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神酒鑑定師と鬼の王  作者: 蒼崎しんのすけ


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9/12

第二章 第一話「鬼の王、帰還」

京都


夜の街に秋の冷たい風が吹いていた


小さな酒処――「鬼灯」


店内には、酒の香りが静かに漂っている


カウンターの奥で、天野真澄は一升瓶を眺めていた


「……妙だな」


「何が?」


隣でグラスを磨いていた茨木が顔を上げる


真澄は瓶のラベルを指でなぞった。


「この酒さっきからずっと同じ記憶が見える」


「どんな記憶?」


「山だ」


真澄は目を閉じる


酒に触れた瞬間、彼の脳裏に映像が流れ込んできた。


深い山


月明かり


焚き火


そして――


巨大な岩の上に座る、一人の男


赤い髪


金色の瞳


頭には二本の小さな角


男は大きな盃を持っていた


その隣には、何人もの鬼たち


そして男は笑っていた


「酒が足りねえぞ!」


豪快な声が響く


真澄は目を開いた


「……酒呑童子?」


茨木の手が止まった


「……兄様?」


その瞬間


店の外から、


――ドンっ!


という音がした


二人が振り返る


もう一度


――ドン


今度は、地面そのものが揺れた。


棚の酒瓶が震える


「地震……?」


真澄が立ち上がる


だが茨木は違った


彼女は窓の外を見つめている


「違うよ」


「え?」


「これは……」


茨木の顔に、信じられないほどの笑顔が浮かんだ。


「鬼が歩いている音だ」


次の瞬間


京都の夜空が赤く染まった。


雲の向こう


巨大な鬼火が一つ、二つ、三つ。


いや


数え切れないほどの鬼火が空を埋め尽くしていく


そして――


遠くの山から


声が響いた


「――よう」


真澄の心臓が跳ねた


聞き覚えのある声だった


豪快で


どこか懐かしく


千年という時間など、まるで存在しなかったかのような声


「待たせたな」


茨木が駆け出した


「兄様!」


真澄も後を追う


二人が店の外へ出る


京都の街の向こう


山の上に、一人の男が立っていた


赤い髪が風になびく


金色の瞳が月明かりを反射する


そして――


二本の角


その姿を見た瞬間


真澄は息を呑んだ


「……酒呑童子」


男は振り返った


口元を吊り上げる


「久しぶりだな真澄」


「……本当に……帰ってきたのか」


「見りゃ分かるじゃろ」


酒呑童子は笑った。


「俺様は鬼の王だぞ」


茨木が飛びつく


「兄様!」


「おうっ茨木」


酒呑童子は片手で彼女の頭を撫でる。


「でかくなったな」


「千年以上経っていますっ!」


「そうだったかの?」


「そうです!」


「なら俺様が小さくなったのか」


「なってませんよ!」


真澄は思わず笑った。


以前と変わらない


いや


正確には変わっている


だが、根本は何も変わっていない


酒が好きで


喧嘩が好きで


人間が好きで


そして――


誰よりも自由な鬼


酒呑童子


鬼の王


「……どうして戻ってこられたんだ?」


真澄が尋ねる


酒呑童子は空を見上げた


笑みが消える。


「門が開いた」


「門?」


「ああ」


「じゃあ……また何かが?」


「違う」


酒呑童子は真澄を見る


「今回は俺が出てきた」


「え……どういうことだ?」


「千年前 俺は門の向こうに残った」


「ああ」


「だがな」


酒呑童子は懐から小さな盃を取り出した


古びた盃だった


それを真澄へ投げる


真澄が受け取る


「日本中のあちこちで 妙な酒が造られ始めている」


「妙な酒?」


「飲んだ奴の記憶を食う酒だ」


真澄の表情が変わる


「記憶を……?」


「そうだ」


酒呑童子は笑う


「しかもただの記憶じゃねえ」


