第三話 雪女と幻の大吟醸
第三話 雪女と幻の大吟醸
飛騨で神酒を手に入れた真澄と酒呑童子
二人が次に向かったのは豪雪地帯として知られる新潟だった。
車窓の外には一面の銀世界
真澄は震えながら暖房を強くする
「寒い……」
助手席の酒呑童子は窓を開けていた。
「気持ちよいではないか」
「閉めてください!」
「鬼は寒さに強いのじゃ」
「人間は違うんです!」
目的地は山奥の酒蔵。
「月白酒造」
全国でも知られる大吟醸の名門だった。
しかし現在は休業中
理由は奇妙だった。
仕込んだ酒が毎晩凍る
暖房を入れても凍る
蔵人が監視していても凍る
そして氷の中から女の笑い声が聞こえるという
「雪女か」
酒呑童子が即答した。
「まだ見てもいないのに?」
「こういうのは大体雪女じゃ」
「適当すぎません?」
「千年生きておるからのう」
酒蔵に到着すると若い杜氏、
藤堂冬馬が出迎えた。
「本当に来てくれたんですね」
疲れ切った顔だった。
「被害は?」
真澄が聞く
「毎晩です」
「特に最高級の大吟醸だけ狙われる」
「普通酒や純米酒は無事なんです」
それを聞いた酒呑童子が笑った。
「贅沢な怪異じゃな」
その夜
二人は仕込み蔵で待機した。
時計が零時を回る
急に気温が下がった。
吐く息が白くなる
床に霜が広がる
酒呑童子の表情が変わる
「来たぞ」
蔵の奥
雪が舞った。
本来あり得ない場所に
真っ白な着物
長い銀髪
青白い瞳
息を呑むほど美しい女性
だが人ではない
周囲の空気そのものが凍っている
「雪女……」
真澄が呟く
女性は大吟醸のタンクへ近づいた
そして
そっと酒に触れる
瞬間
酒が完全に凍結した。
「やっぱり犯人じゃないですか!」
真澄が叫ぶ
だが酒呑童子は首を振った
「待て」
雪女の表情が妙だった
悲しそうだった
まるで泣きそうな顔
彼女は凍った酒を抱き締めている
「……?」
真澄は恐る恐る近づいた。
すると
また記憶が流れ込む
百五十年前
吹雪の山道
旅人の男が倒れていた。
そこへ一人の雪女が現れる
普通なら命を奪うはずだった
だが雪女は男を助けた
男は酒造りの職人だった
二人は何度も会うようになる
人と妖
決して結ばれない関係
それでも二人は恋をした
男は言った
「いつか世界一うまい酒を造る」
雪女は笑った
「できたら私にも飲ませて」
だが。
男は病で死んだ。
約束を果たせないまま
記憶が終わる
真澄はすべてを理解した。
「この酒蔵の先祖か……」
雪女は毎年現れていた
愛した男が残した蔵へ
約束の酒を探して
百五十年間
ずっと
「切ない話じゃのう」
酒呑童子が珍しく真面目な顔をする
雪女は驚いたように彼を見る
「鬼……?」
「そうじゃ」
「怖くないの?」
「わしはもっと怖い」
酒呑童子は笑った。
雪女が思わず噴き出す
それが初めて見せる笑顔だった
「おぬしが探しておる酒なら」
酒呑童子が真澄を見る
「あるじゃろ?」
「え?」
真澄は神酒を取り出した
飛騨で手に入れた一本
酒の記憶が見える
そして
その酒と共鳴する一本が蔵の奥に眠っていることに気付いた
地下蔵
封印された箱
中には一本の古い大吟醸があった
百五十年前のもの
男が最後に仕込んだ酒だった。
病に倒れたため誰にも飲まれなかった
雪女の手が震える
酒を注ぐ
一口飲む
その瞬間
涙がこぼれた
「おいしい……」
雪が舞う
だが今度は優しい雪だった
「約束……守ってくれたんだ……」
その時
酒瓶が光を放った
強烈な神気
酒呑童子が目を見開く
「二つ目の神酒!」
瓶の底から青い勾玉が現れる
神酒の欠片だった
真澄の腕の呪印が少しだけ薄くなる
だが
その瞬間
空が割れた
ゴゴゴゴゴ……
不気味な音
酒蔵全体が震える
「なんだ!?」
真澄が外へ飛び出す
夜空の上
巨大な黒い目が浮かんでいた
月ほどもある巨大な瞳
それがこちらを見ている
雪女が震える
酒呑童子の顔から笑みが消えた
「まさか……」
「知ってるんですか?」
鬼の王は苦々しく呟く
「千年前」
「わしを封じた連中より厄介な奴じゃ」
巨大な目がゆっくり閉じる
そして消えた。
静寂
雪だけが降っている
真澄は震えながら尋ねた
「今のは何なんです?」
酒呑童子は空を睨んでいた
「観る者じゃ」
「観る……?」
「神でも鬼でもない」
「もっと古い何か」
そう言った鬼の王の額には冷や汗が浮かんでいた
真澄は初めて見る
酒呑童子が恐れる姿を
こうして二つ目の神酒を手に入れた二人
しかし彼らはまだ知らない
七つの神酒が揃う時、
千年前に封じられた真実と、
世界を見続ける「観る者」の正体が明らかになることを。
第四話 秋田・なまはげと神隠しの酒蔵へ続く。




