橘詩織と八島悠真
こうして物語は冒頭に戻る。
私の叫びを無視した少女は椅子に座ったまま、こちらに一瞥もくれない。
「え…?あの…?」
まさか拒否されるとは思わず入り口で固まってしまう。少女は私を無視したまま自分のカバンから本を取り出し、読書を始めてしまう。
「えっと…あの…」
「うるさいわ。人が読書を始めたら話しかけてはいけないと言うルールを知らないの?」
とりつく島もない。私を気にする様子もなく、少女は本のページをめくり読書を進める。
窓から差し込む夕日に照らされたその姿はまるで絵画のようだでとても綺麗だが、私はどうしていいかわからずその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
「詩織いるかー?お前今日サボったろ。小言を言われる俺の身にもって…うぉ!?びっくりした、え?どちらさん?」
私の背後の扉が開き入ってきた男子生徒が私の姿をみて驚きの声を上げた。身長は158cmの私より頭2つは高く、肩幅も広い。
目つきも鋭く、かなり強面でまるでクマのような印象のその顔は私を見て驚きと困惑に染まっていた。
「えっと私は…」
「サボってないわ。ちゃんと学校に来てるもの」
私の声を遮って詩織と呼ばれた少女は男子生徒に答える。
「いや、授業に出てないならそれはサボりなんだわ。どうせお前さっき学校に来たんだろ、もう放課後なんだよ。てかそれより先に状況を整理させろ。ごめんな?えっととりあえず座る?」
男子はそう言って私に両手でごめんとポーズをとりながら部屋の椅子を指差す。見た目の厳つさにそぐわないコミカルな動きと態度に少し圧倒されながら、私は言われるがままに椅子に座った。
「悠真」
「そう睨むなよ。言いたいことはわかってるからさ。あ、コーヒー飲めるタイプ?インスタントだけど」
詩織と呼ばれていた子が男子生徒を睨む。それを軽く流しながら悠真と呼ばれた男子は私に聞いてくる。
「あ、飲めます。砂糖とミルクがあれば…」
「オッケー、ちゃんと砂糖とミルクも完備してあるから飲みながら話そうか。あ、あと言いづらいんだけど…」
そう言って私に置いてあったboxティッシュを差し出してきた。訳がわからず私は首を傾げる。
「顔、結構大変なことになってるから拭いたほうがいいかも…」
そう気まずそうに言われて気付いたが、先程まで泣き喚いていた私の顔はそれはもう凄いことになっているだろう。
私はあまりの恥ずかしさに縮こまり、小さくありがとうございますと呟いてからティッシュを受け取った。
「とりあえず自己紹介からかな?俺は八島悠真、でこっちの無愛想なのが橘詩織どっちも1年」
「仁村かなでです。私も1年です」
机に紙コップに入ったコーヒーと砂糖とミルクが置かれ、私達は向かい合って座り自己紹介をした。
笑顔を浮かべる八島君とは対照的に橘さんは本に視線を落としたままで我関せずを貫いている。
「あ、同い年?いやーよかった。先輩とかだったらさっきの状況気まず過ぎたからさ。ちなみに何組?俺と詩織はC組なんだけど。」
「あ、えっと…B組です」
勢いよくしゃべる八島君に若干気圧されながらも私は自分のクラスを答える。
厳つい見た目に反してコミカルにしゃべる八島君のギャップもすごい。それと出来ればさっきの私の状態は忘れて欲しい。
「さて、自己紹介も済んで落ち着いたところでなにがあったか説明して欲しいんだけど…入部希望ってわけじゃないでしょ?」
八島君にそう言われて私は少し躊躇った。冷静に考えてさっきあった事をそのまま話しても信じて貰えるとは思えなかったからだ。
チラリと視線を橘さんに向けて見るが、やはりこちらを向かず本から視線を外そうともしない。
「あーまぁ話しづらいって言うなら無理には聞かない。てか詩織、多分お前も当事者だろお前が説明しても…」
「嫌よ」
八島君が言葉を言い切る前に橘さんが拒絶する。その様子に頭をかきながら八島君は困った表情を浮かべる。
「お前って奴は…まぁなんとなく察した。そっち系の話な訳ね」
そう言いながら八島君はため息をつく。その言葉に橘さんは本から視線をあげて八島君を睨みつける。それを無視するように八島君は私に向かって話しかけてきた。
