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神酒鑑定師と鬼の王  作者: 蒼崎しんのすけ


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2/12

第二話 飛騨の酒蔵に棲む泣き女

京都を出発して三日後


真澄と酒呑童子は岐阜県飛騨地方へ向かっていた。


山々に囲まれた小さな集落


雪深い土地として知られるその村には、一軒の老舗酒蔵があった


その名は「白鷺酒造」


二百年以上続く蔵である


しかし最近、奇妙な噂が広がっていた


夜になると酒蔵から女の泣き声が聞こえる


その声を聞いた蔵人は次々と辞めていく


さらに――


仕込み中の酒が腐る


酒米が黒く変色する


杜氏が高熱で倒れる


蔵は廃業寸前だった


「怪異の匂いがするのう」


酒呑童子が呟く


酒蔵の門をくぐった瞬間だった


真澄も異変を感じた


酒の香りがする


だがその奥に――


涙の匂い


そんなもの本来あるはずがない


「泣いている……」


「見えるか?」


「少しだけ」


呪いの影響だった


酒に宿る記憶が流れ込んでくる


白い着物の少女


酒蔵


雪


泣き声


そして暗闇


蔵元の女性、


白鷺美咲が二人を迎えた


「本当に来てくださったんですね」


二十代後半


疲れた顔をしている


「電話で聞いた怪異について詳しく」


真澄が尋ねる


美咲は震えながら語り始めた


「夜中になると聞こえるんです」


「女の人の声が」


「ごめんなさい……ごめんなさい……って」


酒呑童子が眉をひそめた。


「怨霊か」


「ですが誰も姿を見たことはありません」


「酒だけが駄目になるんです」


その日の夜


真澄たちは酒蔵で見張りをすることになった


真澄たちは酒蔵で見張りをすることになった


時計が午前零時を回る


外では雪が降り始めた


しん……


静寂


その時


かすかな声が聞こえた


『ごめんなさい……』


真澄が顔を上げる


『ごめんなさい……』


確かに聞こえる


女の声


涙声


酒呑童子が立ち上がった


「来たぞ」


蔵の奥から白い影が現れる


長い黒髪


白装束


顔は見えない


しかし異様なほど悲しそうだった


『ごめんなさい』


『お酒を……』


『駄目にしてしまった……』


怪異は酒樽へ近づく


触れた瞬間


酒が黒く変色した


「まずい!」


真澄が叫ぶ


だが酒呑童子は動かなかった。


「待て」


「え?」


「妙じゃ」


鬼の王は怪異を見つめる


「殺気がない」


「むしろ……」


酒呑童子は首を傾げた


「泣いておる」


真澄は近づいた


怪異の前に立つ


恐怖で足が震える


しかし


怪異の涙が酒に落ちた瞬間


記憶が流れ込んだ


百年前


大雪の日


蔵で働く少女がいた


名前はお雪


孤児だった彼女を先代蔵元が引き取った


酒造りが大好きだった


誰よりも働いた


だがある日


仕込みを失敗する


大量の酒を駄目にしてしまった


責任を感じた少女は吹雪の中へ飛び出した


そして――


帰ってこなかった


記憶が終わる


真澄は息を呑んだ


「そうだったのか……」


怪異は震えていた


『ごめんなさい』


『ごめんなさい』


百年間


謝り続けていたのだ


「馬鹿じゃな」


酒呑童子が言った


怪異が顔を上げる


「酒造りに失敗は付き物じゃ」


「千年見てきたが、一度も失敗せん杜氏などおらん」


酒呑童子は酒瓶を一本手に取った


栓を開ける


香りが広がる


「ほれ」


怪異へ差し出した


「飲め」


『え……?』


「わしは鬼じゃが酒にはうるさい」


酒呑童子は笑う


「この蔵の酒はうまいぞ」


その時


怪異の涙が止まった


白い身体が光に包まれる


『本当に……?』


「本当じゃ」


『私のせいで……』


「違う」


今度は真澄が言った


「この蔵は今も続いている」


「みんなお酒を造っている」


「あなたが守ってきたからだ」


怪異は静かに微笑んだ


初めて見せる笑顔だった


『ありがとう』


雪が舞う


光が広がる


そして少女の姿は夜空へ溶けていった。


翌朝


酒蔵の空気は一変していた


重苦しさが消えている


腐っていた酒も元に戻っていた


美咲は涙を流した。


「終わったんですね……」


真澄は頷く


その時だった


酒蔵の最奥


誰も開けられなかった古い蔵戸が勝手に開いた


中には一本の酒瓶


青白い光を放っている


酒呑童子の表情が変わった


「神酒じゃ」


「え?」


「間違いない」


鬼の王は珍しく真剣な顔をしていた。


「おぬしの呪いを解く鍵の一つじゃ」


真澄の右腕の黒い紋様が反応する


熱を帯びる


そして脳裏に謎の声が響いた


七つの神酒を集めるのだ


さもなくば鬼となる


酒呑童子は不敵に笑った


「面白くなってきたのう」


真澄はため息をついた


「全然面白くないんですけど……」


だが旅は始まったばかりだった


神酒を巡る戦い


怪異たちとの出会い


そして酒呑童子が隠している千年前の秘密


そのすべてが少しずつ動き始めていた



三話 新潟・雪女と幻の大吟醸へ続く

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