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第11話 猫と爆発。

 

 澄んだ空気の中、俺は一人で考え込んでいた。

 勇者の手紙。

 そこに残された、何者かに細工された痕跡。

 現状の俺たちの手段では、北の街道で途絶えた彼女の足取りを追うことすらできない。


 ──動けない。探せない。何もできない。


 手も足もない郵便ポストの中でぐるぐると思考を巡らせているうちに、だんだんと腹が立ってきた。

「……あの女神」

 笑顔で俺をポストにした女。

「人をポストにしといて、投げっぱなしかよ!」

 やり場のない苛立ちから、俺は思いっきり毒づいた。

「責任とりやがれ!!」

 その瞬間だった。

『──《預かる者》第三段階へ移行──』

「……は?」

 脳内に無機質な音声が響き渡る。

『意思疎通が成立しない無機物、または害意のない小動物の《引受》が可能になりました。なお、対象の同意は不要です』

 俺は路地裏の周囲を見渡した。

「……もしかして、見られてるのか?」

 もちろん返事なんてない。

 静かな街角に風が吹き抜けるだけだ。

「アホ女神! ポスト人間製造マシーン!!」

 思い切り悪態を吐いてみる。


 ──ゴン!


「あ、いて!?」

 直後、どこからともなく分厚い本が飛んできた。

「……何かの偶然か。まあ、いいや」

 今まで女神が直接関わってきたことはない。

 俺は細かいことを気にするのをやめ、さっそく新能力の実験に移ることにした。

「小動物……いや、命あるものを預かるんだ。まずは無機物から慎重にいこう」

 足元近くに転がっている、小さな石ころに意識を集中させる。

「《引受》って言われても説明不足なんだよな……よし、とにかく試そう。『そこの石を引き受ける』!」

『──対象を認識しました──』

 投函口がカシャンと勝手に開いた。

 足元の小石がふわリと宙に浮き上がり、吸い寄せられるように投函口へと飛び込んでくる。

 世界がぐにゃりと反転する。

 視界が地面スレスレまで落ち、感覚が一変した。

 ズシリとした重さと、冷ややかな石の感触が伝わってくる。

 動けないのはいつものことだが──気がつくと、俺の意識は小石そのものに入り込んでいた。

「なんだよこれ……普段と何も変わらないじゃないか」

 視点が変わっただけで、結局は石だ。

 再び世界が反転し、俺の意識は元のポストに戻っていた。

「……能力が持続する時間はかなり短いな」

 解除までのタイムラグを確認し、俺は次の実験対象を探す。

 ふと見ると、さっき頭にぶつかってきたぶ厚い本が足元に転がっていた。表紙には古めかしい文字で『体術の極意』と書かれている。

「…………試してみるか」

 とりあえず《預かる者》を使ってみる。

「そこの本!」

『──対象を認識しました──』

 パッと本が跳ね起き、投函口に自らねじり込まれた。

 途端に世界が反転する。今度は俺自身が『本』になった。

 それと同時に、専門書レベルの体術の技術要項が、怒涛の勢いで脳内に流れ込んでくる。

(……なるほど! 概念や知識を取り込めるのか!)

「攻撃を受ける直前に、相手の視線と肩を見る? 重心が──こう避ける! 始点は、こうだな!」

 相手の視線と肩の動きから攻撃軌道を予測する見切り。重心の移動。最小限の予備動作で放つ打撃の始点──

 体術の基本から奥義までのイメージが一瞬で頭に刻み込まれていく。

 やがて能力が解除され、ポストの姿に戻ったが、身体の動かし方の鮮明なイメージはそのまま残っていた。

「これは……使えるぞ! ポストだから体術は関係ないけどな!」

 新能力にテンションが上がってきた俺は、次なるターゲットを探して足元に視線を落とした。

 一匹の野良猫が、日向ぼっこをしている。

「……命ある生き物か。危険はないと思うけど……」

 一瞬の躊躇を捨て、俺は猫に狙いを定める。

「そこの猫を引き受ける!」

『──対象を認識しました──』

「今日からお前は、ネコウイチだ! よろしくな!」

 投函口が開くのと同時に、猫が吸い込まれていく。

 ──そして、世界が劇的に変化した。

 低い視界。研ぎ澄まされた音。驚くほど軽い身体。

 四本の脚があり、お尻のあたりを意識すると、なんと尻尾まで自由に動かせる!

