら、信じられないものを見る目で俺を見つめていた。
「あ……心が静かになったぞ……!? 郵便箱様、あなたの深淵の力は、まさか神をも超越──」
男がまだ何か呟いている。
(どうでもいいから、早く帰ってくれよな……)
周囲の警備兵や住民たちは、一瞬で龍が消滅した現象に愕然としている。
「郵便箱様だ! 守り神様が一瞬で暗黒の魔龍を封印した……!」
「我々の願いが、またしても神に通じたのだ……!!」
(頼むから、今回だけは褒めないでくれ……)
俺は周囲の熱い視線を遮るように、投函口の蓋をカタンと閉じた。




