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普通で当たり前の異常な日々  作者: 黒兎
日常の終わりと始まり
11/17

思い出の

橘詩織


私、橘詩織の世界は普通とは違っていた。

初めてそれに気づいたのは3歳の時だった。


私が知る限り母の隣には常に黒い影があった。母だけではない。外に出れば至る所にその黒い影があった。

常にふわふわと形を変えながら漂うその影が気になって、母にあれはいったいなんなのかを尋ねると母は何の事かわからないと首を傾げた。


父に聞くとくだらないことを言うなとこっぴどく怒られてしまった。他の人にも聞いてみたが誰もその影のことはわからないようだった。


私が小学生になる頃にはその影はだんだんとはっきりした形をもつようになっていった。マンションの空き部屋からこちらを覗く老婆、踏切を渡ってる最中に姿が掻き消える女子高生。


電柱に身体半分が埋まるようにへばりついてる男性。この頃には私もこれがいわゆる幽霊だということを理解していた。


そして私が見える影はその数をどんどんと増やしていった。見た目がグロテスクだったり、怪しい雰囲気をまとっていたり、

正直見ていて気持ちのいい物ではなかったが、不思議と私はそれを怖いとは思わなかった。


ずっと私の世界には黒い影があった。だからそれが形を変えたところで私にとっては大した問題ではなかったのだ。


この頃には私は自分が普通の人とは違うのだと自覚していたし、まわりに話すこともしなかった。


話しても理解されないし、変人扱いされて終わるだけ。誰も私の事は理解出来ないしわかりあえない。


だって生きている世界が違うのだから。自然と私はまわりとは離れて1人で過ごすことが多くなった。


唯一母だけは私の言葉を信じ理解を示してくれたが母もやはり何も見えない。


私に目線を合わせて、ちゃんとわかってあげれなくてごめんね。そう謝る母に申し訳なくて母に自分が見える物の話をすることもなくなった。


2歳下の妹も私と違って、何も見えないことがわかってからは家でも1人で過ごした。私の内心は別として、それでも表面上は家族と上手く過ごせていたと思う。


例え私の世界が共有出来なかったとしても、私は家族が特に母のことは大好きだった。そんな母については気になる事が1つあった。それは母の背後に見える影の事だ。


今まで見えていた影のほとんどは形を持ち、それが何かわかるようになっていたのに母の背後の影だけはずっと影のまま、形を変える事なく母の背後にいる。


こういう奴もいるのかと気になりはしたが、あまり深く気にしてはいなかった。その事を私は後に死ぬほど後悔する事になる。


目をあけるとそこには暗闇が広がっていた。

身体を起こし辺りを見渡すと見知った自分の部屋だ。


乱雑に物が散らばりお世辞にもキレイとは言えないがこれが落ち着くのだから仕方ない。


どうやら部屋に戻ってベッドに寝転んだまま眠ってしまったらしい。


「いやな夢…」

幼い頃の夢を見ていた気がする。まだ母がいて家族と一緒に暮らしていた時の記憶。


その記憶は私に苦い思い出を蘇らせる。嫌な記憶を振り払うように私は軽く頭を振り、そういえば今家に人がいる事を思い出した。


家に今日知り合ったばかりの他人がいるというに我ながら不用心だったかもしれない。


