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普通で当たり前の異常な日々  作者: 黒兎
日常の終わりと始まり
16/17

私の気持ち

「仁村さん大丈夫か?」


蹲る私に八島君が声をかけてくれるが私はそれに応える事が出来ない。まだ体の震えは止まらず、恐怖が身を包んでいる。


「…仁村さんは詩織と同じものを見たんだな?」

同じ…同じなのだろうか?私にはあれが何なのかはわからなかった。ただ視えたのは靄と影。

形の定まらない不定形なあれが橘さんが普段見ている景色なのだろうか?多分…違うと思う。


根拠はないが、つい最近までこういった怪奇現象とは無縁だった私が覗いてるいるのは、おそらくもっと表面の部分ほんの上澄みでしかない気がする。


「八島君はあれが…見えたの?」

なんとか絞り出すように出した言葉に八島君は静かに首を振る。


「いや、何も。言ったろ、俺は霊感0なんだ」

八島君は何も見えなかったらしい。うらやましい。私も出来る事なら何も知らないままでいたかった。


「だから俺は仁村さんが羨ましいよ」

「え?」

八島君が何を言っているかがわからず思わず八島君の顔を見つめてしまう。


「俺は、詩織に救われたんだ」

呆然とする私に八島君は語り掛けてくる。その表情は悔しそうに歪んでいる。


「子供の頃誰も信じれなくて、世界に1人ぼっちの気分だった。でも詩織に出会えて俺は救われたんだ。でも孤独から救われた俺は詩織の孤独を救うことが出来ない」


「救えないって…でも橘さんは八島君を信頼してるように見えるけど…」


「まぁ付き合いは長いし、お互い大概の事は知ってる、でも知ってるだけだ。俺には詩織が見えてるものが見えないから」


「それは…」

「だから俺は仁村さんが羨ましい。俺はあいつの為ならなんだってやってやれる。だけどそれでも届かないものがあるんだよ」


そういうと八島君は中庭の出口へと歩き出す。

八島君の言ってる事はわかる。本当の意味で橘さんを理解するには確かに同じ景色が見えなければいけないのかもしれない。


それでも…たとえ同じ景色を見ていなかったとしても理解し合うことは出来ないのだろうか?


橘さんと八島君。知り合ってほんの少ししか立っていないがそれでもお互いを信頼し合っているのは伝わってきた。


私にはわからない2人だけにしかわからない何かがあるのかもしれない。


八島君の背中を見ながらぼんやりと私はそう考えた、やがて八島君も中にを出ていき私だけがここに残される。


こうしている間にも橘さんは4階のあの部屋に行き、あの女の霊と対峙するのだろう。


ここで待っていればきっとすべては終わり、私の日常は帰ってくる。


いずれ今覚えている恐怖も薄れ、いつものように圭子や舞と普通の日常を送れるようになるのだろう。


もう充分頑張った。とても怖い思いをした。だからきっとここで待っていても誰も私を責めたりはしない。


橘さんも言っていた。忘れなさいって、そのほうが私の為なんだって。

だからそれでいいんだ。


…………本当に?


橘詩織


ゆっくりと階段を上っていく。あともう少しで終わる。

4階の角部屋、そこに今回のきっかけとなった女はいるはずだ。


大元の原因は絶った。おそらくあの女はさっきの土地神のようなものに誘導され端末のように使われていただけだ。


だからもうほとんど力なんてないだろうし、もしかしたらもう消えてるかもしれない。それでも確認は必要だ。


「詩織」

背後から悠真が私に追い付き、そして横に並ぶ。


「仁村は?」

「…まだ中庭だ」

「そう」


無理もない。おそらく普通の感性ならあれを見た後に私に近づこうとは思わないだろう。


仁村が悪いわけではない。私にすらわからない黒い影、あいつはそこら辺にいる奴とは別格の怪物。そんな物を見に宿した私と関わりたいなんて見えたからこそありえないだろう。


そんなことを考えながら私は階段を上る。

悠真も特に何も言うことなくただ無言で私の隣を歩く。


普段はうるさいくらいに喋るのに、こういう時は悠真はただ黙って私のそばにいてくれる。


それがありがたい。……ありがたい?

