第15話 金と銀の勇者。
夜の帳が下りた頃。
俺はいつもの街角にたたずんでいた。
頭の上には、当たり前のようにネコウイチが乗っている。
「……おい。どいてくれって言ったら、わかるか?」
「ニャ?」
「ハァ……もういいさ。好きにしてくれ」
「ニャ」
小さなイビキを立てて眠り始めたネコウイチにため息をつき、俺は体内の専門書へと意識を集中させた。
『──対象を認識しました──』
脳内に直接、大量の文字と図解が流れ込んでくる。
「……なるほどな」
魔術の専門書の知識を辿りながら、俺はルミナの魔法について考えた。
普通の魔法は、火なら火、水なら水と、決められた結果を術式で生み出す。
だが、ルミナが魔法を使うと、なぜか毎回「野菜」になる。
「まてよ?」
何かを生み出そうとしているのに、うまく制御できず、別の性質へ変質しているのだとしたら──
「ルミナは……魔法が苦手なわけじゃないのか?」
「ニャ?」
眠っていたネコウイチが声を出した。
「まだ仮説だけどな」
今まで「野菜使い」と嘲笑われてきた能力。
もし俺の考えが正しければ、それは失敗なんかじゃない。
「ただ……やろうとしてることが、普通の奴らと次元が違うのだろうか?」
もしそうだとしたら、今まで「野菜使い」と嘲笑われてきたあの能力は、失敗などではない。
まだ本人が、その規格外の能力を扱いきれていないだけなのかもしれない。
(……なんか、自分でも魔法を試してみたくなってきたな)
頭の中で教本の術式をイメージし、体内に眠っているかもしれない魔力をかき集める妄想を膨らませる。
「エクスポスト・テガミピロンポーン!!」
夜の街角で、謎のテンションが発動する。
パタ……。
投函口の蓋が、夜風に吹かれて虚しく揺れただけ。
当然だ。魔法を使おうとしたところで何も起きやしない。ポストに魔力を操る能力なんて備わっていないのが、現実だった。
「ニャフッ!」
猫に笑われた気がする。気のせいだと思いたい。
「お前は黙って寝てろ!」
「ニャ」
ネコウイチはふいと目を閉じ、再び規則正しい寝息を立て始めた。
「……そういうとこだけは素直なんだな」
⭐︎
俺は魔術教本をなぞりながら、街を行き交う人々の話を聞いていた。
こういう時、ポストという姿は実に都合がいい。
街角に溶け込んでいるおかげで、誰も俺が聞き耳を立てているなんて思わない。
「なあ、噂を聞いたか?」
「北の方で、魔王軍の拠点が一つ壊滅したらしいぞ」
「へえ、例の金髪の勇者さまの仕業か?」
(……勇者?)
その単語に、俺の意識がピタリと留まる。
すると別の男が口を挟んだ。
「金髪? 違う違う、勇者は銀髪だろ」
「いや待てよ、俺は勇者が敗けたって噂を聞いたぞ?」
「敗けるわけねえよ。化け物みたいに強えんだから」
「でも、魔王軍に捕まったって話もあるしな……」
「いやいや、一人で魔物の大群を吹き飛ばしたって──」
金髪、銀髪、勝ち、負け、捕まった。
(どれが本当なんだよ! 異常に高度なナゾナゾかよ!?)
当然、心の中のツッコミが通行人に届くはずもない。
男たちは好き勝手な噂話を残したまま、雑踏の中へ消えていった。
しばらくして、街に静けさが戻る。
「……本当に訳が分からないな」
俺は暗闇の中で思考を巡らせていた。
ルミナの魔法のこと、そして、勇者の噂。
考えなければならないことが多すぎる。
(……はあ、知恵熱が出そうだ……)
そんなことを考えていた時だった。
路地の奥から、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。若い男たちの声だ。会話の内容からして、どうやら魔法学校の生徒らしい。
「今度こそ、あのピンク頭の野菜女を懲らしめてやろうぜ」
会話の中に『ルミナ』を思わせる言葉が混じり、俺は思考を止めて息をひそめた。
「いい加減、分からせてやらないとな」
「でもあいつ、最近学校に来てないんだろ?」
「例の件で、教師から呼び出しを食らったらしい。明日あたり来るはずだ」
「へっ、そいつは好都合だな」
足音が通りへ近づいてくる。
聞き覚えのある不快な声だ。
昼間、学校の廊下でルミナを嘲笑っていた連中に違いない。
「……あいつら……!」
学校へ登校してくるルミナを狙って、何か嫌がらせをするつもりらしい。
男たちは俺の横を通り過ぎながら、ニヤニヤと不快な笑みを浮かべていた。
「徹底的にやってやろうぜ」
「まともに魔法も使えず、野菜しか出せないくせに、生意気な目をしやがって」
遠ざかっていく足音。
「…………」
悔しいが、今の俺には何もできない。
今はただのポストだ。学校へ駆けつけることも、あいつらを殴ることもできない。
(……放っておくわけにはいかないよな)
いきなり乗り込んで大暴れするのは違うし、そもそも今の状況じゃ不可能だ。
「……話し合ってみるか」
すんなり会話が成り立つかは分からない。
不安はあるが、迷っている暇はない。
「やるしかない……よな?」
「ニャア……」
「──そうだよな。俺もそう思う」
俺は空を見上げた。
雲の切れ間から覗く星々が、静かに夜を照らしていた。




