第14話 魔法学校の野菜使い。
「もっと簡単で楽な能力にしてくれよな。面倒くさい……」
ルミナとの《引受》の検証を何度か繰り返し、いくつかの法則が見えてきた。
以前、盗賊の身体を借りた時は、自分の手足のように自由自在に走ったり戦ったりできた。
けれど、ルミナの身体では、どうにも思い通りに制御できなかった。
どうやら「引受」という同じ力でも、相手の同意があるかないかで、扱い方は大きく変わるらしい。
「なら、俺自身が技術や魔法を磨くしかないか」
「恒一さん?」
「おわ! びっくりした」
不意に声をかけられ、思わず投函口がガタつく。ルミナが覗き込むようにこちらを見つめていた。
「何を一人でぶつぶつ言っているの?」
「ちょうどいいところに。ルミナ、俺に魔法の勉強をさせてくれないか」
「……どうして?」
「まあ、興味本位だ。魔法の練習ができる場所とか、基礎的な教科書みたいなものってないか?」
「私が通ってる魔法学校にならあるけど……でも……」
ルミナは悲しそうに目を伏せた。
その瞳の奥に何を隠しているのかは分からないが、ここで引くわけにはいかない。俺は静かに言葉で背中を押した。
「大丈夫だ。俺も一緒に行くから」
しばしの沈黙の後、ルミナは意を決したように顔を上げた。
「じゃあ、少しだけね?」
「ああ、助かるよ。それと、額は隠そう。帽子でもリボンでもいいからさ」
「え?」
「……いや、額に変な紋章が浮かんでるの、見られたくないだろ?」
「……今日は最初から持ってきた。恥ずかしいから」
ルミナは懐から薄い布を取り出すと、前髪を整えて額を覆うように結んだ。
「これでいい?」
「バッチリだ。よし、行こう」
俺は意識を研ぎ澄まし、《引受》を発動させた。
⭐︎
「よし……だいぶ慣れてきたな」
手のひらを開いて閉じる。
自然なリズムでスムーズに歩く。
それだけでも大きな進歩だ。
『大丈夫、恒一さん?』
「ああ。問題ない」
俺たちは魔法学校の巨大な門をくぐった。
そびえ立つ尖塔に、校庭のあちこちで飛び交う魔法の光。いかにも異世界の学園といった光景だ。
「……結構、人がいるな」
『一応、学校だからね』
石造りの長い廊下を進んでいると、すれ違う生徒たちの視線がこちらに集まり始めた。
「お? 出てきたのかよ、野菜使い」
「ククク……またへんちくりんな野菜でも出しに来たのかな?」
遠慮のない嘲笑が浴びせられる。
周りの生徒も教師も、ただ見て見ぬふりをするだけだ。
「……いいのか? 言い返さなくて」
『……いつものことだから』
ルミナの諦めを含んだ呟きを聞いた、その瞬間だった。
ズキッ、と胸の奥が鋭く痛んだ。
「……な、んだ……今の……」
『え? どうしたの?』
「いや……胸が痛くて……」
彼女の心の痛みが、俺の中にまで流れ込んできたような感覚だった。
(……なんで俺まで、こんなに胸が痛むんだ……!?)