ああそうか思うっていたより私は仁村に入れ込んでいたらしい。


久しぶりに悠真以外の同い年の人間と過ごした。

性格の悪い私に嫌な顔せず私と会話をしてくれた。


久しぶりに味わったそんな当たり前で何気ない時間。

まるで自分が普通の少女になれたようだった。


ああ、それとも仁村が作ってくれたオムライスで母の事を思い出したからだろうか。でも、もう終わったことだ。


4階へたどり着き私は迷うことなく角の部屋へ向かう。

「ここか?」


悠真の言葉には答えず部屋に入り、私は朽ちた部屋の中でまだ形を保っているクローゼットに目線をやる。


そこにはあの女が立っていた。

何も言わず、うつろな視線はもうどこも見ていない。


存在は最早希薄になっていて、ただそこにあるだけ。このまま消えていきそうだ。


あとはあの中にあるであろう遺体を供養でもしてやればすべて終わるだろう。


そのことを悠真に告げようと振り返った時、私は驚きで固まってしまった。


「待って!」

部屋の入口、悠真の後ろ。そこには仁村かなでが肩で息を切らしながら立っていた。


仁村かなで


私は中庭で蹲ったまますべてを忘れようとした。

すべてを忘れてこのままいつもの日常に戻れればそれでいいんだと。


……本当に?


頭の片隅に浮かんだ小さな疑問。

その疑問はだんだんと大きくなっていき、ある感情へと形を変えていく。


それは怒り。どうしようもなく腹が立ってきた。

気付けば私はその感情に突き動かされ走り出していた。


橘さんに、八島君に、そして自分自身に。


忘れなさい。橘さんがそう言った。

ふざけるな。そんな簡単に忘れられるわけがない。私の人生の中でもトップクラスに衝撃的な出来事と出会いだったのだ。


八島君は私に羨ましいと言った。

ふざけるな。誰が好き好んで怖いものを見たがるというのか。できれば一生見たくなかった。


ここでじっとしていれば私の日常が帰ってくる。

ふざけるな。そんなわけない。自分が原因で事を起こしておいて、助けてって言っておいて。


ああ、確かに怖い。橘さんの中からでたあの影も本当に意味が分からない。


それでも橘さんは私を助けてくれたのだ。

そして今もそのために動いてくれている。


そんな人の事を忘れて、すべてなかった事にして過ごす日常なら私はいらない。


ああ、憧れた普通とはきっと違う。学校で友達としゃべって帰りにカラオケにいって、休みの日にちょっと遠出したりして、

私が憧れた普通の青春にこんな怪奇現象は含まれていない。


だけど、もう私は出会ってしまったのだ。そんな怪奇現象と、そしてそれと一緒に生きている人と。


ならそれはもう私の人生にあったのだ。たとえ忘れたとしても絶対にあったのだ。


まとまらない考えと湧きあがる感情に任せて階段を駆け上がる。橘さん達の姿はまだ見えない。もう4階にたどり着いてしまっているのだろうか。


私が追い付いたところで何かできるわけでもない、それでも私は走る。忘れてなんかやらない。忘れてやるもんか。


ああ、腹が立つ。橘さんは人と住む世界が違うって諦めて、私も納得しかけた。


だけど橘さんはここにいた。いるじゃないか。見えてるものが違っても会話もできて、私が作ったご飯も美味しいって言って、私を助けてくれてるじゃないか。なら交わることが出来るのだ、友達にだってなれるのだ。


普通の何気ない日常はもういらない。私は知ってしまった。だから私はこれから普通とは違う異常が混ざった日々を橘さんと、それが普通で当たり前の日々を過ごすことを私は選ぶ。そう決めた。


4階にたどり着き、角の部屋を目指す。部屋の入口に立つ八島君の背中が見える。


「待って!」

部屋の入口に駆け込み私はそう叫んだ。


橘詩織


「待って!」

仁村はそういうと部屋の中に入ってきた。

悠真も口を開き驚いた表情で仁村を見ていてる。


私も似た表情をしているのかもしれない。

仁村は肩で息をしながらゆっくりと私に近づいてくる。


何故ここにきたのか、さっき仁村は確かに私を恐れていた。

それなのに仁村は私に近づいてくる。


一瞬、私は仁村がまた何かの影響を受けてしまったのかと考えたが、そんな気配はない。


なら仁村は自分の意思でここまで来たのか、なぜ?

