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普通で当たり前の異常な日々  作者: 黒兎
日常の終わりと始まり
12/17

普通の定義

季節的にもう夏だとはいえ、夜はまだ涼しい。

橘さんの隣を歩きながらコンビニに向かう。


特に会話はないが今日橘さんの家に向かうときのような気まずさはなかった。


やはり出会いのインパクトというか印象が強かったが、短い間だが橘さんと言葉を交わして印象が変わったのが大きいのかもしれない。


口調は強いがなんだかんだ私を見捨てずこうして面倒を見てくれているのもそうだし、根は優しい人なんだと思う。


「なに?視線が鬱陶しいわ」

「ううん、なんでもないよ」


…優しい人なんだと思う。なんだかんだ言いながらこうして私のためにコンビニまでついてきてくれているのだし。


それにしても橘さんの歩き方は危なっかしい。歩いている最中横にフラフラと移動するのだ。


「橘さん、あんまりふらふらすると危ないよ?」

思わず私は橘さんの腕をつかんでしまった。


「なに?」

「いや、なにじゃなくてそんなにフラフラしてると危ないから」

「……そう」


橘さんは何か言いたげな表情を見せたが私に腕をつかまれたまま歩き始める。結局コンビニにつくまでの間私は橘さんの腕をつかんだままだった。


コンビニついた私は下着や歯ブラシなどの必要なものをかごに入れ会計を済ませる。橘さんは店内には入らず店の外で待ってくれていた。


「ごめんおまたせ」

「ん…帰るわよ」


そういって橘さんは歩きだす。しばらくまた無言のまま歩いていると橘さんがぴたりと足を止めた。


「橘さん?」

不思議に思い橘さんが見ている方向に視線をやって私は思わず息をのんだ。街灯の下にあの女がこちらを向いて立っている。


急に周りから音が消えた気がする、女の視線は定まっておらずただその場にいるだけなのにそれでもこちらを見ていると感じる。


「あ…」

思わず私は後ずさりをして1歩下がる。そんな私を一瞥することもなく橘さんはゆっくりと女に向かって歩き始めた。


女は微動だにしない。私は黙ってその様子を見守ることしか出来ない。やがて橘さんは女の目の前まで進むと足を止めた。それでも女は全く動かない。


「そう…そういうことなのね」

しばらく女と見つめ合って橘さんはそうつぶやくとそのまま女の横を通り過ぎてそのまま歩き始めてしまった。


「え、え?」

置いて行かれた私はどうすればいいのかわからなくて軽くパニックになる。


「ほら、そんなところで突っ立ってないで帰るわよ」

「え、でも…そこに…」

「大丈夫だからこっちに来なさい。そっちを見ないように」


橘さんが振り返りそういって私を呼ぶ。大丈夫だと言われても足が動かない。私にとってこの女は恐怖の対象でしかなく、今日の放課後つい数時間前に殺されかけたばかりなのだ。


