第六話 福島・酒虫と封印された鬼姫
山形で四つ目の神酒を手に入れてから三日後
真澄たちは福島県会津地方へ向かっていた
車内では酒呑童子が珍しく静かだった
窓の外を眺めている
「何か考え事ですか?」
真澄が聞く
「鬼姫についてじゃ」
「鬼姫?」
酒呑童子の表情が曇る
「昔の知り合いじゃ」
それ以上は語らなかった。
今回の依頼は会津の名門蔵
「黒椿酒造」。
数百年続く老舗だった
しかし最近、酒蔵で異変が起きている
酒が勝手に減る
樽の中身が一夜で空になる
しかも犯人は誰も見ていない
そして酒を飲まれた樽には奇妙な跡が残る
まるで虫が這ったような痕跡
蔵元の黒椿源三が説明する
「酒虫です」
「酒虫?」
真澄は首を傾げた
「昔から伝わる怪異です」
「酒を喰う虫」
酒呑童子が頷いた
「おるぞ」
「いるんですか!?」
「酒の妖怪じゃ」
その夜
二人は酒蔵の仕込み場で見張った
深夜一時
静かな蔵の中で
ぽちゃん
小さな音がした
酒樽の中からだった
次の瞬間
酒の中から何かが飛び出した
全長三十センチほど
白い芋虫のような身体
しかし顔だけは人間の赤子
しかも酔っ払っている
「ぷひゃあ~」
真澄は固まった。
「なんですかこれ」
「酒虫じゃな」
酒呑童子が即答する
酒虫は樽に飛びつく
ごくごくごくごく
信じられない速度で酒を飲み始めた
「止めろ!」
真澄が追いかける
しかし酒虫は速い
異常に速い
酔っ払っているくせに
蔵中を追い回した末、
酒虫は地下へ逃げ込んだ
そこには古い石室があった
黒椿酒造でも存在を知らなかった場所
巨大な岩戸
無数の封印札
そして
中心に一人の少女が眠っていた
長い黒髪
白い肌
額には小さな角
真っ赤な着物
まるで人形のように美しい
酒呑童子が立ち尽くす
「おぬし……」
その顔には驚きが浮かんでいた
少女の瞼が開く
黄金色の瞳
鬼だった。
「兄様?」
真澄は耳を疑った
「兄様?」
少女はもう一度言った
「兄様なの?」
酒呑童子が苦い顔をする
「久しいのう」
「え?」
真澄が振り返る
「本当に兄妹なんですか!?」
「腹違いじゃがな」
酒呑童子が答える
「千年以上前の話じゃ」
少女の名は茨木
かつて酒呑童子と共に大江山にいた鬼だった
しかし討伐の際
彼女だけは封印された
「なぜここに?」
酒呑童子が尋ねる
茨木は首を振った
「分からない」
「気付いたらここだった」
その時だった
地下空間が震える
ゴゴゴゴゴ……
嫌な音
空間そのものが歪む
「まずい!」
酒呑童子が叫ぶ
天井に巨大な目が開いた
あの瞳だった
観る者
見つけた
鬼の王
鬼姫
継承者
無数の黒い腕が伸びる
地下空間を埋め尽くす
「兄様!」
茨木が叫ぶ
酒呑童子は前へ出る
鬼気が爆発する
だが
今までの眷属とは桁が違った
黒い腕が鬼の王を吹き飛ばす
岩壁が砕ける
酒呑童子が血を吐いた
真澄は凍り付く
初めて見た
酒呑童子が圧倒される姿を
「なんなんだよ……」
その時
酒虫が真澄の肩へ飛び乗った
「ぷひゃ」
酒虫が泣いていた。
そして
酒虫の身体が光り始める
記憶が流れ込む
千年前
鬼と人が戦った時代
一人の神がいた
酒を司る神
その神は未来を見た
世界が滅ぶ未来を
だから七つの神酒を作った
そして
一匹の酒虫に守らせた
酒虫は最後の守護者だった。
「まさか……」
真澄は震える
酒虫の身体が光の粒になる
そして
五つ目の神酒へ姿を変えた
神酒が真澄の手に飛び込む
その瞬間
巨大な光が放たれた
黒い腕が焼かれる
観る者の瞳が苦しげに歪む
忌々しい
神酒め
空間が閉じる
瞳が消える
静寂
酒呑童子は立ち上がった。
息は荒い
しかし笑っていた
「五つ目じゃ」
真澄は神酒を見る
残り二つ
あと二つで全てが揃う
しかし
茨木は怯えていた
「兄様」
「なんじゃ」
「思い出した」
その一言で空気が変わる
「千年前」
「兄様は封印されたんじゃない」
酒呑童子の顔が固まる
茨木の瞳から涙が零れる
「兄様は自分から門へ入ったの」
沈黙
真澄は息を呑んだ
酒呑童子自身も知らなかった事実
いや
忘れていた記憶
鬼の王はゆっくり拳を握る
遠い昔
封印の日
消えた記憶
その向こうに、
世界の真実が隠されていた




