足音
「飲み物の麦茶でいい?うち飲み物は水か麦茶しかなくてさ」
「あ、大丈夫。さっき慎二さんにもらったペットボトルの麦茶がまだあるから」
リビングに案内され椅子に座っていた私に舞がキッチンから聞いてくる。リビングはかなり綺麗に片付いていて、家具の色調も統一されておりかなりオシャレに感じる。
「あんまりジロジロ見ないでよ。掃除とかしてないから片付いてないし」
「ご、ごめん。でも綺麗だし掃除してないようには見えないけど」
キッチンから戻ってきた舞は私の対面に座る。
「いやー今日は大変だったね。なんにも起きないと思ってたんだけどねぇ」
「そうだね。正直凄く怖かった…結局あの足音なんだったんだろうね…?」
「さぁね。私はイタズラだと思ってるけど。それよりさ、私かなでに聞きたいことがあったんだよね」
そう言いながら舞は私を覗き込むように少し身体を前のめりにしてくる。
「え?なに?」
「かなで足音以外になんか見たんでしょ。正直それが聞きたいのもあって家に誘ったのもあるのよ」
どうやらコンビニでのやりとりで私があの影を見たことを察したらしい。
「圭子があんな感じだったから聞けなかったし、電話だとかなで1人のときに怖いこと思い出さしちゃうでしょ?でも気になっちゃってさ」
「そういうことだったんだ…でも、私の気のせいかも知れないから…」
「でも見たんでしょ?まぁとりあえず話してみ?こういうのは1人でモヤモヤしとくのも良くないからさ」
そう舞に言われて私はあの廃墟で見た影について話た。
「なるほど人型の影ね…かなでは足音の正体を見た訳だ」
「うん…でも暗かったし、本当に私の気のせいかも知れないから…」
今思い出しても少し身震いしてしまう。気のせい、そう思いたいが私の記憶には鮮明にあの影の姿が浮かぶ。
「んーそうだとは思うけど気になるわね…なにか確認出来る方法があれば…あっ!そうじゃん!かなでスマホになんか映ってるんじゃない?」
そういえばスマホで動画を撮影していた。私は自分のカバンからスマホを取り出す。
「そう言えば…え?見るの?」
本音を言えばこのまま確認せずに消去してしまったほうがいい気もする。
「だって気になるでしょ?何も映ってなかったら気のせいってことで答えも出るし」
「そうだけど…もし映っていたら…?」
「そんときは貴重な心霊映像ってことで」
そう言って舞は冗談ぽく笑った。私は少し悩む。このまま動画を見なければ答えを出さず、気のせいだったと思い込むことが出来る。
しかしあれが何だったのか知りたい気持ちもある。結局私はスマホを机の上に置き、動画を見直す事にした。短く深呼吸をして保存された動画ファイルを開き再生ボタンを押す。
「「お、いいねー。じゃあそれっぽく進んでいくか。えー今俺たちは日野浦山にある廃病院跡に来てまーす。今から1階を探索していきまーす。」」
ヒビの入ったスマホの画面に慎二さんの姿が映り動画が再生される。私はスマホを操作し、シークバーを動画後半まで動かす。
「「ねぇ怖いしもう帰ろうよ…」」
「「んーそうだな。もし隠れて襲われでもしたら危ないし、そろそろ引き上げるか。」」
大きな音がした後、問題の足音が聞こえる直前まで動画を進めて私はスマホから手を離す。舞も真剣な表情でスマホを見ている。そして異変が起きた。
「「いやあぁぁぁ‼︎」」
「「おい!圭子!待てって‼︎」」
動画の中で圭子が叫び、それを慎二さんが追いかけていく。その後私も走り出したからだろう。スマホの画面はめちゃくちゃに揺れて雑音ばかりになる。
ただ問題はそこではない。動画の中にはあの足音が入っていない。あの場にいた全員があの足音に気付いたのだ、あれは決して小さい音ではなかったはずだ。
それなのに動画では急に圭子が叫び走り出している。まるで編集でもされたようにあの足音は一切動画から聞こえなかった。
訳がわからず混乱している間にも動画は進んでいく。
「「いや!なんで開かないの!」」
「「落ち着けって‼︎そこは最初から開かなかっただろ!」」
