元凶
「ごめん!八島君お待たせ!」
「ん?いやこっちが急に来ただけだから気にしないでくれ」
結局それから30分ほど時間をかけて身支度を整えた私はそう言って八島君に謝った。
玄関の外で壁に背を預けてスマホを弄っていた八島君は私達の姿を確認するとそう言って微笑んだ。
「例の建物を所有してる不動産とアポが取れた。今から連れて行ってくれるってよ」
「そう。ならさっそく行きましょう」
私の後ろから橘さんも出てきてエレベーターへ歩き出す。
ちなみに私が必死に身支度をしている間、橘さんは一切身支度をしていない。格好もジャージのままだし、髪も寝癖がついたままだ。
そんな橘さんの様子に八島君はため息をつき、エレベーターを待っている橘さんの後ろに立つとカバンから櫛を取り出して橘さんの髪を梳かし始めた。
「全く…時間はあったろ。最低限の身支度くらい自分で出来るようになれよ」
「うるさいわね。私が気にしてないんだからいいでしょ」
文句を言いながらもされるがままに大人しくしている橘さん。
やっぱり2人の関係は特殊な気がする。そんなことをしている間にエレベーターが到着し1階まで降りる。
先導する八島君の後に続いていくと、駐車場に停車している一台の車の前まで来た。
八島君が運転席側の窓を指でノックすると窓が空き、中からスーツ姿の茶髪で糸目の男性が顔を覗かせる。
「いやいやこんにちわ!そちらのお嬢さんは始めましてかな?御厨不動産の御厨 創言うもんです!どうぞよろしゅう!」
そう満面の笑みでテンション高く挨拶をしてきた御厨と名乗った男性に、私はよろしくお願いしますと軽く会釈をした。
ニコニコと笑みを浮かべる御厨さんを見て私はなんとなくキツネを連想してしまう。
「やっぱりこいつだったのね」
「相変わらず辛辣やなぁ橘の嬢ちゃんは!まぁ僕としても、今回の件助かるから何も言えんのやけどね!」
橘さんは御厨さんの姿を見て嫌そうに顔を歪ませ吐き捨てるように言う。御厨さんはそんな橘さんの様子を気にした様子もなくハイテンションのままだ。
「御厨さんが車で廃墟まで連れて行ってくれる。ほら行くぞ」
八島君はそう言うと助手席に乗り込んだ。私も後部座席に乗り込み橘さんも続く。
「ほいじゃ行こうか!あ、一応シートベルトは着けといてな!しゅっぱーつ!」
テンションの高い号令とは裏腹に車はゆっくりとしっかりとした安全運転で進み始めたのだった。
「いやー本当に助かったわー!いやあの建物な、元々うちが管理してる物件やなかったんやけど、前の不動産さんが倒産、ほんでその不動産の社長が雲隠れしたもんで長年所有者不在のままでな?にっちもさっちもいかんかったんよ。ほんでつい最近その社長が見つかってな?うちに物件がまわってきたんやけど明らかに地雷物件やん?こらあかんわー思ってた所にこの話やろ?いやー渡りに船とはこのことやな!」
車が進み出してすぐに御厨さんが勢いよく喋り出す。
「うるさい男。今回はたまたまよ」
「いや、わかっとるよ?でもまぁやねこい物件だったのは間違いないんでな?ほんま助かるわー!」
橘さんの言葉にも御厨さんは笑顔を崩さず、テンションの高いまま喋り続ける。
「一応この前下見というか調査にはいったんやけどほんまいやーな匂いプンプンでこらあかんわって封鎖だけして帰ってきたやんけど、まぁそれからすぐにこんな事になるなんてなぁ…とはいえ今まで何組かはあそこに入った奴らもおったはずやし、お嬢ちゃんついてなかったなぁ」
「だからうるさいのよ。そしてそのエセ方言もやめなさい腹が立つわ」
バックミラー越しに私のほうを見ながら言う御厨さんに橘さんはまた辛辣な言葉を投げる。
エセ方言、独特なしゃべり方だなと思っていたがエセということはわざと何だろうか?
