第28話 芋男の逆襲。
守り神の噂が広まりすぎて、俺の前には毎日いろんな人間が悩みを投函しにやってくる。
ある日の午後。
俺の前に、やたらと気まずそうな顔をした一人の男がやってきた。
「なあ、お前、願いを叶えてくれるってホントかよ……」
(……誰だっけ、コイツ)
見覚えがある気がする。静かに記憶を探る。
しばらく考えて、俺は思い出した。
(……あ。ルミナのことを『イモ女』とか呼んで、いじめてた男だな。じゃあ、芋男でいいや)
「頼みたいことがあるんだ」
(俺はお前が大嫌いだからな。頼みなんて聞いてやらん。どうせ復讐か嫌がらせだろ)
当然声には出ないが、俺は投函口の蓋をカチンと閉じた。
だが、芋男は諦めずに、消え入りそうな声で言葉を絞り出した。
「……謝りたいんだ」
男の顔は真剣だった。冷やかしではないらしい。
「後悔はしている。でも、今さら本人の前に行って謝れるかよ……」
芋男は俺に向かって深々と頭を下げた。
「頼む、郵便箱。俺の代わりに……ルミナに謝ってくれ……」
(いや、なんで俺が嫌いな奴の身体に入って、ルミナに謝りに行かなきゃいけないんだよ)
そんな考えが頭をよぎる。
だが、泣きそうな男の顔を見ていると、無下に見捨てるのも違う気がしてきた。
(……本気の謝罪か。預かった以上は、届けるか)
『──対象の《預託意思》を検知──』
『──『引受』可能です──』
視界が反転した。
⭐︎
俺は芋男の身体を預かり、学園の廊下を歩いていた。
(……最悪な気分だ。まさか芋男になるとはな)
ルミナのいる教室の前まで行き、中を覗き込む。
彼女の姿を見つけ、俺は声をかけた。
「話がある」
「……えっ?」
かつてのいじめっ子の姿を見たルミナは、少しだけ驚いたように身を固める。
俺は芋男の身体を動かし、頭を下げた。
「……なんか、ごめん。昔は嫌がらせばかりして。許してくれないとは思うけど、本当に、ごめん」
たどたどしい、不格好な謝罪。
ルミナはしばらくの間、黙って俺の顔──いや、芋男の顔をじっと見つめていた。
そして、ふっと柔らかく目を細める。
「……恒一さんでしょ?」
「はっ!?」
まさかの一発看破。
額も隠したし、不自然な言動もしなかった。
俺は芋男の肉体ごと、激しく動転した。
「そんなわけないだろ!? 俺は今、どう見てもあの男の──」
「分かるよ」
ルミナはくすくすと嬉しそうに笑う。
「だから、なんでだよ!?」
「……恒一さんだからかな?」
胸の奥が、妙に熱くなるような感覚。
ルミナは少しだけ視線を落とし、芋男の謝罪について静かに答えを出した。
「すぐには無理だけど……謝ってくれたことは、ちゃんと覚えておくね」
「……あ、ああ。そうだな」
俺はそれ以上何も言わず、その場を去った。
『残り時間──十秒』
意識が引き剥がされ、世界が再び反転する。
⭐︎
いつもの街角。黄昏時。
主導権が戻った芋男は、その場にへたり込んでいた。
「なんだ、この感覚……。まさか、本当に……」
芋男の額に浮かんでいた『〒』の印が、ゆっくりと消えていく。
すぐには関係が修復されないかもしれない。けれど、以前の状況よりはずっといいだろう。
芋男はグッタリした様子で去っていった。
「……はぁ、疲れたな」
しばらくすると、聞き慣れた軽い足音が近づいてきた。ルミナが路地裏にやってくる。
俺のボディに優しく触れる彼女は、とても楽しそうに微笑んでいた。
「ふふ」
「何笑ってるんだよ、ルミナ」
「だって、恒一さんが私のために、一生懸命謝ってくれたから」
「俺が謝ったんじゃない。──芋男が謝ったんだよ」
「芋男? ……面白いね。ありがとう、恒一さん」
「…………」
言葉に詰まる。
これ以上の言葉は、俺たちには不要な気がした。