結局あの後、事情を聞き出した悠真が仁村と言ったあの女子生徒を助けると言い出した。厄介なことになった。それが正直な感想だ。


話を聞く限り、完全に仁村の自業自得。こちらが手を差し伸べる必要はない。多少ケガでもすれば反省し、二度とこちら側の世界に足を踏み入れることもないだろう。


そう思っていたのだったが、状況的にそれだけでは済まないというのがわかってしまった。私の知っている幽霊という奴は悠真が言っていた通り、決して強くない。


生前、印象に残った記憶を繰り返すだけのただの映像に近い。

その中でも強い意思、つまり未練を残した奴だけが生きているこちらを羨み、余計なことを起こす。


それでもその影響を強く起こせる奴は限られているし普通に生活していればまず出会うこともないだろう。しかし仁村が出会った奴はかなり厄介なタイプの奴だ。


短い期間で現実に影響力を持ち、それでいて脆い。

経験上、こういった奴を放置するとろくなことにはならない。


どうしたものか、そう考えていると悠真がなんとかするとか言い出した。悠真は私と同じような、いわゆる霊感というものを持っていない。


それでもなんとかするということは御厨の神社を頼るつもりなのだろう。それはダメだ。確かに御厨でも解決することは出来るだろう。

だがそれではきっと悠真に被害が出る。悠真を止めようとしてみたが、悠真の意思は変えられそうにない。


それにこだわる理由を知っている。だからこそやらせるわけにはいかなかった。


そうして勢いに任せて自分が解決すると言ったものの、その後の方法は特に考えていなかった。


そのせいで軽い醜態をさらすことになったが、まぁそれはいい。問題は勢いそのまま仁村を家に連れ込んだ事。


親しい友人なんて悠真以外にいない。

普段同い年の同性と接することなんてなくて、何と会話すればいいのかわからず、ずっと無言で家まで帰ってきた。


家に悠真以外の来客なんて来た事がなかったのでどうすればいいのかわからず、とりあえず飲み物を用意しようとしたものの、普段悠真に任せきりの私は上手くインスタントの飲み物すら準備することが出来なかった。仁村からすればさぞ窮屈な時間だっただろう。


「ふぅ…」

短く息を吐き。体を起こす。

元々仲良くするために家に呼んだわけではないし別にいいだろう。


そもそもまともに人と接したことが少ない私にコミュニケーション能力を求めるのが間違いだ。


とりあえず起き上がりリビングに向かおうとしてリビングからいい匂いがする事に気が付いた。


私が自室のドアを開けてリビングに出るとテーブルの上に食器を並べている仁村と目が合う。


「あ、ごめんね。八島君がいいって言ってたから勝手に冷蔵庫の中使わせてもらったんだけど…」

そう言いながらテーブルに料理を並べていく仁村。


「あんまり料理得意ってわけじゃないんだけど…橘さんの分も作ったから一緒に食べない?」


そう言いながら私の様子を伺う仁村。その様子はなんだか飼い主の様子を伺う子犬を思わせた。


今日知り合ったばかりだが、どうも気が弱いというかお人好しな感じがする。大体周りに流されて損するタイプ。だからこそやっかいな物に目をつけられたのだろう。


「…いただくわ」

断る理由もないので私は席につく。私はの答えを聞いた仁村は嬉しそうに笑い対面の席に座った。やはり子犬ぽい。


シンプルな薄焼き卵にケチャップがかかったオムライス。野菜を切っただけのサラダにスープはコンソメスープだろうか?