「いや、これはもう癖でな。なんつーか商売人って感じするやろ?結構お客さんからの受けもいいんよ?」
「御厨さんのその理屈は相変わらずわからないな。これで次期社長っていうんだから尚更」
そういって助手席の八島君が笑う。
「いやーやめてーな。自分社長って器やないんよ。ただ社長の息子ってだけ、うちは一族経営やからなぁ」
そういって御厨さんは頭をかいた。
「うちの不動産って特殊やからまぁ俺が社長候補ってだけで、別に俺は社長なんかならんでもええんやけどなぁ。なんなら妹が社長やってくれてもええわ」
「特殊?なにか普通の不動産とは違うんですか?」
「お、そうか仁村の嬢ちゃんは知らんよな。うちの不動産はなここら一帯の物件をほとんど管理してるまぁそこそこ大きな不動産なんやけど、うちのじいさんの1代でここまで大きくしたっていう成り上がりストーリーがあってな。それにはからくりがあんねん」
「からくり?」
「そう、うちのじいさんは元々貧乏農家の生まれでな、夢はでっかく大金持ちって人やったみたいなんやけど、そこで目を付けたのが不動産。でも不動産をするにも管理販売する土地が必要やろ?必死こいて働いた賃金でも買える土地なんてたかが知れとる。そこでうちのじいさんは安く土地を手に入れる方法を考えたわけやけど、なんやと思う?」
「さぁ…ちょっとわからないです」
「答えは曰く付きの土地を買うことや。いわくつきの土地を安く仕入れて正規の値段で売買できれば儲けがでるやろ?ほとんどの不動産は曰く付きを嫌うし、管理したがらんだからこそのねらい目やったわけやな」
「え?でもそんなこと出来るんですか?」
「うちが特殊ってのはそこやねん。まぁ大概の曰く付きって奴は実際なにも起きないことがほとんどや。それでもやっぱりヤバイ物件はあったりする。だからうちのじいさんはその曰くを消す方法を考えた」
「曰くを消す方法?お祓いとかですか?」
「お!ええ感しとるね!そ、お祓い。それも生半可な奴じゃなくて確実に効く強力な奴。じいさんは方々を探しまわって、ある巫女の家系にたどり着いた。ほんでとある条件と引き換えに巫女さんの協力を取り付けて、曰く付きの土地や物件をバンバン買いあさって曰くを消して売買。それで大きくなったのがうちの不動産なんやけど、その曰くを消す方法を一族で引き継いでるんよ。だから社長候補は一族のもんって感じになっとるんよね」
そう言い終わると御厨さんは大きくため息をついた。曰くを消す方法。なんでもないように言っているがそれはとてもすごい事なんじゃないだろうか。
「とは言え僕は社長なんてやらずにのんびり平社員で可もなく不可もなくな生活がしたいんやけどねぇ」
御厨さんはそう言って笑った。
「まぁそういった物件を扱うことが多いから俺たちと縁があってね」
「そうそう、いやぁ八島君には助けられとんのよ」
ただの高校生がどうしてこうやって不動産の人を動かすことが出来たのか疑問だったが、どうやら曰く付き物件関係の縁のようだ。
「そういう縁って八島君は普段からこういったことに関わってるの?」
「ん?ああそうだな。これは俺の趣味というかそんな感じ」
「趣味って…」
八島君の言葉を聞いて思わず私は橘さんの方を見る。橘さんはこちらの会話に興味なさそうに窓の外を眺めている。身近にそういう人間がいるからということだろうか。
「まぁ詩織がきっかけなのは間違いないけど、俺が好きでやってることだからやっぱり趣味だな」
バックミラー越しに八島君が私の様子を見てそう言う。私の言いたいことを察したらしい。
「お?そんなことを話してる間についたで、現着や」
御厨さんがそういうと車はゆっくり速度を落とし停車した。車を降りると目の前にあの廃墟がある。
駐車場周りは木々が少なく日が差し込んでいるためか、あの時とは違ってそこまで不気味な雰囲気はない。それでも廃墟の建物は何故か暗く感じる。
「あれは…」
私は駐車場に止まった一台の車に視線をやる。私たち以外に止まった車は一台。長年そこに放置されていたのからだろう。その車には土埃を被り、雑草がアスファルトを突き破って回りを覆っていた。
私たちが来た時、あそこにはあんな廃車はなかった。車種は一緒だがそれでも普通に走れそうな車があった。だから私たちは先客がいると思ったのだ。
「どうした?」
「あの車、あんなにボロボロじゃなかった」
私の様子に気づいた八島君に車を指さして答える。八島君は顎に手を当てて考える仕草をして御厨さんに声をかける。
「御厨さん前来た時にあの車は?」
「あったよ。ほんでもそん時はもうあんな感じやったけどな」
「詩織」
「そうね。まあそういうことなんでしょうね」
八島君の確認に御厨さんは肩を竦め、橘さんは納得したようにそう言って廃墟へと歩き始める。私も当事者のはずなのだが状況について行けず置いてけぼりだ。
「八島君?いったいどういうことなの?」
「ああ、怪奇現象の規模の話だ。周りの環境に影響を及ぼす度合いっていうのかな。説明が難しいんだけど」
そう言うと八島君も廃墟の方へと歩き出してしまう。すでに橘さんと御厨さんは廃墟の入口までいっており御厨さんがカギを使って正面玄関の鎖を外している。
疑問は残しつつも私も八島君の後を追う。私たちが玄関についたタイミングで正面玄関を封じていた鎖は鈍い音を立て外れた。
御厨さんがゆっくりと正面玄関の扉を開けるとあの日の記憶と夢でみた景色が蘇る。日が差すこの時間で尚、建物の中はどこか暗く、そして不気味だった。
「ほな僕はここで待機しておくわ。中には入らんからあとはよろしゅうな!」
御厨さんはそう言うと車まで戻っていった。怖い、そのはずなのに私の足は自然と進みだす。どこへ向かうかはわかっている、あの部屋だ。
「違うわよ」
そう言って私の腕を橘さんがつかむ。何が違うのだろうか。いや違わない。私はあの部屋に向かわなければならない。そしてあの場所で私は…
ぱぁん!
