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普通で当たり前の異常な日々  作者: 黒兎
日常の終わりと始まり
5/17

不穏

圭子を慌てて慎二さんが追いかける。それに続いて舞と私も走り出した。圭子と慎二さんを見失わないように必死になって追いかける。


2人はかなり速く、私達が追いついた時には圭子が閉じられた玄関を必死になって開けようとしてるのを慎二さんがとめているところだった。


「いや!なんで開かないの!」

「落ち着けって‼︎そこは最初から開かなかっただろ!」


玄関扉の持ち手を掴み必死で開閉しようとする圭子の身体を慎二さんが抱き抱えるようにしてとめている。

「ヤバい、圭子完全にパニクってるじゃん。圭子‼︎落ち着きなって‼︎」


それを見た舞も圭子の元に向かい慎二さんと一緒に宥めにかかる。私は急に走ったことで乱れた息を必死に整えていた。

普段から運動をしていないツケがここで出てきてしまっている。


やっと少し呼吸が落ち着いてきたところで私も圭子を宥めに向かおうとした時。


コツーン、コツーン


背後からまた足音が聞こえてきた。おかしい、私達は全力疾走でここまで来たのだ。階段からこの玄関までの廊下を含めてノンストップで…向こうも走っていないとこんな速さで追いついてくることはありえない。


しかし走って追いかけてくるよいな足音は聞いていない。

私は反射的に背後、音がする方を振り返ってしまった。


そこには影があった。明かりの差し込まない暗闇が広がる廊下、その奥に普通の影とは違う人型のもやのようなものが見えた。


コツーン、コツーン


その足音が響くたびにその影はゆっくりと、しかし確実にこちらに近づいてきている。


「え…?あっ…え?」

その得体の知れない物に対する恐怖に思わず声が漏れる。身体が硬直し、考えが上手くまとまらない。


私はずっと持っていた懐中電灯とスマホを胸に抱くようにしてゆっくりと後退りすることしか出来なかった。


コツーン、コツーン


その間にも影はこちらに近づいてくる。

決して大きくはないはずの足音が何故か鮮明に頭に響いて聞こえる。


その足音は半ば言い争いのようになっていた圭子達にも聞こえたようで3人の声が一瞬止まる。


コツーン、コツーン


「逃げるぞ!!」

慎二さんがそう叫び、圭子を引っ張って走りだす。

その声で私の硬直がとけ、振り返って全力疾走した。


怖い怖い怖い。あれはいったいなんなのか。少なくとも人間ではない。あれは幽霊なのだろうか?わからない。


想像するのは慎二さんの怪談で出てきた患者を殺した狂った看護師。だとしたらあの影に追いつかれてしまったらどうなってしまうのか。


いやな想像が頭を埋め尽くしていく。必死に建物に入るのに使った窓を目指す。私が窓に着いた時には、既に圭子と慎二さんは窓の外に出ていて舞が窓枠に足をかけている所だった。


「かなで!こっち!」

窓を乗り越えた舞が私に向かって呼びかける。私は走っている勢いのまま窓から飛び出した。


「きゃあ!」

勢いがつき過ぎて窓の外に落下する。窓はそれなりの高さがあった事を忘れていた。


「おい!大丈夫か!」

慎二さんがこちらに近づいて助け起こしてくれる。

身体に土がつき、擦りむいてはいたが幸いにも大きな怪我はしていないようだ。


「早く立って!ほらいくよ!」

舞は飛び込んできた私を上手くかわしたようだ。

私は痛む身体に気合いを入れて起き上がると車に向かって走り出す。


圭子は既に後部座席に乗り込んでいて、頭を抱えて震えている。その隣に急いで乗り込む。続いて舞が助手席に、最後に慎二さんが運転席に乗り込んで車のエンジンをかける。


「兄ちゃん急いで!早く逃げよう!」

「わかってる!焦らすな!」

キュルルルブルン!

車のエンジンがかかる音がすると同時に車が急発進する。


私は後部座席から廃墟を振り返る。そこには来た時と変わらず不気味に佇む廃墟がある。あの黒い影の姿は見えない。


車はスピードを出して廃墟から遠ざかっていく。私は窓から廃墟が見えなくなるまで視線を離せないでいた。


車内は重苦しい沈黙で満たされていた。誰も言葉を発さず、ただ車は山道を下っていく。行きより少し荒っぽい運転で山を抜け市街地に出ると車はコンビニの駐車場で停車した。


「ふぅーここまで来れば大丈夫だろ」

長いため息をつきながら慎二さんが沈黙を破る。


「いったんここで一息入れよう。飲み物買ってくる」

「あ、それなら私もいく」


慎二さんはそう言って車を降り、助手席の舞もそれに続く。私は車から降りる気になれなくて無言で2人を見送った。


頭の中ではさっきの出来事に対しての疑問が埋め尽くしていた。あの足音、そして影はなんだったのだろうか。


あれが心霊現象と言う奴なのか、それとも誰かのイタズラなのか私には判断できなかった。視線を横に向けると圭子が頭を抱えてたまま蹲っている。普段明るい圭子だがよほど怖かったのか、車に戻ってから一言も発してない。


