第七話 岩手・鬼剣士と六つ目の神酒
福島で五つ目の神酒を手に入れた翌日。
車内には重い空気が流れていた
真澄は運転しながら何度もバックミラーを見る
後部座席には茨木がいた
窓の外を眺めている
酒呑童子は助手席で腕を組んだまま黙っていた
「兄妹喧嘩ですか?」
真澄が冗談めかして言う
「違う」
「違うのう」
二人同時だった
息だけは合っていた
だが問題は別にあった
茨木が思い出した記憶
それが酒呑童子の心を乱していた
『兄様は自分から門へ入った』
封印されたのではない
自ら入った
それはどういう意味なのか
酒呑童子自身にも分からない
「気持ち悪いんじゃ」
鬼の王がぽつりと呟く
「千年生きておるのに、自分の記憶が欠けておる」
真澄は何も言えなかった。
そんな中で届いた新たな依頼
場所は岩手県
遠野近くの山村だった
依頼内容は単純
「鬼が人を斬っている」
しかし妙だった
被害者は全員生きている
しかも誰一人として傷を負っていない
ただ一つ
皆が同じことを言う
自分の中の悪いものを斬られた
「なんじゃそりゃ」
酒呑童子が眉をひそめた
山奥の村へ到着した三人
村は異様に静かだった
村長の老人が迎える
「鬼剣士様です」
老人はそう呼んだ
夜になると現れる鬼
巨大な刀を持つ武者
人を斬る
だが誰も傷付かない
むしろ斬られた人間は元気になる
長年寝込んでいた老人
酒に溺れていた男
心を病んでいた女性
皆が回復していた。
「良い鬼じゃないですか」
真澄が言う
「良い鬼ほど厄介じゃ」
酒呑童子が答えた。
その夜
三人は村外れの神社へ向かう
月明かりの中
一人の武者が立っていた
身長二メートルを超える巨体
漆黒の鎧
折れた鬼角
巨大な野太刀
しかしその瞳は穏やかだった
「来たか」
武者が口を開く
酒呑童子が目を見開く
「おぬしか」
知り合いだった
その名は鬼道丸
千年前、
酒呑童子軍の最強剣士
「生きておったのか」
「半分は死んでいる」
鬼道丸は笑う
茨木も驚いていた
「鬼道丸兄ちゃん……」
「大きくなったな」
「千年経ってる」
「そうであったな」
鬼道丸は豪快に笑った
だがその瞬間。
酒呑童子の顔が険しくなる
「何故こんなところにおる」
鬼道丸は黙る
そして静かに答えた
「門を見張っている」
空気が凍った
「門じゃと?」
鬼道丸は頷く
「お前が入った門だ」
真澄の鼓動が速くなる
またその話だった
鬼道丸は語り始める
千年前
観る者は世界へ降りようとしていた
神でも鬼でもない存在
世界そのものを観測する超越者
奴が完全に降臨すれば、
現実は崩壊する
だから
門を閉じる必要があった
その時
酒呑童子が自ら門へ飛び込んだ
観る者ごと封印するために
「そんな馬鹿な」
真澄は呟く
だが鬼道丸は真剣だった
「俺は見た」
「お前は英雄だった」
酒呑童子は黙る
全く覚えていなかった
その時だった
空が裂けた。
巨大な目
観る者
今までで最大だった
空全体が瞳になっていた
六つ目がここにある
鬼道丸が刀を抜く
「来るぞ」
無数の黒い腕が降ってきた
山が砕ける
神社が崩壊する
鬼道丸が駆ける
一閃
山ごと斬る斬撃
黒い腕が消し飛ぶ
「すごい……」
真澄が息を呑む
酒呑童子ですら笑った
「腕は落ちておらんのう」
だが
観る者は強かった
無数の瞳が開く
鬼道丸の身体が崩れ始める
「まずい!」
茨木が叫ぶ
鬼道丸は最初から限界だった。
千年間
たった一人で門を見張り続けていたのだ
魂が尽きかけていた
「最後の仕事だ」
鬼道丸は笑った
胸から光が現れる
六つ目の神酒
彼自身が守護者だった
神酒が現れた瞬間
空間が震える
観る者が怒号を上げる
やめろ
揃わせるな
初めてだった。
観る者が焦っていた
鬼道丸は神酒を真澄へ投げる
「頼んだぞ」
神酒を受け取る
その瞬間。
六つの神酒が共鳴した
眩い光
酒呑童子の記憶が戻る
門
戦い
観る者
そして
自分を送り出した人物
一人の女性
白い着物
金色の瞳
観る者に似た存在
彼女が泣いている
『お願い』
『世界を守って』
記憶が途切れる
酒呑童子は震えていた
「思い出した……」
「誰なんです?」
真澄が聞く
鬼の王はゆっくり答える
「観測の巫女」
「世界を創った者の一人じゃ」
真澄と茨木が固まる
世界を創った者。
それは神ですらない。
さらに酒呑童子は続けた。
「そして七つ目の神酒の場所も思い出した」
沈黙。
残る神酒は一つ
旅の終わりが近付いていた
だが同時に
世界の終わりも
空の瞳が静かに笑った
門は開く
いよいよだ
最終章・第八話 大江山、最後の神酒と観る者の降臨へ続く。




