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天国のあとに残った灰  作者: 霧崎 蒼司


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第102話: 滅亡の律法

ゾアとアスタイルのコンビによる激動と並行して、セオドア側の空気もまた、窒息しそうなほどの緊張感に包まれていた。老里長の対戦相手は、もはや並のNGの少女ではない。彼女は経験豊かなセオドアを完全に圧倒する、超越的な力の源泉をその身に宿していた。この死神とのダンスにおいて、セオドアが縋れるのは、数十年の戦場を潜り抜けて培った反射本能と老獪な機転のみ。一瞬の油断、それが即ち命取りとなる。


戦況を見る限り、セオドアは依然として不屈の精神で持ち堪えていた。しかし、それは刃の上で保たれた危うい均衡に過ぎない。流れる血は刻一刻と増し、天地を揺るがす衝撃の余波で視界は次第に霞んでいく。この老いさらばえた肉体が限界を迎えた時、いかなる惨劇が待ち受けているのか、誰にも予測はできなかった。


しかし、戦いが最高潮に達したその時、誰もが予想だにしなかった転換点が訪れた。それは誰かの勝利によるものではなく、「E」というコードネームを持つ少女の手によってもたらされた。彼女の行動は、プレイヤーのみならず観客全員を驚愕させ、モニターの前の人々を呆然とさせた。


セオドアは濁った目を見開き、目の前に表示されたスコアボードを見て絶句した。

「……一体、何が起きているというのだ?」

こめかみを冷たい汗が伝い、老人の顔には極度の動揺が刻まれている。その狼狽ぶりは、対峙していたNGの少女の手をも止めさせた。彼女は怪訝そうに問う。

「……何かあったの?」

セオドアは虚空を指差し、掠れた声で絞り出した。

「早く……自分のスコアを確認しろ!」


少女は即座にシステムにアクセスした。虚空に個人情報パネルが浮かび上がる。そこには、彼女の真の素性が記されていた。名はロビン、種族はNG。しかし、彼女を愕然とさせたのは名前ではなく、積算ポイントの欄に表示された数字だった。それは「0」という、無慈悲で孤独な数字であった。

「何よ、これ……。どうして、こんなことに……!?」

ロビンはその憤怒をセオドアにぶつけようとしたが、老里長もまた同じ状況にあることに気づいた。これまでのすべての労苦が、一瞬にして露と消えたのだ。


滅亡の律法

その時、虚空に聞き覚えのある影が姿を現した。神秘的なマントを羽織った巨大な傀儡である。全マップに響き渡る無機質な声で、それは新たに追加された「律法」を厳かに宣言した。


『――現時刻を以て、全プレイヤーのスコアを「0」にリセットする。今後、汚染変異体アベレーションの討伐による加点は行われない。代わって、これまでに討伐された怪物は「邪霊」として再誕し、自らを屠った者を追跡する。もし汚染変異体をさらに殺害した場合、一体につきマイナス10ポイントを減点とする』


この常軌を逸したルールに、観客たちはそのあまりの悪辣さに爆笑した。闇の中に立つアコウは、Eの打った手に深い感銘を禁じ得なかった。これは、アスタリオンでさえ気づかなかったルールの盲点ループホールを突いたものだった。


現有の全ポイントを消費して新たなルールを強いることは、文字通りの「全賭け(オールイン)」という博打である。ポイントを使い果たして相手を無力化できなければ、自らが劣勢に立たされる。しかし、Eの方が一枚上手だった。彼女はそれを使い、全員をスタートラインまで引き戻し、それまでの明確な階級差を無に帰したのだ。アコウもまた、終盤でこの切り札を使って勝利を確実にするつもりでいたが、Eは彼より一歩早く、そのカードを序盤で切り捨てた。自分と同じ隙間を見抜いた者がいたことに、アコウの瞳に微かな敬意が掠めた。


今や、ポイントを獲得する唯一の手段は「殺人」のみ。一人殺すごとに10ポイント、そして観客が彼らに投じた賭け金が加算される。ゲームは、画面の向こう側にいる特権階級の機嫌を取るための、血塗られた大虐殺へと公式に変貌を遂げた。


遠く離れた拠点では、かつてアスタイルに襲撃された猟師、ウォルター・グリムショーが狂ったように叫んでいた。

「ふざけるな! 何なんだ、このクソみたいなルールは……!?」

彼の周囲で大地が裂け、かつて彼が屠った汚染変異体たちが膨大な数で這い出してきた。死の包囲網が彼を飲み込んでいく。観客はその光景を見て、溜飲を下げるように嘲笑した。ウォルターは自らの罠に自ら嵌まったのだ。


事前のウォルターの計画は完璧だった。傭兵としての経験を活かして罠を仕掛け、マップ上の怪物の九割を一箇所に誘い込み、他者と交戦することなく膨大なスコアを独占しようとしていた。静かにポイントを稼ぎ、それから守護者ガーディアンどもを掃除するつもりだったのだ。


