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普通で当たり前の異常な日々  作者: 黒兎
日常の終わりと始まり
15/17

交わらない道

「これは…やっぱりそういうことなのか?」

その社を見て八島君は振り返り橘さんに尋ねるが、橘さんは答えない。


答えずにじっとそのお社を見つめている。

八島君は気付いていない。私たちがこの社を見つけた瞬間。社から黒い靄のようなものが噴き出し、そのもやはぐるぐると社を囲んでいる。


黒くゆらゆらと揺れるその靄は初めて私があの女の霊を見た時と一緒だ。


ただ違うのはこちらの靄のほうが明らかに濃い。そしてどうしようもなく気持ち悪い。


本能がこれに関わってはダメだと訴えてくる。

私は体の震えが止まらない。気持ち悪い。吐き気がする。


思わず私は一歩後ずさってしまう。そんな私と対照的に橘さんは1歩前に踏み出し八島君と入れ替わるように社の前に立つ。


「話をしましょう」

橘さんがそう言った途端、社から噴き出していた靄が勢いを増し大きくなっていく。


やがてそれは雲のようになり、その雲はまるでヘビのような形を作っり周りの空気が急激に重たくなったように感じる。


「あなたはここに祀られていた守り神かしら?古くからこの地にあり、やがて忘れられた守り神」


橘さんの言葉に靄が大きく動く。それはまるでこちらを威嚇するような動きだった。


ただ動いたそれだけなのに私は立っていることが出来なくなってしまった。フラフラと地面に座り込んでしまう。

そんな私の隣に八島君は立ち無言で背中を支えてくれる。


「永く、とても永く忘れられ、そしてあなたが眠っていたその土地を人が掘り起こした。だから怒ったのね」


橘さんが言葉を発するたびに靄は大きく動き周りの空気がどんどんと重くなっていく。


怒っている。これ以上はダメだ。そう思って橘さんに声をかけようとするが声が出ない。


「そして祟った。自分を忘れた者たちを自分を呼び起こした者たちを。それで…あなたも汚れてしまった」


そう言うと橘さんは1歩、社へと足を踏み出した。

「これ以上はもうやめなさい。そう約束してくれるならこの土地にあなたを祀る社を建て直してしっかりと祀ってあげる」


橘さんがそう言った途端、靄はその勢いをさらに増し襲い掛かるように橘さんに向かって伸びっていった。


危ない!そう叫ぼうにも声が出ない。靄が橘さんの体を包み込むのを私はただ見ることしか出来ない。


「そう…残念ね」

靄が橘さんを包んだその瞬間、靄が途中から千切れた。


「え?」

何が起こったかわからず、今まで出せなかった声が溢れ出る。一部が千切れた靄は苦しそうにもがき社まで後退し荒ぶっている。


そして、橘さんの身体から闇が噴き出した。

ヒュッと私の喉から短く息が漏れる。


ああ、あれは違う。これまで見たそれとは比べ物にならない。影や靄ではなく闇。光を一切通さない黒い何か。


身体の震えが止まらない。さっき社から出てきた靄を見た時とは比べ物にならない。


その闇は橘さんを覆うように纏わりつき蠢く。

闇が蠢くたび私の中の恐怖は膨らみ、冷や汗が流れて歯が震えてカチカチと音を鳴らす。


橘さんは無言でまた一歩社に近づいていく。靄は逃げるように橘さんから遠ざかろうとするが社から離れられないのか、橘さんとの距離は縮まっていく。


闇は橘さんと共に進みまるで喜んでいるかのように動きを大きくしていく。呼吸が出来ない。怖い、怖い、怖い。


この恐怖に比べたら今まで感じた怖さなんて児戯にも等しい。

むしろこの闇に迫られる社の靄に同情すらしてしまう。


そして橘さんが社の目の前まできたとき闇は大きく広がり靄と社を包み込んだ。


靄は僅かな間逃げるようにもがいていたが、やがてすべてを飲み込まれそして消えていった。


私はその時、音のない断末魔を聴いた気がした。

全てを飲み込んだ闇はゆっくり橘さんの身体へと戻っていき、そして消えていった。


呼吸が出来るようになり、私は全力疾走をした後のように大きく呼吸を繰り返す。


中庭に風が吹き込み橘さんの長い髪を揺らす。社を見つめるその背中は神秘的で美しく、そして恐ろしかった。


「終わったわ。あとは上を片付けるだけね」

そう振り返った橘さんを私は直視することが出来ない。


あれはいったい何だったのか。この短い期間の中で恐ろしいと思う体験をいくつも経験した。その中でも橘さんから出てきたあの闇が何より恐ろしい。


