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天国のあとに残った灰  作者: 霧崎 蒼司


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第105話:逆転する狩猟

「……私が、裏切り者だと言うの?」

死のような静寂の中、アリスの震える声が響いた。会議室にいる全員の視線が今、彼女に注がれている。疑念という名の論理的陥穑わなに、彼女だけが取り残されていた。

アックは、真実を解体する外科医のメスのように、冷酷で容赦のない口調で返した。

「――当然の帰結だ。もし潔白を主張するのであれば、自らその証拠を示してみせろ」

その鋭利な言葉は、アリスの脆弱な自己防衛を容易く貫いた。彼女は呆然と立ち尽くし、喉の奥で息を詰まらせる。アックの提示した論理はあまりに緻密で、あまりに無慈悲だった。彼女は、真の裏切り者であることよりも恐ろしい状況に陥っていた。自分が無実であることを知りながら、それを証明する術を何一つ持たない。何もしていないのに、刻一刻と人々の瞳の中で罪人へと変貌していく自分を、ただ見つめることしかできなかった。

その行き止まりの絶望に、ゾアが突如として声を差し挟んだ。その響きには、アリスへの微かな希望が含まれていた。

「……実のところ、アリスが内通者ではないと言い切れる大きな理由が一つあります。それは、彼女が『人質ホステージ』側だからです」

Kが眉をひそめ、即座に反論する。

「何故だ? 生き残るために裏切る動機が最も強いのは、人質側ではないのか?」

ゾアは首を振り、その瞳に確固たる意志を宿した。

「人質側は今、最も安全な位置にいます。アコウさんは彼らのために絶対的な勝利を設計しました。彼らは何もしなくていい、ただ静止していれば勝てるのです。ならば、アリスに危険を冒してまで裏切る動機など存在しません」

一拍置き、ゾアはアコウから与えられた情報を基に、戦況を覆す心理的な一撃を放った。

「現時点で最も裏切る可能性が高いのは……『守護者ガーディアン』側です。かつてツバサさんは陣営を乗り換えようとして失敗した。それは、守護者側が猟師ハンター側から提示されるより大きな利得のために、反旗を翻し得ることを証明しています」

セオドアが沈思し、その探るような視線をツバサへと向けた。

「……では、我々の中に潜む裏切り者はツバサだと言うのか?」

「いいえ」ゾアは即座にそれを否定した。「ツバサさんは、自分が誰を相手にしているかを熟知しています。一度自らの目論見を暴いたアコウという天才の恐ろしさを、誰よりも身に染みて理解している。同じ轍を踏むような愚は犯さないでしょう。もし裏切り者が守護者の中にいるとすれば、彼はかつてのツバサさんと同じ意図を抱きつつ、より精巧な仮面を被っているはずです」

アリスが震えながら問いかける。

「……もし分かっているなら、何故それをここで公言するの? 相手を警戒させるだけじゃない」

アックは唇を微かに吊り上げ、鋭い眼光を放った。

「――事実はその逆だ」

彼は説明した。このように公然と、かつ絶対的な形で正体を突きつけられることは、裏切り者の精神に対する直接的な攻撃となる。相手はパニックに陥るだろう。ここにいる者たちが、自らの想像以上に底知れない存在であることに気づかされるからだ。進むことも退くこともできず、ただ露見を恐れて震えるか、あるいは手遅れになる前に膝を屈して許しを乞うしかない状況に追い込まれるのだ。

逆流する狩猟

これらの推論により、アリスは一時的に容疑から外れた。しかし、より大きな問題が浮上した。アリスでないとすれば、裏切り者の範囲は守護者全員へと拡大されたことになる。

アックは、微かな敬意を込めてゾアを振り返った。

「……さて、次の一手はどうする? ゾア、君に案はあるか」

突然の信頼に、ゾアは驚きを隠せなかった。

「私に聞くのですか? 何故……」

アックは低く笑った。

「今の君の佇まいは、我々を導くのに最も相応しいものに見えるからだ」

ゾアは言葉を失った。血管の奥底で、本能に根ざした何かが目覚めるのを感じた。強く、そして支配的な力。それは、彼が無意識に引き出したこの肉体の「真の自我」なのかもしれなかった。彼は戦略を語り始める。