仁村は私の前に立ち、大きく息をすって深呼吸すると真っすぐ私を見た。


その瞳に映る強い意思に私は少し怯んでしまう。

「ごめん橘さん。ちょっと待って」

「…待つって何をよ」


絞り出せたのはそんな言葉。仁村がここに来たのは驚いたが、ここに来たって仁村に出来る事はない。


「うん、ちょっとやりたいことがあるの」

仁村はそう言うと私の横を抜け、クローゼットの前に佇む女の前へ向かっていく。


「何するつもり?」

私の声に答えず進む仁村。私はその腕をつかんで止めようとした。その伸ばした手を横から悠真がつかんで止める。


「詩織」

私が睨むと短くそう悠真が私の名を呼ぶ。まさか仁村の行動を見守ろうということなのだろうか、いくら存在が薄くなっているとは言えまだ何が起こるかはわからない。


私は悠真の腕を払い、視線を仁村に戻すと既に仁村はすでに女のすぐ近くまでいっていた。ゆらゆらと定まらなかった女の視線が仁村を捕らえる。


ア、ア、ユル…シ…テ…

女は口を開き許しを請う、懺悔の言葉それは私たちに向けられたものではなくきっと彼女が騙してしまった老夫婦に向けてなのだろう。


「ごめんなさい!」

そんな女を見ながら、仁村はまた大きく息を吸うと、大きな声で腰を折って女に謝った。


「私じゃあなたの事を許してあげることが出来ません!」

そういうと仁村は顔を上げ、真っすぐ女に視線を向ける。


「どうしようもない理由があって、あなたも苦しかったのはわかります。私も自分の意見を言うのは得意じゃないです。もしかしたら同じ環境にいたら私もあなたみたいになっていたかもしれません!」


ユ…ルシテ…


女の口からは変わらず許しを求める言葉が漏れ出す。視線は仁村に固定されたまま、しかし襲い掛かる様子もない。いや、それだけの力がもうないのかもしれない。


「でも、あなたがやったことは悪い事でした。それはたくさんの被害を生んでしまいました」


ア、ア、アアアアアアアア!

仁村の言葉で女は苦しむように伸びた首を左右に揺らし絶叫する。そしてゆっくりと仁村の首に手を伸ばしていく。


危ない、私は短く舌打ちし仁村のそばへと駆け寄ろうとした。


「私はあなたを許してあげることが出来ません。あなたの後悔を許してあげるのはあなただけです」


仁村のその言葉に女の腕がぴたりと止まる。

仁村は女に視線を固定したまま真っ直ぐ女を見据えている。


「沢山、沢山後悔して、苦しんで、あなたのしたことはなくならないけど、それでも…もう自分を許してあげてもいいんじゃないですか?」

仁村の言葉に女は一歩後ずさる。


「もう、終わったんです。私が何かしたわけじゃないけど…ここにいる橘さんがここにいた悪いやつは消してくれました。だからもう終わったんです」


女はまた一歩後ろに下がる。距離を詰めるでもなくただ仁村はそこに立ち、女に言葉を投げかける。


「私はあなたを許してあげることが出来ません。でもあなたが苦しんで後悔していたことは知っています。だからもう、自分の事を許してあげてください」


仁村がそう言うと女はまた一歩後ろにさがり、クローゼットにぶつかる。その拍子にクローゼットの扉が女をすり抜けて開き、


中には骨だけになってしまった女の身体があった。


ウ…ア…ウ…


女はその場にひざから崩れ落ち、頭を抱え言葉にならない呻きを発している。


そんな女の前に仁村はひざをつけて座り、そしてゆっくりと女の手を取った。


「私はあなたの頑張りを知っています。もう…いいんですよ」


ア、ア、アアアアアア!


仁村の声に女は顔を上げ、叫びをあげる。

それはさっきの仁村を襲おうとした時の叫びと違い、まるで泣いているようだった。


やがて、女の姿は足先からゆっくりと砂のように崩れ、そして消えていった。


その姿を見届けると、仁村はその場に崩れるように座り込んだ。私は仁村に近づき、歩み寄る。


今、仁村はあの女に寄り添い、そして成仏させたのだろう。

その方法は危険で、下手したら飲み込まれてしまうことだってある。


今回はたまたま女の霊が弱っていたから上手くいっただけだ。

それに、あれだけ怖がっていた仁村がこんなことをする理由が、ここまでやってきた理由がわからなかった。


「あなたなんで…」

私が仁村の肩をつかみ声をかけると、私の方を振り返った仁村は泣きそうな顔で


「こ、こわかったぁ…」


そうこぼすのだった。

明日で1章完結です!

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