ゆっくりと橘さんがこちらに歩いてくる、私はそれを見る事が出来ない。橘さんは私の横を通り過ぎていくときに静かにこう言った。


「忘れなさい。それがきっとあなたのためよ」

その言葉に返事をすることが出来ず、私はただ地面を見つめることしか出来なかった。


橘詩織


短い期間で現実に影響力を持ち、それでいて脆い。

この特徴は本体、というより元凶となるタイプが別にいるのだと思った。


悠真の話では廃墟が出来たのは比較的新しいらしい。

なら地縛霊などの類いではなくその土地に根付いていた神のような何か、それが元凶なのではないかと考えた。


神のような何か、これが何なのかは私にもわからない。

どうやって生まれてくるのか、それとも初めからそこにあったのか、ただわかるのは人ではなくそこら辺の幽霊と呼ばれるものより強い力と影響力を持っていることだけ。


そして厄介なのは神のような何かには人の理屈は通用しないということ。それぞれに明確な線引きやルールがあり、それを侵した物に決して容赦はしない。


触らぬ神に祟りなし、昔の人はよく言ったものだ。

触れさえしなければ何も問題がない、ただ触れてしまえば……


今回の件に神のような何かが絡んでいる事は悠真もわかったのだろう、だから御厨の儀式を行う必要があると考えた。


それを認めるわけにはいかない、御厨の儀式は強力だ。ほとんどの霊現象やあらぶる神と言われる存在さえも抑えてしまう。


だがその儀式には代償がある。その代償は寿命だ。術者の寿命を大きく削ることでその効力を発揮する。


御厨の先々代はその儀式を継承していた巫女の一族に代償を引き受けることを条件に協力を申し出て発展したのだ。


悠真は過去、その儀式の代償を一度引き受けている。

悠真の目的は霊能力を身に着ける事。


長く霊現象に関わったり、強力な霊に関われば霊能力を身に着ける事があるらしいが、そのために悠真は自らの寿命すら差し出す。私のために。


私はそんなことを望んでいない。だから悠真に二度と御厨の儀式をさせるわけにはいかなかった。


そして昨日、コンビニの帰りに例の女の霊にあって何が起きているかを把握した。


立ち尽くす濁ったその瞳をのぞきこめば女の見に何が起こったかが流れ込んでくる。


呪われた土地を知らずのうちに開発し、そしてそこにあった物の怒りにふれ、そして利用された。


その地にあったものがどういったものかまではわからない。

ただそれがなんであれ、命を奪った時点でそれはもう穢れ、元には戻らない。


後は被害をまき散らすだけの災害だ、そうとわかった時点でためらいはない。


そうして今、廃墟の中に入りその存在の気配を感じ辿る。

見つけたのは小さな社。おそらく本来の物ではないが工事中に事故が頻発したため作られたものだろう。


ここにいる。そう確信し私が近づくと社からそれは出てきた。

それの姿は蛇だった。長さが3mはあるであろう大きな蛇。


元々白かったのであろうその体表には黒くにじんだシミがいたるところにでき、体のほとんどを埋め尽くしている。


片目は潰れ黒い泡のような液体が溢れしたたっている。

おそらく自分の住処を荒らされ、怒り祟りを起こした超常の存在。


人を呪わば穴二つ、呪詛というものは必ず呪った側にも跳ね返ってくる。怒りに身を任せ祟りを起こし、そして自分もまた穢れてしまった。


それでも怒りは収まらず、いや穢れてしまったからこそ怒りを収めることが出来なかったのかもしれない。


だからあの女の霊を縛り付け、外に影響出来る機会を待っていた。そこにやってきてしまったのが仁村だ。


女の霊と波長が合いってしまったがためにこの蛇の怒りの被害を受けることになった。


ちらりと後ろを見れば仁村は蛇のほうを見ている。

元々感受性が高かったのだろう、軽くこの蛇の事が見えてしまっている。


これ以上はよくない。仁村はまだあちら側に戻れる。

「話をしましょう」

そう蛇に語り掛ける。返事は期待してない。

私の言葉にヘビは怒ったように体をよじる。


「あなたはここに祀られていた守り神かしら?古くからこの地にあり、やがて忘れられた守り神」


本当はどうかわからない、適当だ。ただこの蛇の反応を見る限り大きく外れてはいないのかもしれない。


「永く、とても永く忘れられ、そしてあなたが眠っていたその土地を人が掘り起こした。だから怒ったのね」


私が話すごとに蛇から感じる怒気が強くなる。それでいいそれが目的なのだから。


