第18話 最強の魔法使い。
「飛燕先輩! 助かりました!」
「コイツです! この女が一方的に!」
男たちが少女のそばに寄っていき、媚びへつらっている。
間違いではないが、俺が悪人にされている。
少女の眼光がさらに鋭くなる。
「恥を知れ、馬鹿者」
凛とした声が響いた直後、男たちの悲鳴が上がった。
一瞬だった。黒髪をなびかせた少女が振るった手刀と脚撃が、男たちを容赦なく叩き伏せていく。
ただ淡々と、粛正するように。男たちは反論の隙すら与えられず、再び地面に沈んだ。
静寂が戻る。
飛燕と呼ばれた少女は袖口を整えると、倒れた男たちには目もくれず、こちらへ向き直った。
「……さて、本題に入りましょうか」
涼やかな瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
怖い。この女、ヤバすぎる。
「確認します。あなたが彼らを倒しましたね」
「そうだ。その点は間違いない」
飛燕は目を細めた。
「では、一つ聞かせてください」
「何を聞きたいんだ」
「あなたが使っていた技は魔法ではありません。私が学んできた、あらゆる魔導の理から外れている」
「だとしたら、どうする」
「あなたという存在を、見極める必要があります」
身体が震えるのを抑え、拳を強く握り締める。
この女の目的はわからない。だが、俺は何があってもルミナを守る。まだ動ける、まだ戦える。
「……確かめたいなら、来ればいい」
飛燕が僅かに目を見開いた。
「分かりました」
その瞬間だった。
飛燕の背後が、赤く光った。
「……?」
杖はない。手を動かしてすらいない。
それなのに、赤い線が飛燕の背後から飛び出した。
「──ッ!」
俺は反射的に首を逸らした。
高速の何かが頬を掠め、背後の大木から炸裂音が響く。鼻を刺す焦げ臭い匂い。振り向くと、太い幹に小さな穴が空いていた。
「……今の、魔法なのか」
「あなたに説明する必要はありません」
飛燕は平然としている。
さっきの男子生徒が使った魔法とは、速度も威力も桁違いだ。
問題なのは、いつ魔法を使ったのか。
予備動作が何もなかった。
「もう一度」
彼女がそう言った。
俺が身構えても目の前の少女は動かず、ただ凛として立っている。
次の瞬間──紅線が飛んできた。
「──ッゥ!」
俺は必死に身体を捻る。
熱い何かが肩を掠め、地面の土を鋭く抉った。
「……速すぎるだろ」
「今のを避けますか」
「お前、いつ撃ったんだよ」
「さあ」
飛燕が僅かに笑った。
その顔を見た瞬間、嫌な予感がした。
左、右、頭上。何かが次々と飛んでくる。
線。
線。
線。
何が飛んできているかすら、わからない。
なのに、地面を砕き、岩をも穿つ。
俺は必死に避ける。
《転送》を使おうとしても、間に合わない。
視認できない。
魔法そのものを見つけた時には、もう目の前まで迫っている。
「なるほど……並の体捌きではありませんね」
飛燕が呟いた。
俺は一気に距離を詰める。
魔法を返せないなら、直接攻撃する。
身体を低い体勢へ沈め、強く地面を蹴り飛ばす。
体術の極意を持って飛燕の懐深くへと潜り込み、固く握った拳を振り抜いた。
「──これなら!」
拳が飛燕に届くことはなかった。
突然、視界が反転した。
「うわっ!」
身体が宙へ浮く。
何が起きたのか分からない。
天地が逆さまになる。
次の瞬間、背中から地面に叩きつけられた。
「……何が、どうなってんだよ」
痛みを堪え、俺はすぐに起き上がる。
目の前の飛燕は一歩も動いていなかった。
「今のは……?」
「答える理由がありません」
「何も見えなかったぞ」
「見せる必要がありませんから」
その言葉に、背筋が冷たくなる。
体術も通じない。魔法もまともに見えない。
「……まだ終わってない」
「そうですね。まだ動いているので」
飛燕は静かに答えた。
俺は走る。
今度は正面からではなく右へ、左へ。
地面を蹴り、木を足場にして一気に飛び上がると、飛燕の死角へ回り込んで拳を振り下ろした。
「──なっ!」
また身体が浮いた。今度は横向きに吹き飛ばされ、地面を転がった。
「……何なんだよ、これ」
完全に身体を持っていかれている。
それでも飛燕は、息一つ乱していない。
俺は立ち上がる。
「……強すぎるだろ。最強かよ」
「私が強いかどうかは、今は関係ありません」
「ああ、そうかよ。なんなら一気にトドメをさすか?」
飛燕は少しだけ首を傾げる。
「それもいいですね」
場の空気が変わった。
飛燕の周囲に、七色の光が集まり始める。
「……何だ、これ」
今までとは明らかに規模が違う。
『──《転送》可能です──』
飛燕の魔法に《転送》が反応する。
俺は反射的に構えた。
戦いが始まって初めて勝機が見えた。
魔法を返せるのなら、まだ何とかなる。
「転送!」
不自然な間が空く。
『──転送不能──』
『──転送容量を超過しています──』
「……は?」
七色の光が膨れ上がる。
光が収束し、一つの形を形成していく。
現れたのは光を纏った巨大な怪鳥。
その姿を見ただけで分かった。
これは、返せない。
俺の手に負えるレベルではない。
「私のオリジナル。《七彩朱雀》当たれば死にます」
「初めて教えてくれたな」
「せめてもの、手向けです」
飛燕が手を突き出すと、巨大な怪鳥が唸りを上げた。
《七彩朱雀》がこちらへ向けて放たれる。
巨大な熱量と光が、視界のすべてを焼き尽くすように埋めていく。
避けられない。転送もできない。
押し潰されて、俺は、恐らく死ぬ。
だが、ルミナを巻き添えにするわけにはいかない。
必死に思考を巡らせる。
ここで俺が倒れたら、ルミナまで巻き込まれる。
『——ポスト本体および宿主の消滅危機を検知——』
『緊急条件を満たしました』
『強制収納・対象の同意は不要です』
突如、無機質な声が、脳内に響いた。
迫る朱雀の輝きを前に、俺は笑った。
(……そうか。まだ、俺には《預かる者》がある)
逃げるためじゃない。預かる者として。
そして、ルミナの身体を守るため。
俺は両手を広げ、正面からその奔流を「引き受け」た。
『──《預かる者》を発動します──』
怪鳥が吸い込まれるようにして消えていく。
世界が白く染まる。
そして。
朱雀の叫びが、一瞬で途絶えた。
『──対象を収納しました──』
静寂。
裏庭には、何も残っていない。
飛燕がこちらをじっとみている。
「……やはり、只者ではありませんでしたね」
「あんた、本気で俺を消すつもりだったろ」
「いえ。そこにいる女生徒を巻き込むつもりは、ありませんでした」
「そうかよ。何もかも想定済みなんだな」
今でも信じられない。
だが、確かに預かった。
俺は胸を撫で下ろす。
「……危なかった」
「あなた」
飛燕がこちらを見る。
「あなたの正体に、興味があります」
俺は少しだけ考えた。
そして答える。
「……ただの、ポストだ」
「…………ポスト?」
飛燕は黙った。
初めて人間らしい、困惑顔を浮かべる。
漆黒のポニーテールが風で小さく揺れていた。
張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れた。
「やっと終わった」
俺は地面に座り込んで空を見上げる。
ルミナを守ることができた。
充実感と安堵感で心が満たされていく。
俺がこの世界で生きていく理由が、見つかった気がした。
預かったものだけは、最後まで守ってみせる。




