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天国のあとに残った灰  作者: 霧崎 蒼司


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第106話:盤上の亡霊

急転直下の会合は、計算尽くの瓦解を以て終結した。アコウの策に違わず、守護者ガーディアンたちは即座に離散。唯一の目的――猟師ハンターを捕捉し、可能な限り迅速に直接対決へと引きずり出すべく、闇へと身を投じた。アコウの次なる一手に対し、敵の即応能力を無効化するためには、速度こそが絶対の鍵であった。

監視室にて、アコウは椅子の背にもたれかかり、独自の回線を通じて全世界の観客へ向け、自らの計画の解説を始めた。目の肥えた上流階級のギャンブラーたちの渇望を繋ぎ止めるには、この演劇に隠された「極上の肉」を適宜、差し出す必要があることを彼は理解していた。

「――猟師側が合流し、一斉掃討に踏み切れない理由。それは……『亡霊』の存在があるからです」

アコウの言葉に、数百万の観客がどよめいた。「まだ人質が残っているのか? 会合ですべて露見したのではなかったのか?」と。

事実、その通りである。当初のリストによれば、アコウはセオドアの妻、そしてアユミと合流するはずであった。しかし、鋭い観察眼を持つ者ならば、そこにアユミの姿が完全に欠けていることに気づいたはずだ。ゾアたちは彼女が村に留まっていると信じているが、現実はより残酷で、かつ精緻であった。このゲームの設計者であるアスタリオンでさえ、アコウの秘かな介入により、人質の全貌を把握してはいない。アユミの不在は臆病ゆえではなく、周到に仕組まれた**「故意」**によるものだ。

通常であれば、彼女はルールを掻い潜り、観客席に逃れたと推測されるだろう。だが、アコウが心血を注いだ均衡を崩すような真似は不可能だ。ならば、可能性は一つしかない。アユミは「絶対的な隠身」を可能にする何者かに守られ、戦場のただ中に、誰にも感知されぬ虚像として存在しているのだ。

アコウは冷徹に分析を続ける。

「アユミ、あるいは彼女に同行する者は、すでに裏切り者の正体とその行動指針を掌握しています。優位を保つため、彼女は自らの存在を消し去る必要があった。もし猟師側が徒党を組み、誰かを殺そうと動けば、アユミのグループが即座に出現して均衡を再構築し、全守護者へ合流の信号を送るでしょう。その瞬間、猟師は死の挟撃に遭うことになる」

現在は一対一の対決が強制されるルール下にあるため、アユミの介入は未だ必要とされていない。しかし、アコウはこの一手が無駄ではないと断言する。それは猟師側の知者たちの頭上に懸けられた「ダモクレスの剣」であり、彼らにこの隠された駒への猜疑心を植え付け続ける。残された人質は決して弱者ではない。むしろ、最強の猟師をすら足止めし得る真の「怪物」なのだから。

ゲームの熱狂は頂点に達した。これが新兵たちの余興などではないことを悟った観客から、濁流のような賭け金が注ぎ込まれ始める。

頂上決戦:時間 vs 空間

古き森の奥、バハムートの足元で枯れ葉が鳴らす乾いた音は、死の調べのようであった。彼は茂みから歩み出し、鋭い眼光を目の前の敵へと定めた。

「アスタリオンは、私を天才ルーキーと戦わせるのがよほど好きらしいな」

アックは微かに笑みを浮かべ、剣の柄を固く握りしめた。

「私も、もう一人のバハムートの力がどれほどのものか興味があります。貴殿が『奇跡の世代』に名を連ねていないのは、単に妹に光を譲ったからに過ぎないのでしょう?」

バハムートは答えず、その肉体を変化させ始めた。月光の下、幻影のような龍の鱗が浮かび上がる。その気位が爆発した。

「私は王冠の継承者ではない。だが、私の力は妹ほど慈悲深くはないぞ」

――音速を超えた爆ぜる衝撃。

アックが【時間加速】を起動し、光の奔流と化してバハムートの胸元へ爆砕の刺突を繰り出した。しかし、バハムートの前面に展開された**【無限ムゲン】**の防壁は、不落の城壁のごとく微動だにしない。二つの巨大なエネルギーが衝突し、黒い電光が天を焦がした。

アックは撤退を試みるも、すでに遅い。バハムートが空間の球体を操り、凄絶な引力でアックの肉体を横ざまに薙ぎ払い、驚異的な速度で岩壁へと叩きつけた。

しかし、そこで理を外れた事象が起きた。肉体の衝突音ではなく、アックが激突するはずの背後の岩壁が、一歩早く粉砕されたのだ。アックは姿を消し、突如としてバハムートの背後に現れ、【無限】の層を貫く一閃を放った。

――裂帛。

バハムートは驚愕して後方へ跳躍したが、その背には鮮血の筋が刻まれていた。

「……今、何が起きた?」

戦慄が収まらぬうちに、アックの手から放たれた剣が風を切り、バハムートの胸へと突き刺さった。蜘蛛の巣状に亀裂の入った岩壁へと彼は深く押し込まれる。吐血したバハムートは目を細め、歩み寄るアックを凝視した。横腹に、凄まじい衝撃の蹴りが叩き込まれる。

バハムートは呆然とした。高密度エネルギーの差を考慮すれば、アックにこれほどの物理的打撃力があるはずがない。……否、彼はABCの警告を思い出した。「重力」と「加速」だ。

「自らの時間を加速させ……これほどの衝撃力を生み出しているというのか……!」

――衝撃。

顔面に食らった一撃に、バハムートは血を吐いた。アックは足を止め、挑発的な声を投げかける。

「気づいたようですね。だが、対処できるかどうかは別問題だ。時間と空間、果たしてどちらが至高か、見極めようではありませんか」

殺戮者の脚本

監視室にて、アコウは静かに首を振った。

「……ABCが、守護者側の最強の駒を封じ込めることに成功したようですね」

困惑する観客へ、彼は解説を施す。アックが優勢に見えるのは、バハムートが**「足止め」**に徹しているからに過ぎない。バハムートは未だ光の元素も、かつて市川と戦った際の「ローマ時計」の状態も解放していない。彼は長期戦を見据え、一対一のルールを利用してアックを一箇所に「監禁」し、他エリアへの干渉を阻止しているのだ。ABCは正解を選んだ。アックという「時の怪物」を足止めできるほどの経験と粘り強さを備えているのは、バハムートを置いて他にいない。

この戦いは、制限時間が尽きるまで決着がつかない可能性が高い。バハムートに賭けていた者たちが憤怒の叫びを上げる一方で、冷静な者たちは、王に肉薄する実体たちの盤面操作を息を呑んで見守っていた。

しかし、その刹那。別のエリアにて、巨木の陰から一人の男が音もなく姿を現した。ゾアの、真後ろである。ABCだ。ノイズの混じったラジオボイスが、凍てつくように響いた。

「――どうやら、貴殿こそがこの事件の二つの『心臓』のうちの一つ、のようですな。ここで貴殿を消し去れば、多くの偉大なる計画が瓦解することになる」

ABCは、自らの布石を完遂した。アックはバハムートに足止めされ、アコウは監視画面によって隔絶されている。これはもはや、単なる人間狩りのゲームではない。ABCはスカイストライカーの対抗勢力の代行者として、支配者たちが賭けた最重要の「兵器」――ゾアを粉砕せんと、その牙を剥いた。

真の死闘は、今、始まったばかりだ。

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