「そして祟った。自分を忘れた者たちを自分を呼び起こした者たちを。それで…あなたも汚れてしまった」


そう言って憐れむような視線を蛇に送る。人間に憐れまれることをこういった存在は嫌う。


「これ以上はもうやめなさい。そう約束してくれるならこの土地にあなたを祀る社を建て直してしっかりと祀ってあげる」


嘘だ。そんな気はさらさらない。

私の言葉に我慢の限界を迎えたのだろう。蛇は尾を振り上げ私にたたきつけるように襲い掛かってきた。


「そう…残念ね」

ありがとう。私を襲ってくれて。

そして蛇の尾が削り取られた。私の身体から噴き出した影によって。


これが何なのか私にもわからないし、こいつに関しては姿すら見えない。ただこれは私を襲うものを自動的に襲って飲み込んでしまう。


私に敵意さえ向けなければなにもしない。ただ、敵意を向けてきたものに一切の容赦はしない。


かつて母の背後にあり、そして母を殺したこの影は母が死んだ日からずっと私の中にいる。


年月を重ねるごとに増していった能力でも姿はわからず、ただ暗くそれでいて強い。


私自信は霊を消したりなんてことは出来ない。精々気合をいれて殴れば一時的にその場から消せるくらいのものだ。


それだってその後普通に霊は復活するし、私はただ視えるだけなのだ。


だけどこの影は違う。理屈はわからないがコイツに削られた霊は復活しない。どこに行くかもわからない。そしてコイツを出してしまった物が生き延びたこともない。


身体を削り取られた蛇は明らかに動揺している。

その視線は私からあふれた影に向けられ、恐怖を感じているようだ。


私は1歩蛇に近づく。ゆらゆらと私の後ろで影が揺れる。

蛇は私から逃げようとするが社から離れられないのだろう、ただ後ろに身をよじるだけになっている。


私のそばには常に怪奇現象よばれる幽霊やよくわからないものが近くにあった。


私にとってそれは身近なもので、なんならそれを視えない人より親しみを感じる。


だがそれらは決して私の味方ではない。ただそこにあり何もしなければ何もないのと変わらない。


そしてきっかけさえあればそれは容易に牙をむいてくる。

そういった存在を放置することは出来ない。過去それを見逃し、私は大切なものを失った。


だから容赦はしない。怖がるな、同情するな、そして気にするな。仁村に言った言葉。これは私に対する戒めでもある。


また1歩蛇に近づく。わたしから出てくる影はその大きさをどんどんと増しそして蛇を飲み込んだ。


金切り越えのような悲鳴をあげ蛇はその体のすべてを影に飲み込まれ消えた。これでこれ以上の被害は出ないだろう。


「終わったわ。あとは上を片付けるだけね」

私が振り返り、そう告げると地面にうずくまり震えている仁村とそれを支えている悠真が目に入った。


仁村の震えがひどい。地面から顔を上げることもできないくらいおびえている。


ああ、私の影を感じ取ってしまったのか。あれは他の物とは別格だ。仁村はそれを出した私に恐怖しているのだろう。


この短い、本当に短い間仁村と過ごした日々を思い出す。

考えなしに心霊スポットなんかに行き心霊現象に出会い、ただのバカなんだと思っていた。


自分は悪くない、被害者なんだ、助けてくれと。いつものようにそう喚くバカなのだと。


ただ仁村は心霊現象に出会ってしまった事を決して人のせいにはしなかった。


気が弱く周りに流されてやすいように見えて、実際には自分の中に芯を持っているタイプ。そしてお人好しで変人だ。


何故あんな冷たい態度をとる私と仲良くしたいなどと思うのか、今まで怪奇現象になんかあった事なんてないはずなのに私の事を怖がるでも気持ち悪がるでもなく、仲良くしようなどという発想にどうしてなるのか。


やはり変人だ。お人好しというより変人だ。普通に憧れると言った仁村はやっぱり普通ではないのかもしれない。


だから…だから…そんな変人だから普通ではない私が一緒に過ごして、ほんの少し…楽しいと思ったのかも知れない。


私はゆっくりと歩き出し仁村の横を通り過ぎる。

「忘れなさい。それがきっとあなたのためよ」


あなたはまだ引き返せる。わたしと関わればきっとろくなことはない。だから忘れればいい。


時間はかかるだろうがきっと忘れることが出来る。今日あった事も、今日までの事も、私の事も。

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