「圭子…大丈夫?」

私は圭子の肩に手を置いて声をかける。圭子はビクッと身体を震わせてゆっくりとこちらを向いた。


「う、うん…大丈夫…とは言えないかな…怖かった…めっちゃ怖かった…」

圭子の目にはうっすらと涙が浮かび、身体は微かに震えている。


「てかあの足音なんだったの?やっぱり幽霊?」

「どうだろ…わからないけど怖かったね…」


「だよね!!あーもう!なんであんなとこ行っちゃったんだろ!」

私の言葉に勢いよく同意する圭子。後悔するようにまた頭を抱えてしまう。


「あー本当バカだった!ごめんね…私が言い出さなきゃこんな事にはならなかったのに…」


圭子は自分が言い出した事に責任を感じているようだ。確かに言い出したのは圭子だが、それを止めず着いてきたのは私だ。


圭子にその事を伝えてようとした時、ガチャっと音がして車の扉が開いた。その音にびっくりして、私と圭子は肩を跳ねさせる。


「ただいま。ん…?2人共大丈夫?」

どうやら舞が戻ってきたようだ。私達の様子を見て一瞬首を傾げながら声をかけてくる。


私はほっと胸を撫で下ろしながら息を吐く。思った以上にまだ私自身恐怖が抜けてないようだ。


「もう!びっくりさせないでよ!」

「買い物から戻ってきただけなのになんで怒られるのよ。それよりかなで、いったん車の外に出て」

圭子の八つ当たりを軽くいなしながら舞が私に呼びかける。


「え…?なんで?」

「いーから。ほら早くおいで」


そう言うと舞は車のドアを閉めてまたコンビニの方に歩いて行く。私は軽く疑問を覚えながらも素直に従う事にする。


車のドアを開け後部座席から降りて舞の後を追う。車に1人残されるのが嫌だったのか圭子も一緒に着いてきた。


舞はコンビニの横に置いてある灰皿の場所で待っていた。そこでは慎二さんが缶コーヒーを片手にタバコを吸っている。


「ほらかなで。そっちじゃ暗いからこっちにきて」

舞に言われるがまま近づくと、舞は持っていたレジ袋の中からウエットティッシュと消毒液を取り出した。


「あんたさっきこけてたでしょ。そーいうのほっとくと傷残ったりするから」


言われるまで忘れていたが手や足がジクジクと痛む。自分の姿を確認すると所々に土がついて擦りむいた箇所からうっすら血が滲んでいた。


何処か他人事のようにぼんやりしていた私を気にする事なく、舞はウエットティッシュで私の傷口をぬぐい、消毒液をかける。


「痛っ‼︎」

「ほら我慢する。あとこれで服の汚れも落としときな」


そう言いながら私にウエットティッシュを渡し、手当を続ける舞。舞からウエットティッシュを受け取ってから気付いたが、

私はずっとスマホを握り締めたままだった。


窓から落下した時に割れてしまったのか画面の保護フィルムにヒビが入ってしまっているし、録画がもしたままだ。


落下の衝撃でスマホを手放さなかった自分に妙に感心しつつ、私は録画の停止ボタンを押し、言われるがままに服についてる汚れを落としながら舞のされるがままにしていた。


舞は手際よく消毒を終えるとレジ袋からガーゼと包帯を取り出して巻いていく。


「傷口はたいしたことないみたいだけど一応ね。擦り傷の範囲広いし。足とかは捻ってない?」

「うん、大丈夫。ありがとう。」

手当を終え、舞が私の足を軽く触りながら聞いてくる。


「そっか、そうだよね…かなで怪我してたんだ…ごめん私自分のことばっかりで…」

「いや、仕方ないよあんなことがあったばかりだし、気にしないで」


後ろから圭子が沈んだ声で謝ってくる。実際私自身が舞に言われるまで忘れていたくらいなのだ。


「まぁなんにせよ大きな怪我がなくてよかった。ほらそこの袋の中に飲み物買ってあるから好きな物とりな」


慎二さんがそう言いながら足元にあるレジ袋を指差す。私は慎二さんにお礼を言って中から麦茶のペットボトルを貰う。


蓋を開けて口に運ぶと喉がかなり渇いていたのを自覚する。勢いよく麦茶を飲み干し500mlボトルの半分まで飲み干した。


「にしてもさっきのはヤバかったな…あれが心霊現象ってやつなのかね」

舞や圭子もそれぞれ飲み物を手に取り、飲み物を飲んで一息ついたときに慎二さんが呟くように言った。


「どうかな?案外他の人のイタズラかもよ?ほら私達の他にも人はいたみたいだし」

「でも人影とかなかったじゃん!私めっちゃ怖かった!」

慎二さんの言葉に冷静に返す舞。それに対して圭子が反論する。


