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第30話 ポストが聖女様になったら修羅場になりました。


 いつもの路地裏に、やたらと物々しい甲冑を着た護衛や神官たちに囲まれて、一人の少女がやってきた。

 透き通るような、雪のように白い髪。

 深紅のスピネルに似た輝きを帯びた瞳を伏せ、少女は白いワンピースの裾をぎゅっと握りしめている。

 胸元では、小さな聖印のペンダントが揺れている。

 硬そうな聖職者用のブーツを履いた足元は、どこか居心地悪そうに小さくモジモジと動いていた。

「わ、私……聖女なんかじゃ……」

「リリィル様! しっかりなされませ!! あなたには世界を癒す使命があるのです!」

「聖女らしくなるためにも、この『願いを叶える郵便箱』へ祈りを捧げるのです!」

 周囲の神官たちから、容赦のない重圧が彼女に浴びせられていた。

「あ……えっと……すみません……私、本当は聖女なんかじゃなくて……ただの、人間で……」

 少女の細い指先が、おずおずと俺の身体に触れた。

 ──ジワッ。

 温かな光が走り、飛燕との激戦で生じていた俺のボディの細かなヒビ割れが、一瞬で綺麗に修復されて消え去った。

(……待て。この子、本物の聖女なんじゃないか?)

 俺が驚愕している間にも、周囲の神官たちは「聖女たれ! 奇跡を示せ!」と彼女を責め立てる。

「……もう、いやぁ……誰か、私を助けて……っ」

 押し潰されそうになった彼女の、助けを求める悲痛な意思(叫び)が俺に向けて放たれた。

『──対象の《預託意思(エントラスト)》を検知──』

『──『引受』可能です──』

(……なんか可哀想だし、聖女様を引き受けてみるか)

 視界が反転した。


 ⭐︎


 気がつくと、俺は気弱な少女の身体に入り込んでいた。

(よし。適当にお祈りするフリでもして誤魔化すかな)

 少女の手を合わせて、適当にフンッとエネルギー放出する真似事をしてみる。

 ただのポーズだ。意味はない。

「ポストビーム!!」

 ところが──


 ピカァァァッ!!!


 少女の身体から、路地裏全体を真昼のように照らす、凄まじい神聖な光が爆発するように放たれた。

(……え? なんで?)

 俺が激しく動転している間にも、奇跡は連鎖する。

 足を一歩踏み出すたび、路地裏のコンクリートの隙間から、枯れていたはずの雑草が次々と大輪の白い花を咲かせていく。

 驚いて尻もちをついた護衛のすり傷が、触れてもいないのに一瞬で完治した。

「お、おお……! 聖女様の額に、神聖な紋章が……!」

「神の光だ……! これこそが本物の奇跡だ……!! すぐに大司教様に報告せねば!!」

 神官たちは涙を流して歓喜に狂い、そのまま全力疾走で駆け去っていった。

(いや、俺は本当に何もしてないぞ!? ポストビームを出すフリしただけだ!)

『残り時間──十秒』

 俺はこれ以上の奇跡が起きる前に、そっと意識を引き戻した。


 ⭐︎


 主導権が戻った少女は、自分の手のひらと周囲の花畑を見つめて呆然と立ち尽くしていた。

 やがて彼女はゆっくりと振り返った。

 その瞳からは先ほどまでの恐怖や重圧に苦しむ様子が消え、俺を真っ直ぐに見つめる強い光が宿っていた。

「とりあえず、何とかなって良かったな」

 独り言を呟いたつもりだったが──

「はい。……助けていただいて、本当にありがとうございます」

 綺麗な声で返事が返ってきた。

(……俺の声が聞こえるはずないよな?)

 何かの間違いかもしれない。

「聞こえてる? 俺は恒一っていうんだけど?」

「はい。恒一様ですね。……私のことはリリィル。いえ、リリルと呼んでください」

 間違いない。完全に言葉が通じている。

「ポストの声が聞こえるのか!?」

「……そう言えば、不思議ですね。神のご意志でしょうか?」

 オーマイゴッド。聖女の力ってスゲー。

 神聖が高すぎるとポストの声まで聞こえるものなのか。

「あ……あの、恒一様。……改めてありがとうございました……」

 感極まった様子のリリルが、俺のボディにぎゅっと抱きついてきた。

「いや、大したことはしてないよ。ちょっと恥ずかしいな」

(……待て。何か猛烈に嫌な予感がする……)

 その予感は、見事に的中した。

 パタパタと足音が響き、路地裏の入り口に──ルミナが姿を現した。

 俺のボディに抱きついている聖女の姿を見た瞬間。ルミナの瞳から、すうっと光が消えた。

「……だれ?」

 ルミナが放つ謎の圧力に、気弱な聖女は「あ……えっと……すみません……」と涙目で身を縮める。

 ルミナは静かに歩み寄ると、聖女と俺の間にすっと割り込み、いつもの優しい(けれど目がまったく笑っていない)笑顔を向けた。

「……ううん。大丈夫だよ。はじめまして。私はルミナ。……あなた、だれ?」

「え? ……あ、うぅ……」

 聖女様は完全に萎縮してしまっている。

「あ、あの……私、リリルと申します……」

 か細い声で縮こまるリリル。

「リリルちゃん?」

「は、はい……」

「……リリルちゃん」

「は、はいっ!」

「……今、恒一さんとお話ししてた……?」

 ルミナの瞳が、静かにリリルを射抜く。

「あ、えっと……恒一様の『声』が、心に直接聞こえてきたので……」

「……声? ふーん。そうなんだね」

 ルミナの表情から一瞬で温度が奪われる。

「恒一さんが助けたの?」

 ルミナは俺の方を見ているが、声が絶対零度のように冷たい。

「いや、助けたというか、いつもの感じなんだけど……」

「そっか」

『そっか』が異様に怖い。

 普段のルミナの『そっか』ではない。

「……あ、あの、恒一様」

「ん?」

「私……また、ここに来てもいいですか?」

「いいんじゃないかな? ね、恒一さん?」

 ……やはり、トゲがあるように感じる。

 普段のルミナなら、もっと柔らかく言うはずなのに。

「えっと、俺は構わないけど……」

「……嬉しい。また、恒一様に会いにきますね」

 複雑な気分だった。

 聖女様にはまた会いたいが、何故かルミナが怖い。

 俺はポストのように、ただ黙っていた。


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