「「ヤバい、圭子完全にパニクってるじゃん。圭子‼︎落ち着きなって‼︎」」
場面は玄関まで逃げてきたところまで進んでいる。そして私振り向きカメラが廊下に向けられる。
そこには暗がりの廊下が映し出されていた。私が見たあの影は映っていない。ただあの足音も入っていない。
「「え…?あっ…え?」」
私が戸惑うような声をあげて後ずさっている所で唐突に動画が終わり、画面が暗くなって消える。
どうやらスマホのバッテリーが切れてしまったようだ。
私と舞はしばらく無言でスマホを見つめていた。
「これ…どう思う?」
「どう…って…わからない」
先に口を開いたのは舞だった。私に視線を向けて今起こった事に対して聞いてくる。だけど私にも何がなんだかわからない。
「一応確認なんだけどあの足音はかなでも聞いてるわよね?」
「うん…それは間違いないよ」
「そう…かなでが足音を聞いてないとしたらスマホに音が入ってないのも説明出来るんだけど…流石にそれはないわよね…」
そう言いながら舞は指を顎に当てて考え込む。いったいどういう事なんだろうか、私達が聞いたあの音は幻聴だったということなんだろうか。
「あーもうやめやめ!考えてもわからないしもう寝よう!」
舞はそう言って頭をかきながら立ち上がった。その声で思考のループに入りかけていた私も現実に戻される。
「もう不思議体験ってことで納得しよう。考えても仕方ないことは考えても無駄。布団、私の部屋にひくからもう寝ちゃおう」
そう言って舞はリビングから自室の方へ向かっていく。私は机の上に置かれた自分のスマホへ視線をやり、少し躊躇った後自分のカバンにスマホをおさめて舞の自室に向かったのだった。
翌日、舞の家で起床した私は夜勤明けで帰ってきたお母さんに挨拶をして家を出た。バスに乗って自宅に辿り着き、ベッドの枕元にスマホを置いて充電器に接続して、私はベッドに倒れ込んだ。
「疲れた…」
昨日はあまり眠れなかった。舞はベッドの隣に私用の布団を引いた後はすぐにベッドに入って熟睡していた。あまりの寝つきの良さに少々面食らってしまった。
「結局、昨日のあれは…」
舞が眠った後布団に入ってからずっと同じ疑問が頭を埋め尽くしている。足音、黒い影、そしてそれらが録画されていなかった動画。黒い影については私の気のせいという事で納得できる。
だけどあの足音は?私だけではなくあの場にいた全員があの音を聞いている。誰かがイタズラで私達を驚かせようとしていたなら動画の中に音が録音されているはずだ。
いくら考えても答えが出ない。やはり心霊現象だったのだろうか…そう考えると背筋に寒いものが走り恐怖が湧き上がってきてしまう。
なのでまたそれ以外の答えを探して思考の無限ループに入ってしまってあまり眠れなかった。
あまりに強烈な出来事、私が目指していた日常は大きな事件なんて起きず穏やかで楽しい日々だ。
肝試しの話を聞いたとき怖かったけど、正直ちょっとワクワクしていた。マンガで見た青春の1ページ、肝試しという行為自体にもあこがれはあった。
しかしそれは何も起きないことが前提なのだ。
それなのに昨日の出来事はあまりに刺激が強すぎた。
「洗濯…あとご飯も炊いとかないと…」
一人暮らしの不便さというか、やらなければいけない家事が溜まってしまっているが体が動かない。
自宅に戻った事で一気に気が緩んでしまったのか、布団の上から起き上がる気力がわかない。それと猛烈な眠気が襲ってきて、私は睡魔に抗うことが出来ず、そのまま意識を手放してしまった。
コツーン、コツーン
音が聞こえる。
遠くからこちらへゆっくりと足音が近づいてくる。
コツーン、コツーン。
周りになにもない暗闇の中、私の視線は足音が聞こえる方へ視線が固定されて動けない。
コツーン、コツーン
やがて暗闇の奥からあの人型の影が現れゆっくりとこちらに近づいてくる。
コツーン、コツーン。
まわりの暗闇より濃い黒。そんな影がこちらに近づいてくるのを私は逃げることも声をあげることも出来ず、ただ見ている事しか出来ない。
コツーン、コツーン
