6. 才能
将来防具をつけることがあったら、腰の後ろには絶対に硬い装甲をつけよう。オレはそう心に誓った。尻尾の付け根を叩いてムラついたオレはまだ早いと思っていた角を使ったアレを解禁してしまった。頭がどうにかなるかと思った。その日はもうそれに夢中になってしまってトレーニングどころじゃなかった。
次の日も、その翌日も、身体のトレーニングは概ね順調だ。問題は魔法のトレーニングだった。
「届かない……」
オレは魔法の基礎力を伸ばすための訓練と教本に書かれているものを行っている。小さな風の玉を作ってわずか三メートル先の家の壁へ向かって飛ばして当てるだけなのだが、オレはこれが一向にできない。
教本にも特に難しい訓練だとは書いていない。その前後の手のひらの上で長時間維持だったり、素早く出したり消したりだったりは簡単にできた。離れたところにぶつける、それだけができない。
「んんん~?」
教本には、竜狩りにおける魔導士の一番の役割は、後衛で魔力を練り上げ、剣士や騎士などの前衛が作り出した隙に、決定打となりうる大火力を叩きこむことだ、と書いてあった。つまりこの魔法を飛ばす訓練ができないと話にならない。
オレは二週間ほど頑張った。随分とめげずに努力したと思う。
が、まったく改善しなかった。一度だけ出力を大幅に上げて、壁にぶつかるまでに霧散しきらずに当てたことはあった。が、壁に当たった時の風玉の大きさは手を離れたときの十分の一以下だった。そんなものできたとは言わない。
そのせいで部屋はめちゃめちゃになった。いつまでもできなくて頭にきていたので、ろくすっぽ考えずに出力を最大まで上げたのだが、今考えると初級教本が破れたりしなくて助かった。
水の玉でも土の玉でも結果は大して変わらなかった。斜め上に向けて撃てば、放物線を描いて落ちる最中に当たる。しかし教本に書いてあるようなまっすぐパシッとあたる感じにはならない。
「これはあれか。生前からのオレの才能の問題か?」
心当たりは、正直ある。オレは体育では武道や水泳、陸上の成績はやたら良い癖に、バスケットボールやサッカー、テニスやバドミントンといった、ボールやラケットのような道具を使うスポーツが壊滅的に下手だった。野球なんかノーコンな上にバットに当たらないとかいうとんでもないセンスの持ち主だった。
マジか。魔術師は諦めなきゃいけないのか?
絶望したり歓喜したりしながらも魔法の訓練と筋トレを続けて、一年が経過した。魔法、筋トレ、そして腰ポンポンと角を使ったアレに明け暮れた一年だった。一歳のお祝いは家族を上げて豪勢にやってもらった。生前はこういうのやられたことなかったからな。嬉しくて泣きそうになった。
ミオーネは昨年と同じく、冬の明けた頃に一回、猛暑となる夏前に帰ってきてまだ暑い時期に一回、竜狩りの仕事で数か月旅にでた。帰ってきたら数夜はリーザとオギハと寝室でなにかしていた。
リーザは居間でのんびり編み物をしているか、そうでないときは自室でこの村を治める村主としての仕事をし始めたらしい。この屋敷には引っ越してきたばかりでオレを産むまでは免除されていたそうな。深夜になるとミオーネがいるときはミオーネと、いないときはオギハと寝室でしょっちゅうナニかをしていた。
メイドのオギハは変わらず掃除洗濯や食事の準備など家の仕事をしており、オギハの娘のユイハはオギハの後についてその手伝いをしていた。
冬の足音が聞こえてきた時、ミオーネが竜狩りから帰ってきた。数日は休息と寝室での歓楽を楽しんだのち、庭での素振りを始める。
オレも庭に出れるようになっていたので、落ちていた太めの枝で見よう見まねで素振りをしてみた。
少しするとミオーネが訓練の手を止めてオレの素振りを眺め始めた。オレはお手本がなくなってしまったので、ミオーネの動きを思い出しながら素振りを続ける。
じーっと見られるとやはり気になるもので、ミオーネの顔色をちらちら伺いながら素振りを続けていた。ミオーネの表情が急激に曇っていく。
「……リオ、もっと腰を入れてみろ。振る方向に合わせて腰の動きで体重を乗せるんだ」
「ハイ! 師匠!」
「師匠……? ふふ、そうか。……っていやいや」
一瞬ミオーネの頬が緩みかけたが再び渋面に戻ってしまった。オレはミオーネに言われた腰の動きを意識しながら枝を振る。
しばらく続けていたらミオーネが大きなため息を吐いた。
「……小鬼竜のダンスでも見ている方がマシだな」
おおいっ? 聞こえてますよっ? というかそんなにひどいの?
