20話 ポストと生徒会長と通訳と。
「恒一さん!」
夕闇が迫る頃、ルミナが慌ただしく駆けてくる。
頬を赤く染め、肩を上下させて荒い息をついている。
恐らく、群がる女子生徒たちを必死に振り切って走ってきたのだろう。
「おかえり。大変だったな」
「……おいてった」
ルミナは浅い呼吸のまま軽く俯き、ぎゅっと握った小さな手を微かに震わせている。
どこか様子がおかしい。
「ん?」
「私を……一人で置いて帰った!」
ルミナが珍しく少し大きめの声で抗議してきた。
「いや、でも前は『私はもう子供じゃないから平気』って言ってたろ?」
「あのときとは状況が違う!」
むくれるルミナの顔を見て、確かに一人置いて帰ってしまったことへの罪悪感がじわじわと込み上げてくる。
「……そっか。悪かったよ、ごめんな」
「うん。いいよ!」
(……いいのかよ!)
パッと表情を明るくするルミナ。
拍子抜けしたが、怒りが長引かなくてとりあえずは良かった。
「……いや、待てよ? ルミナが一人で走って帰ってきたってことは──」
「あ、生徒会長なら──」
「──既に来ている」
(ひえぇぇん!?)
不意に背後から響いた静かな声に、思わず心の中で悲鳴があがった。
声のする方へ視線をやると、路地の壁に背を預け、腕を組んで佇む飛燕先輩の姿が目に入った。
「それが、例のポストか」
「はい。そうです」
ルミナが遠慮がちに答える。
飛燕は俺のそばまで近寄ると、全身をくまなく見つめた。
「本当に、喋っているのか?」
「はい。私には自然と声が聞こえるので、説明するのは難しいですけど」
「ルミナ、頼む。『俺を破壊しようとしたら投函口に吸い込まれるぞ』って警告してくれ!」
ルミナは小さく頷いた。
「先輩。恒一さんを壊そうとすると、吸い込まれるみたいです」
飛燕は俺を見つめたまま、薄く笑った。
「ほう……面白いな。……試してみるか?」
「ひぃいっ!?」
思わず変な声が出た。
それ、完全に悪役かラスボスが言うセリフだろ!
「今は、なんと言っている?」
「先輩が怖いみたいですけど」
「私が怖い? 何故だ」
『変な鳥を出して、俺を焼こうとしたからだよ』
「先輩の魔法が、トラウマになっているみたいです」
「そうか。それはすまなかった」
意外にも、飛燕は素直に謝った。
「あの、良ければ私を介して話しますか?」
「いや、いい。私はこのポストと直接話したい」
『俺は話したくない。まだ、信用していない』
「待て。今、拒否したのか?」
『通じたのか!?』
「正解です。恒一さんも驚いています」
「……なるほど。では、能力について教えてくれ」
「あなたに説明する必要はありません。答える理由がありません」
俺は機械のように淡々と、戦闘中の飛燕のモノマネを披露してみた。
「……今のは私をバカにしたのか?」
『なんで分かるんだよ! 天才かよ!?』
「直感だ。根拠はない」
『もう通訳なしで完全に会話成り立ってんだろこれ!?』
「二人とも……楽しそうですね」
ルミナの笑顔の奥から刺さるような圧が放たれている。身体が震えるような錯覚を覚える。
「恒一さん。これ以上先輩を煽らないでね?」
「は、はい……すみません……」
今日のルミナはちょっと雰囲気が違う。
ここは大人しく従っておくのが得策だ。
気まずい沈黙が路地裏に落ちる。
その沈黙を静かに破ったのは、飛燕だった。
「ルミナ。すまなかったな」
「え……先輩?」
飛燕が腕を組み直し、まっすぐにルミナを見つめる。
「君が陰で嫌がらせを受けていたのは知っていた。だが、確証を得られずにいた」
ルミナを嘲笑い、陥れようとしていた男子生徒たち。
彼らのやり口は陰湿だった。
飛燕の目の届かない場所を選んでいたのだろう。
「大丈夫ですよ。恒一さんが、守ってくれましたから」
「そうか。なら、いい」
「それと、先輩も。ありがとうございます」
ルミナは飛燕に向かって、深く頭を下げた。
今にして思えば、あの時の飛燕の容赦のない行動も、彼女なりの『裁き』だったのだろう。
「私は自分の仕事をしたまでだ」
淡々と素気なく答える飛燕先輩。
夕日を浴びるその横顔を見て、俺はほんの少しだけ彼女への認識を改めた。
(……相変わらずめちゃくちゃ怖い人に違いはない。でも、悪い人ではないのかもしれない)




