第25話 ポストの見た夢。
(……このまま、死ぬのか……)
身体のあちこちが痛む。
さすがに勇者は強かった。
あれを、このまま放っておいてよいものか。
なんとか街まで辿り着けたが、もう動き回る気力は残っておらぬ。
(……む?)
街角に妙なものが立っておる。
郵便箱じゃ。……いや、ただの郵便箱ではない。
「人をポストにしておいて丸投げかよ!!」
人の言葉を喋っておる。
「なんとかしやがれ、アホ女神!」
珍妙な郵便箱じゃのう。
「……は?」
ほう。面白い。
あの輝き、能力が開花しおった。
(怒っておるな。それで、器が開いたか)
何が起きたか理解できんという反応をしているのがまた滑稽。
どうやらこやつは、感情で才が伸びるタイプらしい。
どこまでも面白い郵便箱じゃ。
「その才能、どこまで伸びるか。どれ、ニャ直筆の『体術の極意』でも授けてやろう」
最後の一冊がまだ懐に残っておったな。
「運のいい奴じゃにゃ。正真正銘、この世に最後の一冊──」
ブン!
「あ、いて!?」
ニャフッ。郵便箱のド真ん中に見事命中。
「郵便箱よ、ありがたく受け取るがよい!」
我ながら見事な「こんとろーる」じゃった。
……うむ。
いかん。無駄に体力を使おうてしもうた。
もう限界じゃ。ニャは寝る……。
⭐︎
「恒一さん……! 恒一さん!」
「はっ!? ……夢、か?」
意識が覚めると、目の前にルミナの必死な顔があった。
「よかった、起きてくれた。……また寝てたよ?」
「……また?」
「うん。最近、急に眠ることが多くなってない?」
今の変な夢は一体なんだったんだ。
喋る猫が俺に本を投げつけていたような……。
「……夢にしては、変にリアルだったな」
「どんな夢?」
「いや、猫が喋りながら本を投げてくる夢だ」
「……それ、本当に夢?」
「分からない。まあ、異世界の猫なら本くらい投げるか」
俺は小さく息を吐いた。
「もしかすると、緊急《引受》の反動なのかもな」
「緊急《引受》……」
ルミナの表情が、少しだけ曇った。
「この前の、オッさんのこと?」
「ルミナまで『おっさん』って呼ぶのかよ」
「え? だってオッさんでしょ?」
「いや、可愛い女の子が『おっさん』を連呼するのはどうなんだ?」
「……私って可愛いの?」
「まあ、そうなんじゃないかな」
「ふふ、ありがとう。でもね恒一さん、あのおじさんの本名は『オッ』だよ?」
「オッ、さん!? 敬称付きだったのかよあいつ!?」
完全に場が和んでしまった。
いまさらオッさんの名前なんてどうでもいい。
俺は思い出す。魔獣が迫ってきたあの極限状態。
俺はオッさんを強制的に《引受》した。
本人の同意なんて関係なく、強引に引きずり込んだ。
「……なんかさ、引っかかるんだよな」
「どうしたの?」
「俺の《預かる者》って能力さ」
俺は少し思考を整理してから、言葉を続けた。
「人を預かる能力なのに、今まで俺が預かったのって、ほとんど緊急時で同意無しなんだよ」
盗賊。飛燕の魔法。そして、今回のオッさん。
どれも、俺自身か誰かが危険な状況だった。
「守るために、無理やり預かる。……預かるって、本来そういうことじゃないよな」
ルミナが静かに頷いた。
「うん。『心から預けたい』と思う人がいるから、それを『しっかり預かる』人がいるんだと思うよ」
その言葉が、胸にじんわりと染み込んできた。
俺は黙って考える。
そもそも俺は喋れない。言葉で「預けてくれ」と伝えることができないからこそ、これまで人を引き受ける時は、生命の危機による緊急機能に頼るしかなかった。
「……でもこれ、何度もやってたら身がもたないよな」
緊急《引受》はリスクが高すぎる。
命を張るたびにこうして意識を失っていては、肝心な時に誰も守れなくなる。
何か、別の方法はないのか。
言葉を超えて、相手と繋がるような方法は──
(俺が無理やり預かるんじゃない。……言葉がなくても、俺に向けられた確かな『意思』を受け止めることができたなら──)
その瞬間、頭の中に、聞き慣れた音が響いた。
『《預かる者》第四段階──《預託意思》が解放』
『対象から明確な意思が向けられた場合、その意思を《引受》することが可能です』
「……なんだ、それ?」
相変わらず唐突で意味不明な能力だ。
今に始まったことではないが。
「恒一さん? どうかしたの?」
「どうもしない。ルミナ、パンでも食べよう」
難しいことを考えるよりも、いまはルミナと、美味しいパンを味わう時間の方がずっと大切だった。