橘さんが放ったビンタが私の頬を直撃し、乾いた音を響かせる。その衝撃と痛みで私は自信の違和感に気づくことが出来た。私は今何をしようとしていた?ぞっとして思わずその場にしゃがみこむ。
「おいおい、大丈夫か?」
そんな私のそばにしゃがみこんで八島君が声をかけてくれるがそれに答える余裕がない。何故私は行く場所がわかったのか、それはきっと今日見た夢の影響だろう。
無意識にあの部屋にいかなければならないそう思い込んでいた。いや違う、目的としてはあっているはずだ。
そうではなく、私が恐怖を覚えたのはは行かなくてはいけない理由、もし、橘さんが止めてくれなければ私は…今私がやろうとしていたのは…
あの部屋行って、そしてあのクローゼットの中で首を吊るために部屋へ向かおうとしていた。
「たちが悪いわね。本当に最悪」
「詩織これはどういう状況だ?」
「呼ばれていたのよ。いえ違うわね、誘導されていたが近いかしら」
橘さんはそう言うと部屋の中央に立ち静かに周りを見渡す。そしてある1点を見つめるとそのまま歩き始めた。
「おい詩織!ったく相変わらず説明が足りないやつだ。仁村さん立てる?無理なら建物の外で待機していてもいい」
「ありがとう…大丈夫。私も行く」
正直、八島君の言う通り建物の外で全てが終わるまで待っていたい。それでもこれは私の行動がきっかけで起きた事だ。
そのすべてを橘さんたちに任せてしまうことは出来ない。
「そうか、無理しないようにな。」
「うん、ありがとう。」
先ほど橘さんにぶたれた頬がジンジンと痛む。八島君にお礼を言って立ち上がり橘さんの後を追う。橘さんは迷いなく歩き続ける。そして一つの扉の前で立ち止まった。
「ここね」
橘さんはそういうと迷いなくその扉を開ける。扉の先はどうやら中庭に通じていたらしく、木々や雑草が大量に伸びすでに足を踏み入れることも難しい。
「おい待て詩織!」
そんな場所にためらわずに進もうとする橘さんの腕を八島君がつかんで止める。
「なに?」
「なに?じゃねぇよ。そのまま進んだら危ないだろうが」
「だとしてもこの先よ。ここに今回の元凶がある」
真っすぐ中庭を見つめる橘さん。そんな様子をみて八島君は頭をがりがりと手でかいて大きくため息をついた。
「俺が先に進む。足元の雑草を踏み固めていくからそのあとから来い。お前はもうちょっと自分を大切にしろ。方向はこっちだな?」
八島君はそう言うと中庭に入り、草をかき分けながら進んでいく。
「…どの口がそれを言うのよ」
そう呟いて八島君の後を橘さんが続く。私も置いて行かれないように橘さんの後を追った。
八島君が草をかき分け進みそのあとを私と橘さんが続く。八島君が進む方向を橘さんが指示してたどり着いた先には草に埋もれて小さなお社があった。
木でつくられたその小さなお社はすっかり草木に埋もれ、注意して探さなければどこにあるかもわからないだろう。
ただ決して古いものではなく、まだ所々に塗装の色が残っている。おそらくこの廃墟が作られたのと同時期に建てられたものではないだろうか。
これが元凶……私はその社をじっと見つめる。ああ、間違いないこれがそうなんだと私は自然と理解したのだった。