 肉体を得た感動が、胸の奥から湧き上がってきた。

「ニャ、ニャアアアッ!(すげえええ! 動ける! 歩けるぞ!)」

 猫の身体は驚くほどしなやかだった。

 ひょいひょいと四肢を動かし、その場で跳ね回る。

 鼻を鳴らすと、街の様々な匂いがダイレクトに脳を刺激した。焼きたてパンの香ばしさ、湿った土の匂い──その中に、どこか聞き覚えのある甘い花の香りが混ざっていた。

(……ルミナだ。少し驚かしてやるか)

「恒一さん、おは——」

 挨拶しかけたルミナが、ピタリと足を止めた。

「……猫?」

 俺は可愛らしく「ニャー」と鳴いて見せた。

 ルミナは首をかしげ、じっと俺を見つめる。

「恒一さん? 猫?」

 ルミナは平然としている。

(なんでだ!? 猫は生き物だよな)

 ルミナは無機物と会話できるが、動物は物じゃない。

「見た目は猫さんだけど、恒一さんの声がするよ」

「なるほど……猫の中に入ったポストの声を聞いているのか」

 一人で納得していると──ぐるるるる……と、お腹の中から盛大な音が鳴り響いた。

「……っ!」

 激しい空腹感だ。

 ポストになって以来、ずっと忘れていた『腹が減る』という生理現象。

 当たり前だったはずのその感覚に、妙な愛おしさと感動が込み上げてくる。

「あ、お腹空いてるの? ちょうどよかった、はいこれ!」

 ルミナが手にしていた紙袋から、何かを取り出した。見れば紙袋の中には、はち切れんばかりのゴツゴツした野菜が詰まっている。

「お芋、食べる?」

「それ、魔法で出した芋か? すごい量だな」

「そうだけど、他の種類がいい?」

 ルミナの好意を無駄にはできない。俺は差し出された小ぶりな芋を、ガブリと齧ってみた。

「ギョニャアアアアアッ!?(まずい!! 激マズだこれ!!)」

 口の中に広がるのは、生コンクリートに砂鉄をふりかけ、工業用洗剤で和えたような地獄の味。

(これは食べ物ではない。科学兵器だ!)

 反射的に必殺技(猫パンチ)を放つ。

 パコンッ!といい音がして、齧りかけの芋が空高くへと弾き飛ばされる。

 直後──


 ──ドオォォォンッ!!!!


 耳を劈く爆音とともに、空中で芋が派手に爆発四散した。

「…………」

「…………」

 ルミナが目を丸くして固まっている。

 俺も、猫の姿のまま固まった。

 パラパラと、黒焦げになった芋の破片が降ってくる。

「……爆発したぞ」

「爆発したね」

 俺とルミナは、煙を上げる芋の欠片を見つめた。

「なんだこれ!?」

「ええ!?」

「芋だぞ!? 芋なんだぞ!?」

「私に聞かれても知らないよ!」

 叫ぶルミナの横で、俺は猫の姿のままハァと深い溜息をついた。

 やがて時間が経過し、能力が自動解除される。

 猫が投函口から弾き出され、俺は元のポストへと戻った。

 俺はルミナに、事の経緯を説明した。

 石になり、次に本になって体術を得て、猫になったことを。

「猫の意思も、薄く感じられた。芋がまずいって」

 ルミナは真剣に聞いている。

「……そうなんだ」

「ああ、あれはこの世に存在してはいけない芋だ」

「恒一さん」

 ルミナが、真剣な顔で俺を見た。

「猫さんで試して平気だったなら……私達も、試してみる?」

 ルミナの提案に、俺はすぐには頷けなかった。

 人間を《引受》するリスク。

 戻れなくなったり、ルミナの精神に異常が出たら困る。

「……慎重に考えさせてくれ」

「うん」

「……短時間だけ、安全性を確認するくらいなら」

 俺の言葉に、ルミナは嬉しそうに小さく頷いた。

「試してみる?」

「何かあったら、すぐ能力を解除する」

「うん! 無理はしない約束ね」

 ルミナが美しい黄金色の空を見上げた。

 俺も、同じ空を見つめる。


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