思わず手を止めてミオーネを見てしまったオレの表情がよほどひどかったのだろう。聞かれたと気が付いたミオーネが慌てて謝った。
「いや、ち、違うぞ。まだリオは幼い。これから訓練していけばもっと……」
いや、無駄だろう。オレも察していた。多分だけどこの身体に転生したとはいえ、センスのようなものは前のオレから引き継がれている。思考回路とか、とにかく内面的なものは。
生前のオレはボール使う球技やら、ラケットとか野球のバットとか、とにかくそういった道具を扱うのが苦手だった。ならば剣も同じだろう。
そう結論付けたオレは枝を隅の木の下にぽいと投げ捨てた。代わりに拳を握ってしゅっしゅっとミオーネに向けて突き出す。
「……拳で戦う、と言いたいのか?」
オレは頷いた。ミオーネは黙考したあとに口を開いた。
「……正直、勧められない。拳と、剣や槍などの武器を使うのでは討伐効率が大きく違う。例えば私が使っている大剣グランガーテン。私の膂力に加えて剣の持つ重さ、遠心力、そして鋭さが攻撃力に加わる。たいして拳は膂力だけだろう? 単純にダメージが出しにくいんだ。屋敷くらいの大きさの大型竜が相手となると特にな」
ミオーネがここまで長く話しているのをオレは初めて聞いた。それだけ考えてくれたんだろう。
「リオは魔法が使えただろう。確かここ一年で土魔法も使えるようになったんだったな。四属性に加えて回復魔法も使えるのなら、どこの竜狩りのパーティでもひっぱりだこだ。魔術師を目指せばいいんじゃないか?」
そうか、ミオーネは知らないのか。というか例の件は恥ずかしくて誰にも言っていなかったんだった。
オレは手のひらの上に風の球体を創る。威力は全力全開だ。庭の土が舞い、近くの木の梢がざわざわと揺れた。しかしそのざわめきも凪いでいく。漏れ出ていた風を、閉じ込め、圧縮し、威力を上げているのだ。
「おおっ、すごいじゃないか! 小型の竜なら一撃で倒せるんじゃないか?」
ミオーネの低い声が嬉しそうに響く。オレはその球体を、庭の隅に植えてある背の低い木に向かって発射した。
ミオーネの期待するような表情。その視線の先で、オレが放出した風弾は、閉じ込めていた風をまき散らしながら見るも無残に減衰していった。五メートル離れた木の幹にぽすんと当たった時には、古くなった木の皮が僅かに欠け落ちただけだった。
「……あぁ」
ミオーネからそんな言葉にもならない、落胆の声が漏れた。
息を整えてから、オレは二発目の風弾を創る。大量の魔力を消費した疲労は感じるものの、まだまだ余力はある。額に垂れる汗を意識から追い出して、さっきと同等の風を集め、圧縮する。
ちらりとミオーネの方を伺うと、無言で懸命に風弾を生成するオレへ、かわいそうなものを見るような視線を向けていた。
まぁ、剣を振るう才能もなく、魔法を飛ばす才能もない。竜狩りとしては使い物にならないと思っているのだろう。
竜狩りにおける魔導士の役割は大火力による殲滅や決定打だ。魔力を練り上げ、前衛の剣士や戦士の作った隙に、後衛から必殺の一撃を叩きこむ。
だからおそらく。
こういう発想はなかったんだろう。
「……っ!」
細めていた瞳をミオーネは大きく開けた。
オレが、一歩、木に向かって歩いたからだ。
意識は風弾に向けたままだ。オレには確信があった。歩く方に意識を向けすぎた瞬間、手の中の風弾は弾け飛ぶという確信が。
また一歩。
じり、じり、と低い木に近づいていくオレにミオーネは拳を握りしめ、歯を食いしばって見つめている。オレがやろうとしていることを理解しているのだ。
「いけっ、お前は、天才だ!」
ミオーネの声援も、普段ならありがたいんだろうが、今は邪魔だ。黙っていてほしい。集中が途切れる。
合計で十六歩。やっと木の根元までたどり着いた。オレは手のひらの上の風弾を。
「ぁぁあああっ!!!」
木の幹に直接叩きつけた。
風弾を直接受けた木の幹は破裂するように叩きつけたところから折れ、重い音を響かせながら倒れこんだ。
よっしゃあ! やり切った! 練習では五歩も歩けなかったのに!
膝に手を突き、肩で息をする。ミオーネの声が背後の近い距離からがした。
「……リオ、抱かせてくれ」
振り返ろうとすると身体が宙に浮いた。脇が手で支えられており、ミオーネと向かい合う格好になる。うわ、ミオーネのこんなに目を細めた満面の笑顔初めて見た。
視界が真っ暗になった。顔を非常に柔らかく、しかし弾力性のある感触が覆っている。
鼻の下を伸ばしているオレの頭をミオーネの硬い手のひらが撫でまわす。
「ンフフ、ンフ、ンフフフフフフフ」
ミオーネさん? 怖いですよっ?
「ンフフ、これが子というものか。母親になるのもいいものだな」
おっぱいから顔を出してミオーネの顔を見上げる。喜色満面とはこのことか。
「…………」
オレの脳裏を地球での母親がよぎる。今のミオーネとは全く違う。一度も笑顔を見た記憶がない、優秀で放任主義で家に金だけ入れていたような母親を。抱かれたこともなければ、褒められたこともない。
でも高校に入るまでは度々学校に呼び出されていて、迷惑をかけたと思っている。母親がオレを誇りに思えるようなことは、何もしていなかったはずだ。
もしかしたら、オレがちゃんとしていれば、母親も笑顔を見せてくれたんだろうか。
「…………」
オレもしがみつくようにミオーネの背中に手を回した。寂しいのと、立派な人間(猫獣人)になるぞという決意とが半々くらいだった。
巨大な音を響かせながら屋敷の扉が開かれた。もう一人の母親は倒れた庭の木を見ると悲鳴を上げた後、オレとミオーネを正座させて足がしびれて立てなくなるまで説教した。こっちの世界にも正座ってあるんだな。
その後オレが倒した木はリーザママが回復魔法で治していた。木の繊維の繋がりとかまで理解してイメージできるってこと? ぱねぇっす、リーザママ。オレには無理だ。