「いただきます」

小さくそう言ってからスプーンを手に取りオムライスを口に運ぶ。その様子を仁村は緊張した面持ちでみている。


食べづらいと思いながらオムライスを咀嚼すると口の中に懐かしい味が広がった。


特別美味しいわけじゃないありふれたオムライス。でもこの味はもう味わう事が出来ない母が作ったものと同じ味がした。


もう一口オムライスを口に運ぶ。懐かしい。どんなご馳走よりこの味が好きだった。気付けば私は夢中になってオムライスを食べていた。


仁村かなで


オムライスを食べる橘さんを見て私はほっと胸を撫で下ろす。

味付けの好みがわからず普段自分で作る感じで作ったから少し不安だったが橘さんの様子を見るかぎりどうやら口にあったらしい。


私も自分で作ったオムライスを口に運ぶ。いつもの味、可もなく不可もなくといった感じだ。


キッチンにはかなり細かい調味料類が置かれていたが、冒険せずいつも通りに作ってよかった。


しばらくの間お互いに無言で食事を進める。無言ではあるが不思議と先程まで感じていた気まずい感じはしなかった。


「ご馳走様」

橘さんがそう言ってスプーンを置く。どうやら完食してくれたようだと嬉しく思っていると、手付かずのサラダが目に入った。


「橘さん?サラダが残ってるけど…?」

「……生野菜なんて食べる必要ないわ」

どうやら橘さんは野菜があまり好きではないらしい。

「無理にとは言わないけど、ダメだよ野菜はちゃんと食べないと」

「……」


橘さんはサラダから目を逸らして黙っている。あまり食べ物の好みでとやかく言うのはよくなかったかも知れない。


私は苦笑しながら橘さんのサラダを自分が処理しようと手を伸ばした時。橘さんが置いていた箸を手に取った。


伸ばしていた手を引っ込めて様子を見守っていると橘さんはゆっくりとサラダに箸を伸ばし口に入れた。


その瞬間、橘さんの顔がなんとも言えない苦々しい表情に変化する。


「草の味がするわ…」

「草って…まぁ野菜は植物だけど」


コップの水を飲み干し、食べていたサラダを飲み込んだ橘さんの感想を聞いて思わず笑いがでる。


ドレッシングもかかっているし、そんなダイレクトに草っぽい味がするとは思えないのだけど。


その後もゆっくりとではあるが橘さんはサラダを食べキレイに完食した。


「……ご馳走様」

「はい、お粗末様でした」


さっきよりややぐったりとした様子でそう言う橘さんにまた笑みが溢れる。本当に野菜が嫌いなようだ。それでもすべて完食してもらえた事が嬉しかった。


「あんまり料理が上手なわけじゃないからこうやって完食してもらえてうれしい」

「…美味しかったわ。野菜以外は」


ややふてくされた様子でそう答える橘さんの様子にまた笑みがこぼれる。


「よかった。キッチンに色々香辛料とか置いてあったから普段はもっと本格的なもの食べてるんじゃないかってドキドキしたよ」


「あれは悠真が凝り性なだけよ。あいつあんな見た目のくせして大概のことは出来るし手先が器用だから」


まだ口の中に野菜の余韻があるのかコップで水を飲みながら橘さんが答える。


「あの、気になってたんだけど…もしかして普段から八島君が家事をやってるの?橘さんと八島君って付き合ってる?」


「違うわよ。ただの幼馴染。それ以上でもそれ以下でもないわ。まぁ…家事はしてもらってるけど…」


橘さんはそう言うがただの幼馴染にしても距離感が近い気がする。普通ただの幼馴染でしかも異性が頻繁に家事をしに来ることはないと思う。


「なによ?」

「いや、私幼馴染っていたことないからそんなものなのかな?って」


「他がどうかは知らないわ。まぁ…私と悠真は普通とは言い難いかもしれないわね」

そういう橘さんの反応を見て二人の関係が気になってきた。


「2人が知り合ったったのはいつなの?」

「小学3年生の頃ね。そこからまぁ色々あってずっと一緒ね」


「色々?」

「色々は色々よ。正直説明するのがめんどくさいし話すつもりはないわよ」


そう言って橘さんは会話を終わらせてしまった。あまり聞かれたくないことなのかもしれない。


「あ、そういえば洗濯物たたんでおいたからあとでしまっておいてね。どこにしまえばいいのかわからなかったから」


そう言って私はたたんだ洗濯物を指さす。放置されていた洗濯物の山はどうやら洗濯済みのものだったみたいだったのでたたんで並べておいた。


普通にブラやショーツが混じっていたから八島君も触れにくかっただろう。


「……助かるわ。悠真は洗濯だけはしてくれないから」

「いや、さすがに男子に洗濯はさせちゃダメだよ…」


私の言葉に首をかしげる橘さん。羞恥心はないのだろうか?それに八島君も年頃の男の子だ、気まずいに違いない。


「ただの布よ?」

「確かにそうなんだけど…橘さんは自分が美人だって自覚したほうがいいかも」

私の言葉に小首をかしげる橘さんはそれだけでも様になっている。


「美人…言われたことないわね」

「うそでしょ!?」


「本当よ。まぁそもそも人とそんなに関わってないから」

「そうなんだ…橘さんは美人だよ。本当うらやましいくらい」


本当にうらやましい。顔の造形もそうだがスタイルもいいし、肌も透き通ってるし、髪も光を反射くするくらいキューティクルが輝いてる。しかもこれで橘さんはすっぴんなのだ。


本当に天性のものなのだろうがここまでキレイだと嫉妬すらできない。


「ありがとう…というべきなのかしらね。あまりわからないけれど」

そういう橘さんは本当に見た目に関心がないようだ。


「あ、それとこれからコンビニに行こうと思うんだけど何か必要なものある?」

「コンビニ?」


「そう、ほら学校からここまで直接きたから下着とか何も準備してなくて」

「そんなの私のを使えばいいじゃない」


「いやいやさすがに無理だよ!?むしろ橘さん嫌じゃないの!?」

私の言葉に首をかしげる橘さん。私がおかしいのだろうか?いやさすがにこれは橘さんがおかしい気がする。


「ま、まぁ下着以外にも歯ブラシとか色々ね?」

「あなた自分がどんな状況か理解しているの?一人で外出なんて」


「あ…そうだった」

家事に集中して忘れていたが、私は今とても危ない状態だからここにいるのだった。


そんな私の様子にため息をつきながら橘さんは立ち上がる。

「仕方ないからついて行ってあげる。行くなら早くしなさい」

「あ、うん」


口調はつよいがやはりなんだかんだで優しい。

私は立ち上がって橘さんの追いかけた。


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