『大丈夫だよ。私は平気だから』
その言葉が、余計に引っかかった。
「それが一番嫌なんだよ」
『……え』
「慣れてしまうほど、傷つけられてたってことだろ」
ルミナの意識が、少し揺れたように感じる。
「あーあ。せっかく学園のお荷物が消えたと思ったのによ」
すれ違いざま、男子生徒が不快そうに吐き捨てた。
「頭に来た。我慢する必要も、諦める必要もない」
『ちょっと、恒一さん……!?』
制止しようとするルミナの意識を押し切り、俺はまっすぐ男の前に立ちはだかった。
「言いたいことがあるなら、俺にハッキリ言えよ」
「な、なんだお前……!?」
男は目を白黒させた。
格下と見下していたルミナに正面から立ち向かわれるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
『恒一さん、もう行こう!』
「待て、まだ話は――」
ぐい、と強引に足が動き出した。
ルミナが身体の主導権を奪い返し、その場から離れようとしている。
「二度と来んなよ、恥晒しのイモ女が!」
「あの野郎……!」
『恒一さん、落ち着いて。能力が解けちゃうから』
ルミナに半ば引き摺られる格好で、俺はその場を後にするしかなかった。
⭐︎
気分が晴れない。だが、余計に気を巡らせて、ルミナに迷惑をかけたくなかった。
『ここだよ』
案内された図書室に入ると、壁一面の本棚に膨大な書物が並んでいた。
『基礎の魔力循環』『簡易術式の構造解析』『初歩の詠唱理論』……どれも難解そうな専門書ばかりだ。
「よし。すぐに覚えるから」
『うん』
本を手に取り、意識を集中して能力を発動しようとした──が。
『──《引受》中の《引受》は不可──』
無機質な声とともに、能力が弾かれてしまう。
「なるほど……本を《引受》して知識を直接得るには、一度ポストの姿に戻らないとダメなのか」
『それなら、物理的に持ち帰るしかないね』
「そうだな。目的は分かった、急いで帰ろう」
専門書を何冊か抱え直し、俺たちは図書室を後にした。
早足で廊下を歩いていた、その時だ。
ぞくっと、肌を刺すような強烈な圧迫感が背筋を駆け抜けた。思わず足が止まる。
廊下の先から、一人の女生徒が歩いてきた。
涼しげで切れのある目元。
異世界では珍しい、艶やかな漆黒の髪。歩調に合わせて揺れるポニーテール。
ただすれ違っただけだというのに、呼吸が詰まるほどの威圧感が場を支配していた。
「……なんだ、あいつ……」
怖いとか、ヤバいとか、そんな生易しい表現では追いつかない異質な存在感。
『……ヒエン、先輩……』
ルミナが怯えたように呟く。
「嫌な予感がする。ルミナ、急いで戻るぞ!」
脚に力を込めた、まさにその瞬間だった。
『──《引受》可能時間を超過しました──』
「しまっ……待て──!?」
世界が反転する。
パッ、と視界が切り替わると、目の前に広がっていたのはいつもの見慣れた暗い路地裏だった。
俺は再び、ただの郵便ポストへと戻っていた。
「……クソっ! ルミナ!? 嘘だろ……置いてきぼりにしたのか!? あんな場所にルミナを一人で……!」
胸の奥が焼けつくように熱くなる。
さっきまで隣にいたのに、今の俺には手も足もない。一歩も動けないのだ。
「──もし、学校じゃなくて戦場だったら……」
最悪の想像が頭をよぎり、背筋が凍る。
「もし敵の目の前で、俺だけが強制送還されたら」
人間として動けるようになったことに、完全に浮かれていた。
(預かる者として失格だ、俺は……)
⭐︎
夕暮れ時。
影が長く伸びる中、俺はただじっと自分を責め続けながら時が過ぎるのを待っていた。
「……ただいま、恒一さん」
「ルミナっ!? 無事か!? 怪我はないか!?」
腕に教本を抱えたルミナがそこに立っていた。
「うん、帰ってきたよ。先生たちに見つかりそうになって、逃げてきちゃった」
俺を気遣うように笑うルミナ。
その顔を見て、俺の胸はさらに痛んだ。
「……ごめん」
「え?」
「お前が一番嫌がってた場所に、一人で置いてきぼりにして……」
ルミナはぽかんと目を丸くした後、ふっと柔らかく微笑んだ。
「大丈夫だよ。私、子供じゃないんだから。教本も、ちゃんと持って帰ってこれたし」
カタン、ドスン。
ルミナは腕の中の重い教本を、俺の投函口へと丁寧に入れていく。
「また一つ、欠点と改善点がわかったね。それだけでも、大きな進歩……でしょ?」
「……ああ、そうだな。ありがとう、ルミナ」
俺は絞り出すような声でそう返すのが精一杯だった。




