遭遇
そんなことを思っている間に車は大きな道路を外れて、細い山道の中に入っていく。さっきまで申し訳程度にあった街灯も消え、まわりの樹々が夜の闇をいっそう暗いものに変える。
車のヘッドライトの灯りを頼りに車が一台しか通れない道を蛇行しながら進んでいく。
「あ、あと俺は建物のなか入らんからな」
「はぁ!?兄ちゃん何言ってんの!?」
慎二さんの発言に圭子が驚いた声を上げる。
「いや、ここ有名な心霊スポットらしいし、俺ら以外の奴がくるかもしれんじゃん?車放置するのは怖いわ。それに万が一の時すぐ車出せたほうがいいでしょ。」
そういう慎二さんだが、口調が半笑いなのでおそらく私達の反応をみて楽しんでいるのだろう。今日初対面ではあるが私は慎二さんの事が完全に嫌いになった。
「そんなことゆーて結局兄ちゃん怖いだけとちゃうの!てかなんのために呼んだと思っとるん!か弱い女の子だけで行かすとか男としてどうなん!?」
そう言って叫ぶ圭子を横目にタバコに火をつけながら慎二さんは言う。
「そりゃ怖いよ。心霊スポットだし。でも俺はオバケよりまだローンが残ってる自分の車になんかあったときのほうが怖い。
中古とはいえやっと買えた自分の車だぜ?ここでなんかイタズラとかされて傷でもついたら立ち直れんわ。」
それにと煙を吐き出しながら続ける。
「そもそも心霊スポットに行きたいって言いだしたのはお前だろ?直前で怖くなってゴネたって知らんわ。」
「それは兄ちゃんが余計な話するからやんか!」
慎二さんの言葉に圭子が被せ気味に叫ぶ。どうやら圭子は先程の慎二さんの話を聞いてかなりビビってしまってるらしい。
私も全く同じ気持ちだ。今なら圭子を説得してこのまま帰ることが出来るかも知れない。
「ほら、そんなこと言うてる間についたぞ」
慎二さんがそういうと、車はゆっくりとスピードを落として停車した。窓の外に視線をやると、薄暗い森を抜け開けた場所に出ており、その奥にベッドライトに照らされた廃墟が見える。
建物はかなり大きく、廃墟になってまだそれほどの年数が経ってないからか、損壊はそれほど大きくなく廃墟にしては比較的にキレイに形を保っている。
それでも外壁にはスプレーで大量の落書きがされており、1階の窓ガラスは所々割られた箇所がある。さらに正面玄関は取手部分を鎖で頑丈に封鎖されており、まるでなにかが出てこないように封じこめているように見えた。
「あらら、先客がいるみたいだ」
私が建物の外観に目を奪われていると、慎二さんが言った。
よく見れば廃墟の前の駐車スペースに白い小型の軽自動車が停まっている。こんな廃墟に停まっているということは目的は肝試しなんだろう。
「んーどうするかね。ヤンチャな連中だったら危ないしなぁ」
そう言いながら慎二さんが顎をなでる。もしかしてこのまま説得すれば帰れるかもしれない。
そう思って口を開こうとしたとき、ガチャっと音がして車のドアが開き、懐中電灯を取り出して病院の入り口に向かう舞の姿が見えた。
「舞!?何やってるの!?」
私は慌てて舞に声をかける。
「何って行くんでしょ?だったら無駄に時間を使っても仕方ないじゃん。さっさと帰らないと寝る時間少なくなって美容に悪いし。」
さっきの話を聞いて美容と睡眠時間のことを考え、行動する舞の度胸がすごいというか思わず固まってしまった。そんな間にも舞はすたすたと入り口のほうに歩いて行っている。
「ちょっと舞!待っててば!」
慌てたように圭子が車から降りて舞を追いかけて行く。車には私と慎二さんだけが取り残されてしまった。
「舞ちゃんは相変わらず度胸があるなぁ。こうなったら流石に俺も行くしかないかぁ。」
そう言いながら慎二さんも車から降りる準備をし始めてしまった。そうなると私も降りるしかない。このまま廃墟に行かずに帰るという選択肢は消えてしまった。
慎二さんの後に続いて車から降り、玄関前に立ち止まって話している舞と圭子の元まで歩いていく。
「これ玄関から入るの無理じゃない?圭子これ何処から入るの?」
「いや舞本当に行くの?あんた怖くない訳?」
「ここまで来て帰るのは流石に寒いっしょ。ほんで別に怖くないかな、私幽霊とか信じてないし。てか言い出しっぺは圭子じゃん」
「うー、そうなんだけどさぁ…」
どうやら圭子も先程の慎二さんの話を聞いてだいぶ怖くなってきてしまったらしい。
「おーい、こっちの窓からなら入れそうだぞ。行くならさっさと行って終わらせちまおう」