動けない私を見て橘さんは大きくため息をつくと、こちらに引き返してきて私の腕をつかむで女のほうに歩き始める。


「え、橘さん!あの!」

「大丈夫だから行くわよ」


思ったより強い橘さんの力に私は半ば引きずられるようにして前に進む。怖い。女はまだ動かないが視線がこちらに向いてるのがわかる。


思わず顔を伏せ、視線を女からそらす。そのまま視線を地面のアスファルトに固定して前に進む。


怖い、怖い。

そんな私のことなんかお構いなしに橘さんはずんずんと進んでいく。そして女の横を通りすぎる瞬間。


ユ…ル…シ…テ…

「え?」


思わず振り返る。そこに女の姿はもうなかった。

「見るな。行くわよ」

そう言って橘さんは私の腕をつかんだまま進んでいく。


「今、あの女の人…許してって…」

「意識してはダメ。それとその許しはあなたに求めたものじゃないわ」


「それってどういう…」

「そんなことどうでもいいでしょう。いいから帰るわよ」

そう言って橘さんは足を緩めることなく進んでいく。


心に引っ掛かりを残して、それでもそれを尋ねることも出来ず私は橘さんに引きずられながらマンションへ帰ったのだった。


部屋に戻ると橘さんはシャワーを浴びにいった。私は1人ソファーに座りさっきの出来事について考える。


ユルシテ、たしかにあの女はそう言った。橘さんは私に対しての言葉ではないと言う。ではあの言葉は誰に向けての言葉だったのだろう。


突然心霊現象に出会い、冷静に考えることが出来なかったが、あの女の人はどうして死んでしまったのだろうか。


今日聞いた話では幽霊というのは生半可な未練では形になれないらしい。つまりあの女の人はそれだけの未練があって、こうして今も現世に残っている。


いったいそれはどんな感覚なのだろうか、私には想像することすらできない。ユルシテ…許して。彼女はいったいどんな後悔を抱え、そして許しを乞うているのだろうか。


「終わったよ。あなたもさっさとシャワーを浴びて寝なさい」

そんなことを考えながらぼーっとしていると、シャワーを終えた橘さんがで出来た。


「うん、ありがとう…橘さん、あのさっきの…」

「気にしないでいいわ。わたしがそばにいたから何も出来なかった。それだけよ」


「うん…でも許してって」

「それこそ気にする必要はないわ。ああいう奴は大なり小なり後悔を抱えているものよ。でなきゃ幽霊なんてものにはならないわ」


「そうなんだけど…気になっちゃって…でもそうだね、うん気にしないようにする。ありがとうって橘さん!?」


橘さんにお礼を言いながらそちらを向くと橘さんは全裸だった。いや、正確には全裸ではなくパンツは履いていてる。


バスタオルで長い髪を拭きながらこちらを見る橘さんは私の反応にまた首を傾げ、均等の取れた美しいそのプロポーションを惜しげなくさらしてる。私は慌てて視線を逸らした。


「橘さん!服着て!せめてバスタオル!」

「変な奴ね。別に同性なんだしかまわないでしょ」


「私は気にするの!というか橘さん恥ずかしくないの!?」

「恥ずかしいわけないでしょ」


「う、と、とにかくシャワー借りるからその間に服着ておいてね!」

私は自分の着替えを抱えて逃げるように風呂場へと駆け込んだ。


シャワーを浴びて、少し冷静になった私は恐る恐るリビングへと戻った。


さっきは突然のことで動揺してしまったが、そもそもここは橘さんの家だし、どんな格好で過ごそうが彼女の自由だ。


先ほどのことを謝ろうと橘さんの姿を探すと、ソファーに座り本を読んでいた。さすがにちゃんと服は着ているようだ。


「あの、シャワーありがとう。それとさっきはごめんね」

「別に気にしてないわ。変な奴だとは思ったけど」


本から視線を上げずそう答える橘さん。私はほっとしてリビングに入り、橘さんと離れた位置でソファーに座る。


橘さんは私を気にした様子もなく本を読んでいる。今日出会って間もないのにこうして彼女の部屋でこうして過ごしていることになんだか不思議な感覚がする。


不思議と言えば橘さんも不思議な人だなと思う。あの女に追い詰められ、助けてもらったときはまるで女神のように見えた。


その後すぐの会話で敵意を隠しもしない橘さんに少し苦手意識も持った。それでもなんだかかんだと私を見捨てるでもなく、こうして面倒を見てくれている。


家事ができない不器用さんで、会話をしてみると口調は強いけど言葉の節々からやさしさを感じる。


そしてあの寂しげな表情。自分と私の住む世界は違うのだと言ったときの顔。


出会ってまだ本当に短い時間なのに、私は橘さんともっと話してみたいと、仲良くなりたいと思っている。

人を惹きつける不思議な魅力を橘さんに感じていた。


「橘さんって本好きなの?」

「別に好きって程でもないわ。ただ暇つぶしにちょうどいいってだけ」


「そっか、あ、ゲームとかは?最近スマホでも色々面白いアプリがあったりするけど」

「そもそもスマホを持ってないもの」


「あ、そっか。でもなんでスマホ持ってないの?ないと不便じゃない?」

私の言葉に橘さんは本を読むのをやめ顔を上げる。


「…ちょっとあなたのスマホを貸して」

「え、うんいいけど」


橘さんに私は自分のスマホを渡す。橘さんは私からスマホを受け取りじっと画面を見つめ電話番号を入力し始めそれが終わると画面を私に見せてきた。


「これは悠真の番号。間違いないわよね」

「うん、そうだけど…」


画面には先程登録しておいた八島君の番号が表示されている。

私に確認をとると橘さんは通話ボタンを押して電話をかけ、スマホを耳に当てる。


なにをやってるのかいまいちわからなくて私は首を傾げる。

しばらくして橘さんは無言で私にスマホを返してきた。

画面はまだ八島君と通話中になっている。


「なにも言わなくていいからそのままスマホを耳に当てて」

「え、うんいいけど…」


