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19話 ポストがモテていいんですか!?


「恒一さん! 恒一さん。起きて!」

 誰かの声がする。優しくて安心する声だ。

 俺はゆっくりと目を開けた。

 飛燕と戦った後の記憶がない。

 どうやら俺は、ポストになってから初めて眠っていたらしい。

 視界がだんだんと開いていく。

 目の前にいたのは、ルミナだった。

「ああ……おはよう」

「良かった! 恒一さん!」

 涙目になったルミナが、俺の身体に抱きついてくる。

 悪くない気分だった。

「あの後、何がどうなった?」

「飛燕先輩と戦ってから、一週間経ったよ」

「……一週間も?」

「うん。ずっと眠ってた。毎日声をかけたのに」

 どうやら、俺は相当無茶をしたらしい。

 最後に使った《預かる者》。

 あの能力で、なんかすごい魔法を収納した直後、意識が途切れている。

 強力な魔法を収納できる。

 それだけ聞けば、とんでもなく便利な能力だ。

 でも、今回の件で分かった。

 あれは、気軽に使える力じゃない。

 俺自身が、どれだけの負荷に耐えられるのか分からない。

 もし、あの魔法を収納したことで一週間も眠ってしまったのなら、次に使う時は、本当に最後の手段だ。

「あ、恒一さん。ここ」

「ん?」

 ルミナが俺のボディの右側面を指差す。

「どうした?」

「ヒビ、入ってる」

「マジかよ! 俺の自慢のボディに傷が!?」

 大ショックだった。

 光沢感のある、理想的なポストボディだったのに。

「私も、色々大変だった」

 ルミナは伏目がちに言う。

「またイジメられたのか?」

「ううん。逆……かも?」

「イジメの逆?」

「その事で、恒一さんに相談があって」

「相談?」

 ルミナが少し困ったように頷いた。

「うん。学校で……変なことになってるの」

 嫌な予感がした。

 そして、その予感は見事に的中した。 


 ⭐︎


 翌朝。

 俺は再び、ルミナの身体を《引受》して、魔法学校へ向かっていた。

 久しぶりに学校へ向かう。

 俺自身は、一度も通ったことのない学校だけど。

 なのに、こうして歩いていると少し懐かしい気分になる。

「学校にはちゃんと通えるようになったのか?」

『うん。恒一さんのおかげだよ』

 ルミナが嬉しそうに言ったので、俺まで幸福な気持ちになる。

「……あれ?」

 すれ違った女子生徒が、こちらを見て立ち止まった。

「ねえ、あの子って……」

「そうだよ。間違いない」

「飛燕先輩と互角に戦ったっていう……?」

 複数の女子たちがヒソヒソと話している。

「……ルミナさん?」

「あのルミナさん!?」

「飛燕先輩と戦って生きてるなんて……」

「すごい……」

「かっこいい……」

 女子たちの視線が、どんどん集まってくる。

 気がつけば周囲を囲まれている。

(……待て。なんだこの状況は)

 状況を整理する。

 俺は飛燕と戦った。

 それは事実だ。

 ただし、互角ではない。

 むしろ、こっちはボコられた。

 避けるだけが精一杯だったはず。

 それなのに。

「ルミナお姉様……」

「……!」

 誰かが、ぽつりと呟いた。

(お姉様!?)

 服の袖をちょいちょいと引っ張られる。

 ちらりと横目で確認する。

 女子生徒たちが、頬を赤くしてこちらを見ていた。

(待て待て。なんで全員、顔を赤くしている。ポストに対抗してるのか?)

 落ち着け。

 俺は今、ルミナの身体の中にいる。

 当然、周りから見ればルミナだ。

 つまり?

(モテてるの、俺じゃないじゃん!!)

『こ、恒一さん……』

 ルミナの声が頭の中に響く。

『最近、ずっとこんな感じ……』

「…………」

 確かに俺は飛燕と戦った。

 ルミナの身体を《引受》て。

 たったそれだけの話だ。

 噂というものは恐ろしい。

 誰かが面白くして、最後には別の物語になっている。

「ルミナさん」

 後ろから声を掛けられた。

「……?」

 ゆっくりと振り返る。

 女子が二人、こちらを見ている。

「飛燕先輩との話、聞きました」

「禁忌級の魔法を、消し飛ばしたって!」

「え? それはそうかもしれないけど……」

「その……とても、格好良いと思います!」

「…………」

 なんだ、この状況。

 女の子に褒められて嬉しいけど、俺はポストで女の子なんだぞ!?

『恒一さん……どうしよう!』

(分かってる。俺も困ってる)

 すると、さらに別の声が飛んできた。

「ルミナお姉様!」

「……!」

 俺は思わず足を止めた。

(お姉様はやめろ!!)

 心の中で叫びながら、表面上は何とか平静を保つ。

 こういう時こそ、落ち着け。

 騒がず。

 誰とも目を合わせず。

 そう思って歩き出した、その時だった。

「──騒がしいぞ」

 凛とした、冷たい声が響いた。

 聞き覚えのある声。

 足が自然と止まる。

 廊下の向こうに、見覚えのある少女が立っていた。

 その姿を見ただけで背筋が凍る。

 飛燕。

 俺と戦った最恐魔法使いだ。

「……飛燕先輩」

「先輩だ!」

「飛燕先輩!」

 女生徒たちが色めきはじめる。

 飛燕は周囲の生徒たちを一瞥した。

 そして、俺を見る。

「よ、よう。久しぶり。先輩」

 出来る限りの猫撫で声を出してみる。

 緊張感を隠しきれなかったのが悔しい。

 対応を間違えて、また変な鳥でも出されたら、たまったもんじゃない。

「……ポストか」

「お前なんなんだよ!!」

 一瞬で見抜かれた。

 やはり、この女は普通ではない。

 涼やかな瞳が、俺をまっすぐ見つめる。

 よく見ると、とてつもない美人だ。

『恒一さんのバカ』

(無断で心を読むな!)

『読もうとしなくても、流れてくるし……』

 ルミナが何故かムッとしている。

 居た堪れない気分になってくる。

「放課後、少し時間をくれないか」

「え、あ、いや……」

「何か事情があるようだな。私が出向こう」

「いや、俺はあんたが怖いんだけど」

 周囲がざわつく。

「飛燕先輩が……」

「ルミナさんを?」

「ちょっと、今の聞いた!?」

「飛燕先輩がルミナお姉様を直々に呼び出すなんて……」

「もしかして、あの二人……戦いの中で特別な絆が芽生えちゃったの!?」

「尊い……!」

(なんか、飛燕の性格が変わってないか? 前は機械みたいだったぞ)

『恒一さん……先輩は元々、もの凄く怖くて、厳しい人』

(それは分かる。怖過ぎる)

『──《引受》の制限時間を超過しました──』

 まさに天の助けだ!

(ルミナ、すまない。今回は安全だし、先に帰らせてもらう)

『ええっ!? 恒一さん!』

 世界がぐにゃりと反転した。

 視界が急激に低くなり、俺の意識は、一瞬にしていつもの街角に戻ってくる。

 パタン、と投函口の蓋が虚しく閉まる。

「……飛燕がくる。ここに? なんとかしないと……」

 俺は焦る気持ちを必死に堪えた。

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