圭子を怖がらせ尻込みさせた張本人の慎二さんは妹そっちのけで、私の右側恐らく廊下に繋がるであろう窓を指差しながら呼んでくる。
その窓はガラスが綺麗に叩き割られていて、しかも侵入しやすいように何処から持ってきたのか木箱まで置いてある。
「慎二さんなーいす。ほら行くよ圭子。かなでだって文句言わずについてきてるんだから、言い出しっぺのあんたがそんなにビビってどうすんの。ほら日常に刺激が欲しいんでしょ」
そう言いながら舞は圭子の腕を引っ張り慎二さんのほうに歩いて行く。舞は勘違いしていたようだが、私は文句を言うタイミングをことごとく逃しているだけだ。気持ちとしては圭子と一緒で今すぐ帰りたい。
とはいえここまで来てやっぱり帰ろうといい出すのも空気を読めない感じがして口に出せないのだが…私は舞の言葉に曖昧な笑みを浮かべながら2人の後に続いた。慎二さんはすでに木箱に登り窓から建物の中に入っている。
「まだ少しガラスが残ってるから気をつけろよ。服に引っかけたりしないようにな。」
そう言いながら建物の中から舞の手をひいている慎二さん。一見紳士的な振る舞いだが、心霊スポットの侵入を手助けしているだけである。
舞に続いて圭子、そして私と手を引いてくれる慎二さん。なんだか地獄に引き込む悪魔を想像してしまって、私の中で慎二さんへの好感度がぐんぐん下がっていく。
「てか兄ちゃん、なんだかんだでついてきてくれるんじゃん」
恐怖を誤魔化すためか少しおどけた感じで慎二さんを肘でつつく圭子。いつものノリだが少し笑顔が引き攣っている気がする。
「まぁ先客がいるみたいだしな。流石に中に誰かいるのに女の子3人だけでは行かせらないでしょ。幽霊なんかより人間のほうがよっぽど怖いからな。ここ結構有名みたいだし、車に残るって言ったのも後から誰か来た時の牽制が目的だしな」
圭子の言葉に軽く肩をすくめ、そう言いながら懐中電灯を片手に慎二さんが先導して歩きだす。
たしかに心霊スポットにくるような人達だ、人のことは言えないがかなりヤンチャな人達の可能性もある。その可能性を想像出来ながら帰るという選択をしないのも大概なのだが…
廊下を少し進むと先程閉じられた玄関の内側、広いロビーへと出た。広いロビーの真ん中に受付カウンターがあり、2階まで吹き抜けになっておりかなり開放感がある。
私達が持つ懐中電灯と割れた窓からうっすらと差し込む月明かりに照らされたその様子は周りの静寂と合わさってかなりの雰囲気を醸し出している。
「さて、さっさと周っちまうか。まずは一階から周ってそれから順に上がっていこうか」
そう言いながら慎二さんは先に進みだす。
「あ、ちょっと待って。せっかくなら動画撮っとこうよ。私スマホのバッテリーもうないからさ、圭子かかなでどっちか撮ってくんない?」
「ええ!私無理!めっちゃ怖いもん!かなでお願い!」
舞の提案に圭子は必死に手を振って拒否したあと、私に両手を合わせて拝んでくる。
「私だって怖いんだけど…動画撮るの?こういう所でそういうの良くないって聞いたことあるんだけど…」
「心霊スポットに来てる時点で今更じゃない?それになんか映ったらバズれるかもしれないじゃん」
私はなんとか拒否しようと舞に言ってみるものの、舞の中では呪いとかどうかとかよりもSNSのバズりのほうが重要なようだ。
本当に心底嫌なのだが、ここで言い合うよりさっさと済ませて早く帰りたかった私は渋々スマホを取り出してカメラを起動し、録画ボタンを押した。
「お、いいねー。じゃあそれっぽく進んでいくか。えー今俺たちは日野浦山にある廃病院跡に来てまーす。今から1階を探索していきまーす」
カメラをまわすと慎二さんはノリノリでホラー系の配信者のモノマネをしながら進んでいく。
その後を舞、圭子、私の順でゆっくりと進んでいく。
3人の後姿をスマホで映しながら周りに視線を移す。
壁にはスプレーで描かれた意味不明な文字や絵がいたるところにあり、床にはゴミが散乱している。
ドアがなくて部屋の様子が外からわかるようになっている部屋も多数あり中には病室の名残りであろうベッドが複数置かれている。
廃墟になってそれなりの年月が経っていると聞いてたが、建物の損傷は少なく感じる。他の廃墟には言った事ないので、あくまでイメージと比較しての話なのだが。
「お、階段発見。ここから上の階に行けそうだな。1階もある程度まわれたし、上行ってみるか」