橘さんに言われたとおりにスマホを耳に当てる。すると受話器の向こうから小さくなにか聞こえてきた。


う、ああ、あああうわぁ…

それは呻き声だった。苦しそうな老人のうめき声。


私はびっくりして、思わずスマホを床に落としてしまった。

それを橘さんは拾うとそのまま通話を終了する。


「私が電話をつかうと大抵まともにつながらない。着信も一緒。だからスマホを持ってないのよ」


そういうと橘さんは私にスマホを返してきた。

私は自分のスマホを見つめ、驚きでバクバクとなる胸を抑える。

八島君と橘さんのいたずらの可能性もあるかと考えたが、橘さんは一言もしゃべっていなかった。なんの打ち合わせもなくあんなことが出来るとは思えない。


それにさっきのうめき声…苦しそうな老人の声は八島君の声とは別物だった。


「さっきの声は…」

「さぁ?毎回違うからわからないわ。どこぞに浮遊でもしてたやつなんじゃないかしら」

そう橘さんはなんでもないように答える。


「それってすごい大変なことなんじゃ…あ、でも八島君の電話がかかってきたときは橘さんが出て普通に通話できたよね?」


「それは私にじゃなくてあなたにかかってきた電話だからよ。まぁそれでもたまにダメなんだけど。映像や音が出る電子機器は大概まともに機能しないわね」


橘さんの家にテレビがない理由もわかった。なんでもないような風に橘さんは言うが今のご時世電子機器が使えないのはあまりに不便すぎる。


「それって大変じゃない…?」

「別に、もう慣れたわ。それにスマホがなくたって生きていけるもの」


そう言って橘さんは読書へ戻る。確かに橘さんの言う通りスマホはなくたって生きていける。ただそれでも、当たり前にみんなが出来る事が出来ないというのは少し理不尽な気がした。


「ねぇ、橘さん。橘さんは生まれた時からいわゆる霊感ってやつがあったの?」

「そうね、物心つく頃にはあったわ」

「橘さんは慣れたって言ってたけど、橘さんは普通になりたいって思ったことはないの?」


橘さんは本から視線をあげ、私のほうを向く。私はその視線をそらさずに橘さんをみつめて続ける。


「私はね、普通になりたったんだ。橘さんからしたら何を言ってるのかわからないと思うんだけど、昔から両親の都合で転校が多くて、友達ともすぐお別れになっちゃって。みんなね、最初は手紙とかくれたりするんだ。でもそれもすぐなくなっちゃって。両親のことは嫌いじゃないし、尊敬してる。でもね、当たり前に同じ学校に通って、友達作って思い出を共有してそんな普通に私は憧れたんだ」

私の言葉を何も言わずに橘さんは聞いている。


「転校をするとね、もう大体友達のグループって出来てて、そこに混ぜてもらえたとしてもみんなの共通の思い出の中に私はいないの。別にそれは仕方ないことなんだけど、どうしても思っちゃんだ。あぁ私はよそ者なんだって。だって私には思い出を共有できる人がいないから。みんなが当たり前に出来る事が出来ないから。だから高校では思い切って一人暮らしをはじめてここから普通の女子高生になってやるんだって」


私はいったい何が言いたいんだろう。こんなことを言うつもりはなかったのに。


ただ普通とは違う日々を過ごしてきたであろう橘さんに、私は勝手に自分とのシンパシーを感じているのかもしれない。そんな私の支離滅裂な言葉を橘さんは黙って聞いてくれる。


「ごめん、急に何言ってるかわからないよね。ただ橘さんはなんていうか当たり前で普通の日常を過ごしたいと思ったことはないのか気になっちゃって」


「ないわね」

「え?」


「ないわ。私はあなたの言っている普通というものがわからないもの」

「それは、えっと、幽霊とか見えなくて…」


「私にとっては、今私が過ごしている日常が普通なのよ」

橘さんの言葉に私は息をのむ。その言葉には私の思考を止める衝撃があった。


「普通ってなに?私は生まれてから見えてる世界は変わらない。これが私にとっての普通で、他の人と違うからってそうなりたいと思ったことはないわ」

「それは…」


「たしかに、私はあなたの言うような一般的な人とは違った日々を過ごしているのかもしれない。でも私にとってはこれが普通で当たり前なの。ある日、私が見えている見えないものが見えなくなったとしたら、私にとってはそれが異常なのよ。ただ、そうね…この件が終わったらもう私のことは忘れなさい。

あなたが言うに普通とは私は遠い位置にいるのでしょうから」


そういうと橘さんは立ち上がり、自室へと向かっていった。

「もう寝るわ。布団なんて気の利いたものはないから悪いけどソファーで寝てもらうわ。ブランケットはそこに置いてあるから」


そのまま振り返ることなく橘さんは自室の扉をあけ、中に入っていった。そんな橘さんに私は声をかけることが出来ず、胸中では激しい後悔が襲っていた。


私はなんてことを言ってしまったんだろう。勝手に自分の価値観で橘さんの考えを決めつけてしまった。


きっと普通の日々を送りたいのだろうと、でもそれは今までの橘さんを否定することになると気づけなかった。


「謝らないと…」

そういって立ち上がり、橘さんの自室の前に立ち扉をノックする。


「橘さんごめん。私とてもひどいこと言った。勝手に橘さんのこと決めつけて私の価値観で話して…本当にごめんなさい!」

返事はない。それでも私はそのまま話を続ける。


「私、橘さんには感謝してて、こんな私の事情に巻き込んで助けてもらって。それで仲良くなりたくて。ごめん私自分のことばっかりだね。だから何が言いたいかって言うと…私は橘さんを忘れたりしたくない。それだけ、おやすみなさい」

私はそれだけ言うと扉の前から離れた。


自分の言いたいことだけを言う身勝手な謝罪。それでも何も言わずにそのままにしておくことは出来なかった。


そんな自分をまた自己嫌悪しながら私はソファーに横になった。

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