「仁村さん。俺は君が今から言う話を君が嘘をつこうとしない限り信じる。だからよかったら話てくれないかな?」
その表情はとても真剣でこちらの言葉を真剣に聞こうという意思が伺える。どちらにしてもここで何も話さず帰ることは出来ないのだ。
私は覚悟を決め、ゆっくりと息を吐いて週末から続く怪奇現象の話を始めた。
「なるほどね…うん、状況は理解した。」
私の話を聞き終えた八島君はそう言うと口元に手を当てて少し考え込む仕草をした。
「仁村さん、確認なんだけど日野浦山の廃病院って言ったよね?」
「あっはい。そうです。」
「そこに行ったのが先週末で…さっき詩織がそいつを殴ったってのも間違いない?」
「はい。あっでも殴ったって言うかカバンで払ったていうか、助けてもらって…」
「それで俺が部室に入ってきた状況に繋がるわけだ」
そう言って八島君は机の上に置いてあったコーヒーを飲んだ。
「あの…信じて貰えますか…?」
「大丈夫、信じるよ。仁村さんは嘘をついてないし。それにそういう関係の話にはちょっと縁が多くてね」
恐る恐る伺う私に八島君は笑顔で返事をしながらチラリと視線を橘さんに送った。
私が話をしている間、ずっと八島君を睨んでいたが、今は頬杖をついて視線をそらしている。
「それで、確認なんだけどさ。仁村さんはこの状況をどうにかしたい。つまり助けてほしいってことだよね」
「あっはい!助けてくれるんですか!?」
「なんで私達があなたを助けなければいけないの?」
私の言葉に橘さんが言う。今まで決して合わなかった視線がこちらに向いて、厳しい表情で睨みつける。
「あなたのそれは完全な自己責任。面白半分で心霊スポットなんかに行って困ったら助けて下さい?あまりに虫がいい話だと思わない?」
「それは…」
「自分でやったことの責任は自分で取るべきよ」
橘さんの言葉に私は何も言い返す事が出来なかった。確かにこれは自分の浅はかな行動が招いた結果だ。
でもこのままだと私はいったいどうなってしまうのだろうか。私は俯き目に涙を溜めることしか出来なかった。
「詩織」
「悠真は黙って。私はこういう奴らが1番嫌いなの」
橘さんの言葉に八島君は困った顔して頭をかき、そして大きなため息をついた。
「それは良く知ってるけどな。なぁ詩織、お前さっき幽霊を殴ったんだよな?」
「どうだったかしらね」
「詩織」
「……そうよ」
「仁村さんの話では心霊スポットに行ったのが2日前。それでその段階はおかしくないか?」
「別におかしくはないわ。この子がハズレをひいただけでしょう」
「わかって言ってるだろ?そもそも仁村さんが行った場所は心霊スポットじゃない。ただの廃墟だ」
「え?」
私は八島君の言葉に思わず視線をあげ、八島君を見つめる。
「仁村さん。そもそもあの建物は廃病院なんなじゃないんだ。
あれは老人ホームの跡地でしかも開設されることなく潰れたから利用者がいたこともないんだよ」
八島君は苦笑いしながらそう答える。
「え?でもなんでそんなことを?」
「まぁ色々あってそういう事には詳しいんだ。だから仁村さんが聞いた怪談なんて存在しないし、何もない廃墟てわけ」
「え?でもそれじゃあ私が襲われたのは?あの、私本当に女の幽霊に!心霊現象も!!」
八島君の話が本当だとしたら私を襲ったあの女はいったいなんなのか。それに普通じゃ説明出来ないような怪奇現象も起きている。
私はもしかしたら信じて貰えてないのかと思って、机越しに身を乗り出して八島君に詰め寄る。
「落ち着いて、そこは疑ってない。今からちゃんと説明するから」
そんな私を落ち着かせるように八島君は両手を上げてどうどうと私を手で宥める。
私はその言葉で椅子に座る直した。その様子を見て八島君はコホンと咳払いをすると指1本立てて話だした。
「まず1つ、幽霊って奴は基本的に生きている人間より弱い」
「弱い?」
「そう弱い。言い方は悪いけど、幽霊って奴はこの世にこびりついた汚れみたいなもんなんだ。人間が生きている間に漏れ出た強い感情。それが場所に染み込んで形になっている」
八島君の言葉に私は写真のネガを想像した。幽霊はこの世というネガに焼きついた映像ということだろうか?