「……アコウさんの計画通り、運用を継続します。猟師側が未だに対戦カードの変更に踏み切れないのは、彼の戦略を恐れている証拠です。彼らには時間が必要だ。Eさんの底知れなさ、Kさんの真意、そして未だ秘められたアリスの力を探るための時間が。彼らが持つ情報は、守護者側の古びた断片に過ぎない。新戦略を練るための猶予を、こちらから与える必要はありません」

アックは目を細め、ゾアの狂気じみた意図を察した。

「……また『あれ』を使えと言うのか? 我々に休息は必要ないのか?」

ゾアは不敵に笑い飛ばした。

「不要です。息を整えるための時間が必要なのは、あちら側だ。我々ではない」

その時、セシリアが勢いよく身を起こした。高密度のエネルギーの恩恵により、彼女の傷は驚異的な速度で塞がっていた。彼女は冷徹に言い放つ。

「……私の心配は無用よ、アック。すでに意識は鮮明だわ」

セシリアはあえて距離を置き、他人のように振る舞った。裏切り者がここにいるのであれば、アックとの親密な関係を秘匿しておくことこそが、最大の切り札になると理解していたからだ。

行動を開始しようとする一同を見て、アリスは極度の困惑に陥った。

「えっ!? みんな何をするつもり!? まさか、あの空が……また、また始まるの!?」

「――【天国の創造パラダイス・クリエイション】!」

アックは彼女を待たなかった。彼の咆哮が響き渡ると同時に、月日は狂い始めた。天空は凄まじい速度で流れ、色彩はフィルムが焼き切れる寸前の早送りのように激しく入れ替わる。

「まだ寝てもいないのに――!!!」

アリスの絶望的な叫びが響く。夜はまだ半分も過ぎていなかったが、アックの時間加速は、強引に「夜明け」を現出させた。

神霊の重力

戦線の向こう側で、アスタリオンは驚愕に震えていた。彼は狂おしく色を変える空を睨み、歯を剥き出した。

「……向こうには、ゲームの理にこれほど深く干渉できる怪物がいるというのか」

海賊の少女、ヴェスパー・ケインが、こめかみに汗を滴らせながら姿を現した。彼女は戦慄を込めて呟く。

「……ここがゲーム空間であることに感謝すべきね。もし現実世界でこれを行えば、加速による重力が惑星の均衡を粉砕しているわ。あの能力の持ち主……正気じゃないわね」

紳士ABCが彼女の傍らに歩み寄り、ノイズ混じりのラジオボイスを響かせた。

「彼は人類の未来。王の域に達しているのも頷けますな。『奇跡の世代』……突如現れた小僧に冠するには、あまりに狂気的な称号です」

言葉が終わるや否や、空は再び暗転した。すべての猟師が位置につき、新たな惨劇の準備は整った。アスタリオンは、悪魔の火のように紫色の瞳を輝かせ、先導の声を張り上げた。

「……ABCの計画通りに動け。昨夜の安寧を焼き尽くす時が来た」

アスタイルがヴェスパーに向けて水筒を投げようとしたその時、ABCが突如として叫んだ。

「――受け取るな! 時間はまだ加速している!」

ヴェスパーは動きを止め、生存本能に従って後方へ跳躍した。直後、水筒は凄まじい速度と慣性で地面へと叩きつけられ、大地を震わせる爆発を引き起こした。ABCは沈んだ声で説明を加える。

「時間加速の環境下では、人間の意識のみが元の速度を維持し、物質や重力は極めて凶悪なものへと変貌する。わずかな不注意、ありふれた日用品さえもが、人を殺める凶器と化すのだ。……肝に銘じておけ」

アックの能力の真の恐ろしさが、今、かつてないほど鮮明に示された。それは単に空の色を変えるだけではない。適応できぬ者にとっては、一歩一歩が死へと直結する絶望の地なのだ。

加速が止まった瞬間、アックが最初に戦場へと踏み出した。もはや彼は狩られる側ではない。彼は毅然と立ち、猟師たちが潜む闇を見据えて挑発の声を放った。

「――さあ、見せてもらおうか。貴殿の計画をな、ABC!」

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