↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/57

第29話 どこでもポストになりたい。

 

 騒がしかった人波が引き、街に束の間の静寂が訪れた。

『──《転送》条件を満たしました──』

 頭の中で無機質な声が鳴り響いた。

(……今さらかよ)

 《転送(フォワーディング)》。

 以前、数回だけ使った能力だ。ネコウイチの体内からルミナの中へ移動したり、攻撃魔法を跳ね返したりできたが、まだ未知の部分が多い。

「もっと自由自在に送れたら、便利なんだけどな」

 行きたい場所、好きな場所に荷物を即座に届けられる【どこでもポスト】になれたら最高だよな。

(どうせ暇だし、試してみるか)

 投函口の奥には、住民の願いが書かれた手紙が大量に入っている。能力の実験にはうってつけだ。

「よし、どこでもポストへの第一歩だ」

 手紙一通に意識を集中させ、ターゲットを定める。

 俺の視界に入っている、少し先の曲がり角の石畳の上。

 シュッ。

 軽やかな感覚とともに、体内から手紙が消えた。

 次の瞬間、視線の先にある角の石畳の上に、寸分違わず同じ封筒がぽつんと落ちていた。

「おお……! 送れた!」

 思わずテンションが上がる。

『ポストにテンションなんてあるのか?』という無粋な疑問は、一旦脇に置いておくことにした。

「じゃあ……あそこはいけるか?」

 次に狙いを定めたのは、視界の端に見える通りの一番奥。

 建物の看板の陰になっている場所だ。

 ぐっと意識を伸ばしてみる。

 だが──目えない壁にぶつかったかのように、すっぱりと弾かれた。

『──転送地点を認識できません──』

「……ダメか」

 自分では見えているつもりでも、看板の影などの死角に入ると弾かれてしまうらしい。

 その後も実験を重ねた。

 別の小さな紙切れで試すと成功。今度は少し重めの小包を想定して、大きめの石を体内に取り込んで送ろうとすると──失敗。

「重量制限もあるのかよ。郵便らしいというか、変なところで律儀だな……」

 手紙、小石、リンゴの芯。

 試した結果、「無機物」であり、かつ「軽量」で「直接見えている場所」なら届くことが分かった。

「……じゃあ、生き物はどうだ?」

 目の前を通行人が歩いていく。

「あの人で試していいかな?」

 逡巡するも、思いとどまる

(……いや、命を『預かる』のと『送る』のはまったく別物だろ。万が一、皮膚が裏返ったら笑えない)

 代わりに、たまたま投函口のフチに止まった一匹の小さな虫に目を留める。意識を重ねてみた。

『──現在、生命体の転送は許可されていません──』

「なら最初から説明しろよ!」

 なんとなく分かってはいた。

 分かってはいたのだが、こうして冷たく事務的に拒否されると地味に腹が立つ。

「……じゃあ、俺自身はどうなるんだ?」

 試しに、ポストである自分自身を隣の石畳へずらそうと念じてみる。

 だが、地面に深く根でも張っているかのように、ピクリとも動かない。

『本体転送:条件不足』

「条件ってなんだよ、条件って。前はネコウイチの中からルミナへ跳べた……」

 言いかけて、言葉を飲み込む。

 全く行ったことのない知らない場所や、見ず知らずの相手の元へは跳べないらしい。

(……《引受》したことのある相手同士限定なら移動できる、とか?)

 それなら、ネコウイチの中からルミナの中に移動できた理由も説明がつく。

「なんで、こんな面倒な能力なんだよ……」

 空を仰いでも、誰も答えてはくれない。

 アホ女神だって降りてきてはくれないのだ。

「ポストなんだからさ。せめて配達くらい、もっと自由にやらせてくれよな」

 自由とは程遠い制限。

 視界の届く範囲。軽い物体限定。生き物は不可。

 そして自分自身が移動できるのは、かつて『引受』した相手のすぐ側だけ。

「……まあ、でも……『郵便のルール』だと思えば、筋は通ってるかもな」

 自分に言い聞かせるように、一応納得しておく。

 もっとも、納得したような表情を浮かべる顔なんてないのだが。

 その時、隣の通りから歩いてきた住民たちが、角の石の上に落ちていた封筒を不思議そうに拾い上げた。

「ん? なんだこれ、なんでこんな所に手紙が落ちてんだ?」

「風で飛んできたんじゃねえの?」

 二人は首をひねりながら、笑い合って去っていく。

 黙ってそれを見送る。

 俺の必死の実験結果は、世界から見ればただの「風のイタズラ」で片付けられたらしい。

(勇者。今頃何してるのかな……)

 今でもふとした瞬間に思いだす。あの可憐な少女のことを。

 俺の体の奥深くには、あの勇者が残していった大切な手紙が、今も静かに眠っている。

 一度は《転送》の意識を向けかけたが、すぐに思考を打ち切った。

 勇者がどこにいるかもわからない。

 これでは試しようがない。

「届かないものは、届かない、か」

 万能の【どこでもポスト】には、まだ程遠い。

 今の俺にできるのは、視界が届く狭い範囲まで。

 それでも──今日はひとつ、大きな収穫があった。

 この場所からは動けなくても、想いを乗せた手紙なら、ほんの少しだけ先に走らせることができる。

(……ルミナの目の前に、いきなり俺が現れたら、流石に驚くだろうな。いつか、できるかな)

 そんな光景を想像して、一人でくすりと笑う。

 声なんて出ない。

 けれど、夜風の中で投函口の蓋が、カタンと小さく鳴った気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。