「生きている人間を生者として、元が生者から溢れ落ちた物だから、そもそもの容量というかエネルギーが生者より少ない。
だから基本的に幽霊は生者には勝てないんだよ。ここまではいいかな?」
八島君の言葉に私は頷く。
「じゃあ幽霊側が生者に害をなそうとしたらどうするか、まず生者を弱らせるんだよ。怪奇現象なんかを起こして精神的に追い詰めてね」
「弱らせる…」
「そう。元気溌剌でエネルギッシュな状態の生者に幽霊は手も足もでない。というか影響できない。だから周りで怪奇現象を起こしたりして恐怖を煽るんだ。で、恐怖に侵されるて精神が追い詰められ弱ったところで、初めて生者に影響出来るってわけ」
そう言って八島君は一息つくようにコーヒーを飲む。
「さてここから2つ目。本来そこら辺にいる幽霊はとても弱いからじっくり時間をかけて生者を追い詰める。それだって生者が気のせいだと言って無視しちゃえば本当に何も出来ないんだ」
八島君はそう言って真剣な表情で私を見る。その鋭い眼差しに私は少し怯んでしまう。
「仁村さんの現状、影響が出るのが早過ぎる。何より直接襲ってくるとなるとそいつはそこら辺にいる幽霊じゃない」
「それって…」
「さっきも言った通り幽霊って奴は基本的に弱い。でも中には例外もいるんだ。長年幽霊の元となる感情が蓄積されてたり、
そもそも人が元じゃない所謂神様みたいな超常の存在だったりとにかくヤバい奴らがね」
八島君の話を聞いて私は思わず固唾を飲んだ。つまり私を襲ってきたあの女はそれだけ危険な存在だと言う事なのだ。
「詩織が殴ったってのがよりヤバい。そこら辺の幽霊なら詩織は気にしないし、見向きもしない。手を出したってことはそうしないと追い払えないくらいの奴だって事だ」
そう言って八島君は橘さんに視線を向ける。橘さんはその視線から逃げるように反対側を向いている。
「橘さんが行ったあの廃墟。条件的にそんな強い奴がいるとは思えないんだ。そういう奴らがいるのは神社や寺だったり、いわゆる事故物件だったり。その中でも本当に一部にしかヤバい奴はいないはずなんだ」
「でもさっき私が行ったあの廃墟は…」
「そう。いわくも何もないし、廃墟としても新しい。たまに年季が入った廃墟だと吹き溜まりみたいになってヤバいんだけどね。日野浦山も何かヤバい奴がいるって話も知らない」
八島君はそう言うと顎に指を当て考え込む。
「だから仁村さんの状況は俺からしたらおかしいんだ。もしそんなにヤバい奴がいるなら見逃してるはずないし…」
そう言って黙る八島君。どうやら八島君はこう言った心霊現象などに相当詳しいらしい。
そんな八島君が言うヤバい奴に私は狙われてしまった。これからどうなってしまうんだろう。私の身体を絶望感が包んでいく。
「うん。この件は俺がなんとかするよ。今からでも行って…」
バン‼︎
八島君が言い切る前に橘さんが机を叩いて立ち上がり、八島君を鋭い眼差しで睨みつける。
「なんとかするって何?まさかまたあれをするつもり?」
「そうだな。せっかくの機会だし」
「ふざけないで‼︎」
厳しい表情の橘さんとは対照的に穏やかな笑顔を浮かべて八島君が答えると橘さんはより怒気を強めて叫ぶ。
「あんなこともう二度とする必要がない!こんな奴!放っておけばいいでしょう!」
そう言って橘さんは私を指差す。その言葉の勢いに私は思わず肩を縮こませる。
「うーん。正直仁村さんの件はおまけだよ。これは俺が俺の為にやるんだ」
「悠真!」
「こればかりは詩織の頼みでも譲れない。俺にとって必要な事だからな」
そう言って八島君は橘さんを真剣な表情で見つめ返す。その様子に橘さんはさらに怒気を強め、そしてキッと私に向かい睨みつける。
「なら私がこれをどうにかする。悠真は手出ししないで」
「は?お前それは…」
「これを見つけたのは私が先。だから私が先」
そう言うと橘さんはカバンを持って立ち上がり、そしてそのまま部室の入り口まで歩いて行き立ち止まるとこちらを振り返った。
「何してるの行くわよ」
「え?え?」
状況が飲み込めず、私があたふたとしていると橘さんはそのまま部室を出て行ってしまった。部室には八島君と私だけが取り残される。
「えっと…とりあえず追いかけようか」
八島君はそういうと立ち上がり足早に橘さんを追いかけて行った。私も慌てて後を追う。
急いで廊下に出ると何故か倒れている橘さんの姿が目に入った。
「えぇ…?」
何が起きたかわからず口から疑問の声が溢れでる。八島君は大きくため息をつくと、ゆっくりと橘さんに歩み寄り橘を助け起こした。
「ふ…ぐっ…ふぅ…」
「あーもう急いで歩くからだぞ。相変わらずなんで何もない所で転けるんだ」
起き上がり鼻を押さえて呻く橘さんに八島君がハンカチを取り出し顔を脱ぐってあげている。どうやら橘さんは部室から出た後、廊下で顔面から転けてしまったらしい。
目まぐるしく状況に私はどうしていいかわからず、私はまたその場に立ち尽くす事しか出来なかった。