そう言いながら慎二さんは階段を上がって行く。なんだかんだで慎二さんが1番ノリノリな気がする。
言い出しっぺの圭子はかなり怖がってる様子でさっきからかなり言葉数が少ない。舞は眠いのかあくびをしている。私もかなり怖いのだか、スマホでカメラをまわしているからか、ある程度俯瞰で物を見れるようになって落ち着いてきた。
このまま何事もなく終わり、さっさと家に帰って熱いシャワーを浴びたい。そう思いながら、慎二さんが進んだ階段を上っていく。
そのまま2階の探索も何事もなく終わり、私達は再び階段に戻って3階に向かっていく。
「なんだ、本当に何も起きないねー。ビビって損しちゃった」
圭子も流石に落ち着いてきたのか口調に明るさが戻ってきた。
「だから言ったじゃん。幽霊なんていないんだって」
舞は相変わらず余裕そうだ。その強メンタルが羨ましい。
「おいおい、油断するなよ?本命は4階なんだからさ。今はまだ前座もいいところだぞ?」
そう言いながら慎二さんは懐中電灯で自分の顔を照らしながら振り返ってくる。本当にこの人が1番ノリノリである。
「でもさーここまで本当に雰囲気あるだけで全然なにも起きないじゃん?かなでカメラに何か映ったりした?」
「ううん。何も映ってないと思う。あんまりスマホばっかり見てなかったからわからないけど」
実際スマホは構えていたが、そればかり見ていると何かにつまづいたりしたら怖かったのでほとんど画面は見ていなかった。
「そっか、まぁそんなもんだよね。さっさと周って帰ろ。私眠くなってきた普段この時間には寝てるんだよね」
スマホで時間を確認すると22時を過ぎたところだった。この時間に寝てるのはかなり健康優良児である。
「舞って見た目によらず真面目だよねぇ。花の女子高生なんだからさ、もっと夜更かしして遊べばいいのに」
「いや眠いし、ロングスリーパーなんだよね私。それに若いからって油断してるとヤバいってママが口癖のように言ってるしね」
舞のお母さんは一度だけあったことがあるがかなり美人だったはずだ。20代で全然通用すると思うし、モデルさんと言われても違和感がない。
そんな人でも年齢によるデバフを感じるのかと、自分も気をつけようと心の中で思った。
全員が廃墟の雰囲気にも慣れ、会話もいつもの賑やかな空気になって恐怖心も薄れてきた。
そして私達は3階に到着し、先程までと同じように探索を姫開始しようとしていたその時である。
バターン‼︎と音をたてて、何処かのドアが思いっきり閉まるような音がした。
「きゃああ!なに!?なに!?」
圭子が悲鳴を上げる。先程までの空気は霧散し、緊張感が走る。自分もかなり驚いたがびっくりしすぎて声が出なかった。
「風でどっかのドアが閉まったか?それか先客の奴らか?」
そう言いながら慎二さんが辺りを見渡す。
慎二さんの言葉に舞は顎に指を当てて、考えるような仕草をする。
「ねぇ、さっきから思ってたんだけどさ。他に人がいるとしたらさ。今までちょっと静かすぎない?」
「ねぇちょっと怖いこと言うのやめてよ!」
舞の言葉に圭子が悲鳴に近い抗議をあげる。
だが、舞の言う通りこの廃墟に入ってから自分達の会話や足音以外の音を聞いていない。周りは何もない森、自分達の足音が響くくらいの静寂なのだ。
他に音がしなかったことは確かにおかしい。
まわりの気温が一気に下がった気がした。
「確かにおかしい気がする…私達の声とか以外聞いてない。それに明かりも見てないし…」
「あーもしかしたら俺たちの車の音を聞いて、どっかで隠れて脅かそうとしてるのかもな」
私の言葉に慎二さんがそう言いながら辺りを再度見渡す。
「ねぇ怖いしもう帰ろうよ…」
半泣きで圭子が囁くように言った。先程の音で完全に心が折れてしまったらしい。
「んーそうだな。もし隠れて襲われでもしたら危ないし、そろそろ引き上げるか。」
慎二さんがそう言いながら今上がってきた階段に向かう。
私は内心ほっとした。圭子だけではなく私も先程の音で恐怖心がかなり湧き上がってきて限界に近い。
私達が階段に戻り元来た道を戻ろうとした時だった。
コツーン、コツーンと階段の上。4階から何かが降りてくる足音が聞こえてきた。思わず全員固まって動きを止める。
コツーン、コツーンと言う足音はゆっくりとしかし確実に私達がいる3階に降りてきている。
「いやあぁぁぁ‼︎」
「おい!圭子!待てって‼︎」
恐怖が限界に達したのか、圭子が悲鳴を上げながら走って階段を降りていて行ってしまった。