盃の底に、赤い文字が浮かび上がった。


真澄には読めない古い文字


だが


酒呑童子には読めた


「怨みだ」


風が吹く


京都の街から、無数の声が聞こえた気がした。


泣き声


怒鳴り声


恨み言


そして――


「俺様がいなかった千年の間に日本中に溜まった怨みが酒になっている」


「そんな……」


「だから戻ってきた」


酒呑童子は盃を掲げる


「怪異を片っ端からぶん殴って、 酒を飲んで 原因を探す」


「……ずいぶん雑だな」


「細かいことはお前が考えろ」


「やっぱりそうなるのかよ!」


茨木が笑う


「昔から兄様はそうです」


酒呑童子は真澄の肩を叩いた。


「お前は酒の記憶を読める」


「ああ」


「俺様は鬼の記憶を読む」


「鬼の記憶?」


「千年前から生きてる鬼だからな」


酒呑童子は遠くを見る


「日本中の怪異には必ず何かしらの因縁がある」


「……つまり」


真澄は盃を握りしめた


「俺様たちで怪異を追う」


「そういうことだ」


「毎回酒を調べて?」


「そうだ」


「怪異と戦って?」


「そうだ」


「事件を解決して?」


「そうだ」


「……酒呑童子は毎回ついてくるの?」


酒呑童子は一瞬だけ黙った


そして


「当たり前じゃ」


満面の笑み


「俺様がいないと面白くねえ」


茨木も頷く


「私も行きます」


真澄はため息をついた


「……また騒がしくなりそうだな」


「何言ってんだ」


酒呑童子は真澄の背中を叩く


「騒がしい方が酒はうまい」


その夜


「鬼灯」に三人が集まった


真澄が棚から酒を一本取り出す


「じゃあ、復活祝いだ」


「おう!」


酒呑童子の目が輝く


「京都の酒か?」


「伏見の酒だ」


「いいねえ!」


三人で盃を合わせる


カン、と小さな音が鳴った。


酒呑童子が一口飲む


「……うまい」


「そうか?」


「ああ」


酒呑童子は満足そうに笑った。


「千年ぶりの日本酒だ」


そして


その瞬間


真澄の手の中の盃に、映像が浮かび上がった


梅の木


雪


一人の男


白い衣


そして――


燃える都


真澄の顔から笑みが消える


「……今見えた」


酒呑童子も盃を覗き込む


「何だ?」


「次の怪異だ」


茨木が身を乗り出す


「どこですか?」


真澄は映像を見つめる


梅の香り


白い衣


怒りに満ちた声


そして一枚の紙


そこには一文字だけ書かれていた


――「怨」


酒呑童子の目が細くなる


「……なるほど」


「知ってるのか?」


「ああ」


酒呑童子は盃を置いた


「次の相手は――」


窓の外で雷が鳴った


「菅原道真だ」


真澄は息を呑んだ


酒呑童子が立ち上がる


「行くぞ」


「どこへ?」


「梅の咲く場所だ」


「今、秋だけど?」


「知るか」


酒呑童子は笑った


「怪異ってのは季節なんざ守らねえんだよ」


そして鬼の王は、久しぶりに京都の夜へ歩き出した


その背中を見ながら、真澄は思った


千年ぶりに帰ってきた酒呑童子


その帰還と同時に始まった、奇妙な怪異事件


日本各地に現れる、怨みを宿した酒


そして


その酒の記憶に現れる三人の男


菅原道真


平将門


崇徳院


日本に伝わる、三人の大怨霊


だが真澄はまだ知らなかった


三人の怨霊と酒呑童子には――


千年前から続く、ある秘密があることを


「おい、真澄!」


「何?」


「早く来い!」


「待ってくれ!」


「酒が冷めるぞ!」


「酒は冷めない!」


「俺の気分が冷める!」


「それは知らない!」


京都の夜に、二人の声が響いた


その後ろを、茨木が笑いながら追いかける


こうして――


鬼の王が帰還した


そして日本全国を舞台にした、新たな怪異と酒の物語が始まった。

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