そしてその影はついに私の目の前までやって来た。目を逸らすことも、目を瞑ることも出来ない。
そしてその影の顔の部分口元が開き、私の目にその生々しい口内が映り込む。
ユ…ル…
「いやぁ‼︎」
その口からなにか言葉か発されると同時に私は飛び起きた。
「ゆ…め…?」
ベッドから起き上がり、辺りを見渡すとそこは見慣れた1Kの狭い自室だった。窓から差し込む夕陽が部屋を赤く染め、時刻が夕方だと言うことがわかる。
「夢…夢か…」
とんでもない悪夢だった。まだ心臓がバクバクと音を立てている。ふと枕元に置いてあるスマホが目に入った。
そこには17時06分と時刻と新着のメッセージ通知が表示されていて、メッセージの差出人は圭子からだった。
「昨日は色々と迷惑かけてごめんね!」
私はそれに気にしないでと返信をして、まだ昨日の動画がスマホの中に残っていることを思い出した。
さっきみた悪夢のこともあり、なんだか気持ち悪くなった私はスマホから動画ファイルを削除した。
「シャワー浴びよう…」
服が寝汗で張り付いて気持ち悪い。暑いシャワーを浴びて汗とこの気持ちをスッキリさせたい。私はベッドから起き上がりタオルと着替えを用意して浴室に向かった。
シャワーを浴びて汗を流し、スッキリした私はパジャマに着替えて夕食を作った。手の込んだ物を作る気にはなれなくてパスタを茹で買ってあったたらこのパスタソースをかけてインスタントのたまごスープを作る。
料理を机に運び、いただきますと小声で言ってからパスタを口にする。その頃にはさっきの悪夢に対する恐怖もだいぶ薄れてきた。
スマホを操作し、動画サイトで子犬の動画を探して再生しながら食事をしているとスマホにメッセージが届いた。
メッセージは母からでこちらの様子を気遣う内容とどこの国かわからないが綺麗な景色の写真が添付してあった。
私はそれに返信しながら食事を続ける。何回かのメッセージのやりとりの後、私は食事を終えて食器をキッチンへと持って行った。
食器を洗い、ベッドに腰掛けてからまたスマホを操作しながら動画サイトで色んなショート動画をながめる。
動画をスワイプしながら好みの動画を探していると急にスマホの動きが固まった。画面をタップしてもサイドにあるボタンを押しても反応しない。
昨日画面を割ってしまった時に故障してしまったのだろうか。
とりあえず強制終了を試そうとボタンを長押しした時、スマホの画面が急に動き出して動画を再生し始めた。
「え?なんで…?」
再生され始めた動画は削除したはずの昨日撮った動画だった。また慎二さんのナレーションが始まりその後高速で場面が進んでいく。
私は必死にスマホを操作するが動画は止まらない。
画面は高速で進み続けて、問題が起き始めたシーンで等速になった。
バターン‼︎
扉が閉まるような大きな音、それに怯える圭子。私は思わずスマホを床に落としてベッドの上を後ずさる。スマホからは圭子と慎二の声がする。
コツーン、コツーン
「嘘…いや…なんで…」
スマホからあの足音が聞こえてくる。意味がわからない。あの動画の中に足音は入っていなかった。
コツーン、コツーン
スマホから足音がまた響いて聞こえる。圭子の叫び声、慎二さんがそれを追う音。
私は頭から布団を被って目を瞑り、耳を両手で塞いだ。恐怖と混乱で思考がまとまらない。耳を塞いでも、スマホからの音は聞こえくる。
コツーン、コツーン
まるで足音が近づいてきているかのように、音がどんどん大きくなる。もう他の音は聞こえない、足音だけが響いている。
コツーン、コツーン
私はただ震えることしか出来ない。ただ夢なら覚めて早く終わってと願うことしか出来ない。その願いが通じたのかスマホから音が止まる。
「なんだったの…?」
あまりの恐怖に涙が出ている。スマホからはもう音は聞こえてこない。私は恐る恐る目を開けて、布団から顔を出すと、そこには足があった。
ベッドのそばで私に向き合うように、2本の足がそこにあった。それを見た私は恐怖に耐えきれず意識を手放したのだった。




