第27話 神様ポストになりました。
穏やかに晴れ渡った昼下がり。
俺の周りでは、今日も街の子供たちが無邪気に遊び回っていた。
カカン、カカン。
俺の天板の上にどんぐりや小石が並べられていく。
動けない俺は、彼らにとって今日もただの「ちょうどいい荷物置き場」だ。
(……俺は棚じゃないんだが。まぁ、平和でいいか)
そんなのんびりとした日常の空気が、一瞬で切り裂かれた。
「グルルルル……ッ!」
路地の入り口に姿を現したのは、狂暴な目をした一匹の野良犬──獰猛そうな大型犬だった。
鋭い牙を剥き出しにし、子供たちに向かって低く唸り声を上げている。
子供たちの顔から、一瞬で血の気が引いた。
逃げ場のない狭い路地裏。大人は誰もいない。
大型犬が、今にも一番小さな男の子に飛びかかろうと、前足を低く沈め込む。
「いやだ……! 誰か、誰か助けて……!」
男の子が涙を流し、恐怖のなかで助けを求めた。
『──対象の《預託意思》を検知──』
『──『引受』可能です──』
頭の中に響く無機質な声。
(その願い、俺が引き受けてやる)
視界が反転する。
気がつくと、俺の意識は男の子の小さな身体の中に入り込んでいた。
肺に落ちてくる冷たい空気。
膝がガクガクと震える感覚。
他人の身体。しかも、非力な子供の肉体だ。
だが──関係ない。
《預託意思》の力のもと、俺は男の子の身体の主導権を完全に掌握した。
「グルアッ!」
大型犬が、牙を剥いてこちらへ跳びかかってくる。
俺は子供の小さな身体を、最小限の動きでひらりと横へ一歩ずらした。
かつて脳内に叩き込んだ『体術の極意』。
運動不足のオッさんの肉体では再現できなかった極限の身のこなしが、筋肉の柔らかい子供の身体なら、驚くほど完璧に再現できる。
(……いける!)
空中を泳ぐ大型犬の土手っ腹へ、俺は男の子の小さな掌をポンと沿わせ、勢いを利用して流すように押し込んだ。
──ガシャーン!
大型犬の巨体が、壁際に積み上げられていた木箱に激突する。
そのまま地面に倒れ込んだ犬は、完全に戦意を喪失した様子で「キャンキャン!」と情けない悲鳴を上げ、一目散に路地裏から逃げ去っていった。
『残り時間──十秒』
意識が元の場所へと引き戻される。
世界が再び反転し、俺はポストへと戻った。
現場に残された子供たちは、何が起きたのか分からず呆然としていた。
「あれ……? 犬は?」
「ショ、ショウくん……すっげぇぇぇ!!」
「さっきオデコが光ってたよ! あれ何!? 」
「わっかんねーよ! けど助かって良かったな!!」
子供たちはしばらくの間、大はしゃぎしていた。
⭐︎
「……で、どうしてこうなった?」
数日後。
俺の目の前には、信じられないほどの人だかりができていた。
「あの郵便箱が、子供の願いを聞いて助けてくれたらしいぞ!」
「英雄のオッさんと同じ紋章が浮かび上がったらしい!」
「間違いない、あの郵便箱はこの街の『守り神』だ!!」
噂が尾ひれをつけて街中に拡散した結果、俺の周りには住民たちが押し寄せ、ありがたそうに手を合わせたり、お供え物をドサドサと置いていったりしている。
それだけではない。
『どうか病気が治りますように』
『次の試験に受かりますように』
願い事が書かれた手紙(切手なし)が、これでもかと投函口へ次々と投入されていく。
カタン! カタン! カタン! カタン!
何故か俺が街の「守り神」として拝まれている。
(……もしかして、俺、初めて認められた?)
手柄が他人に回るばかりだったこれまでの鬱憤が、一気に吹き飛ぶような極上の瞬間だった。
「うわぁ……。恒一さん、これ、どうしたの?」
人混みをかき分けるようにして、ルミナがやってきた。
「わからない。犬を追い払ったら、こうなってた」
「すごい人だかり……列の先が見えないよ」
ルミナは呆気にとられたように周囲を見渡す。
「すごいね。恒一さん、大人気だよ!」
「そうかな? ポスト人生がようやく報われたよ」
俺は少しだけ胸を張ったつもりになった。
「うん」
ルミナが、自分のことのように嬉しそうに笑う。
「よかったね、恒一さん」
まっすぐな瞳で言われ、俺は急に照れくさくなった。
「神様ー! この手紙も是非、お願いします!」
カタン。
「横入りするな! こっちも聞いてください!」
カタン。
「娘が素敵な人と出会えますように!」
カタン。
「商売が繁盛しますように!」
カタン、カタン、カタン!
(……いや待て。俺にこれ全部どうしろっていうんだ?)
「恒一さん?」
「……ルミナ」
「なに?」
「よく考えたら、俺、ただの郵便ポストなんだけど」
「そうだね」
「……神様とか商売繁盛は専門外なんだけどな」
ルミナは少し考えてから、いつものように笑った。
「でも、恒一さんなら神様も出来ると思うよ?」
「無茶いうなよ……」
今日も俺は、街の隅っこでポストをやっている。
ただ昨日までとは、少しだけ違う。
俺を頼ってくれる人がこんなにもいる。
それなら──
(まあ、悪くないな)
次々と投げ込まれる手紙の重みを感じながら、俺は今日も託された想いを静かに預かっていた。