「それもおかしいんだって。私達が聞いたのって足音だけじゃん?別に追っかけられたわけでもないし、なんか仕掛けというかトリックがあったんじゃない?」


「え?」

舞の言葉に私は違和感を覚えた。音だけ?廃墟から逃げる前、玄関で私は黒い影を見た。あの時全員こっちを見ていたのであの影を見ているはずだ。


「ん?かなでどうした?」

「え…いや音だけじゃなくて…なんか影みたいなの見なかった…?あの玄関で足音が聞こえた時に廊下の奥から人みたいな形の…」


「えっ‼︎ちょっとやめてよ!怖い事言うの‼︎」

舞の質問に私が答えるて圭子が悲鳴のような声をあげた。


「影…?私は気づかなかったけど…慎二さんは?」

「いや、俺も見てない。あの時はまた音が聞こえてきたからやべえと思って逃げ出したんだ」


圭子の叫びを無視して舞は考えるような仕草をしながら慎二さんに問いかける。どうやら舞も慎二さんもあの影には気付いていなかったようだ。


「ねぇもうやめようよ…怖すぎるって…」

圭子が泣きそうな声をあげる。確かにあまり思い出したい事でもない。


「そうだね。たぶん私の気のせいかな。私も物凄く怖かったし、なんか思い込みでそう見えてたのかも」


「正直かなり怖かったもんな。まぁこうして全員無事なんだし、忘れよう。じゃあそろそろ帰るか、送って行くよ」


慎二さんの言葉に私達は頷き、車に向かう。

車が発進すると、舞が助手席から慎二さんに指示を出し舞の家に向かう。慎二さんは私達を家まで車て送ってくれるようだ。


舞のナビと慎二さんの相槌だけが車内に響く。圭子は普段の明るさがなりを潜めて静かに俯いている。


「あ、そういえばかなでって一人暮らしだったよね?」

もうすぐ舞の家につくというところで振り返りながら聞いてきた。


「うん。そうだよ」

「ならさ、今日はこのままうちに泊まりにきなよ。今日ママ夜勤で朝までいないし、こんなときに1人ってのもあれでしょ?」


「え?いいの?」

「全然オッケー、パジャマは私の貸してあげるよ」


舞の申し出は正直ありがたい。この後1人になるのは流石に怖かった。


「わ、私も泊まりたい!」

私達のやりとりを聞いていた圭子が声をあげる。


「圭子、お前はダメだぞ。明日の朝には父さん達帰ってくるんだから。無断外泊なんて許したら俺が何言われるかわからねぇ」

圭子の言葉に慎二さんが待ったをかける。


「そんなの父さん達が帰ってくる前に帰ってくればいいじゃん!」

「だーめ。お前こんなに夜更かしして朝起きれる訳ねぇじゃん。ちなみにうちに泊まりに来てもらうってのも無しな。

女の子を親がいない時に泊めるとか父さん絶対に許さないし」

圭子の反論を慎二さんは却下していく。圭子のご両親には会った事ないが、どうやら結構厳しい人みたいだ。


「でも…でも…」

圭子はそれでも食い下がる。今日の恐怖体験があって心細いのだろう。気持ちはよくわかる。


「今日はリビングに布団しいて一緒に寝てやるからそれで我慢しろ。なんなら朝までゲームかなんかでもして付き合ってやるから」

「うん…わかった…」


慎二さんの言葉に圭子が力なく答える。

「まぁ、圭子がうちに泊まるのはまた改めてって事で。かなでは家に泊まるってことでいいんだよね?」


「うん。舞がいいならお邪魔しようかな」

「オッケー。あ、慎二さんそこの交差点を右。そしたら左手側にある茶色のマンションがうちね」


舞の指示で車は右折し、目的のマンションの前についた。慎二さんが車をゆっくりと路肩によせてハザードを焚く。


「送ってくれてありがとう。圭子もあんまり気にしすぎちゃダメよ。あんなの気のせいかも知れないんだから」


「舞…そうだよね。幽霊とかじゃないかもだもんね」

「そうそう。それじゃまた学校でね」


そういうと舞は助手席から降りた。私も後部座席から降りて舞の後に続く。

「今日はお疲れさん。まぁ色々あったけどゆっくり休んでくれ」

助手席の窓を開けて慎二さんはそういうと車で帰って行った。


「圭子がちょっと心配ね。まぁ慎二さんもいるし大丈夫か。かなで行くよ」

「うん」


そう言って舞はマンションへ入って行く。そんな舞の後に続きながら、友達の家にお泊まりするのは初めてだと思い出し、先程の恐怖を忘れてほんの少しワクワクしている私がいたのだった。

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