しかし、Eは一手上を行っていた。彼女は怪物の密度の異常から黒幕がウォルターであることを突き止め、直接対決ではなく、ルールの隙を突いて彼の計画を根底から覆した。今やウォルターは、自らが生み出した怪物の海に溺れようとしている。傑出した能力を持たぬ者にとって、数百の邪霊の爪に引き裂かれる死は避けられない運命だ。Eは老練な猟師を間接的に追い詰め、観客たちの感嘆の視線を一身に集めた。


王たちの帰還

別の場所では、Kもまた、この局面の劇的な転換に驚愕していた。直感が告げていた。この地殻変動を引き起こしたのはEであると。彼は立ち上がり、服の埃を払って呟いた。

「……動いたか。だが、あまり目立つなと言ったはずだ。それでは君の死期を早めるだけだぞ……」

言いかけたKが、突如として言葉を失った。背後から奇妙な黒い影が現れたのだ。Kの目は驚きに見開かれたが、すぐに冷静さを取り戻した。

「……何だ? この出現、偶然であるはずがない。まさか、予期せぬ者たちが独自の計画を孕んでいるというのか?」


場面はアスタイルへと移る。彼が数歩踏み出した時、見覚えのある影がその行く手を阻んだ。しかし、その者は猟師としてではなく、かつての守護者――もはや参加していないはずの者の姿をしていた。

「……何だお前は? なぜここにいる」

アスタイルが眉をひそめる。対峙する者は、聞き慣れた声で答えた。

「猟師側は今や、お前とアスタリオン、ロビン、そしてあの海賊娘だけになったようだな」


アスタイルは歯を食いしばった。

「結局、何をしに戻ってきたんだ。お前には緊急の任務があったはずだろう?」

隠されていた帳が払われ、厳格な面持ちのツバサの顔が露わになった。彼はアスタイルの瞳を真っ直ぐに見据えた。

「……私だと気づかないのか? その眼を持ってしても」

その言葉に、アスタイルの心が微かに揺れた。彼は声を低める。

「……やはり、私を覚えているのか。結局のところ、二度と会いたくないと思われていると思っていたが」


ツバサは目を閉じ、静かに首を振った。

「君の痛みは理解している。起きたことも。だが、この戦いにおいて、誰が間違っているということもない……。ただ、互いを理解するには、まだ早すぎただけなのだ」

直後、深紅のルビーの棘が大地を突き破り、ツバサを拘束しようとした。しかし、彼が一振りすれば、円弧を描く剣筋があらゆる障害を切り裂いた。

「ここはもはや、新兵たちの遊び場ではないぞ、アスタイル。ここは、世界最高峰に肉薄する実体たちが集う軍勢の地となるのだ」


森の反対側では、アスタリオンの召喚した怪物の群れを掃討したばかりの、逞しい後ろ姿が現れた。それは守護者側の空白を埋めるために戻ってきたアックだった。


増強されたのは守護者側だけではない。遥か天空では、真っ白な双翼が広がり、広大な空を覆い尽くしていた。白きバハムートは冷徹な眼差しで戦場を見下ろした。

「……どうやら、ここは骨の折れる戦場になりそうだな」

この突如たる戦力の追加に、アコウは姿勢を正し、食い入るようにモニターを見つめた。

「……まさに貴方が書き上げた脚本通りですね、ブラックウィングスのリーダーさん」


支配者たちの駒

人間狩りのゲームは、今や未来の王たちによる血塗られた決戦へと変貌した。ブラックウィングスのリーダーは、恐るべき先見の明を示していた。市川を引き入れることには失敗したが、スカイストライカーの手に強力な駒が落ちることを阻止したのだ。彼は新人大会を、世界最強の継承者たちの展示場へと変えてみせた。


老獪な資金交渉により、このリーダーは強欲な主催者からゲームの株式の50%を買い取っていた。そして即座に、観客席の価格を非現実的なまでに跳ね上げた。当初、世間は彼を「相場知らず」と罵った。しかし、世界屈指の名だたる者たちが次々と現れるや、人々は席を求めて狂ったように金を注ぎ込んだ。富は滝のように彼の懐へと流れ込んでいる。


だが、金は副産物に過ぎない。彼の真の目的は、アコウと共にゾアを「ヨハネの黙示録の四騎士――戦争」へと変貌させることだ。ゾアを死から守るため、彼は全員が自らの限界を超えざるを得ない舞台を作り上げた。大物たちの現存は圧力を幾倍にも増大させ、参加者たちに「進化」か「圧殺」かの二択を迫る。


変乱はまだ止まらない。寂寥とした崖の上で、空間が突如として大きく穿たれた。あたかも見えない刃で切り取られたかのように。その虚空から歩み出たのは、仕立ての良いスーツに身を包み、シルクハットを被った優雅な紳士だった。その顔は、紅く発光する両眼を持つ奇妙な仮面に隠されている。


見知らぬ男から、古いラジオのノイズのような声が響いた。

『――国家規模の戦いが、今まさにこの地で始まろうとしている……。これほど偉大な出来事、到底見逃すことなどできませんね』


舞台は整った。最後の駒が位置についた。血は再び流れ、敗北者の灰の中から新たな王たちが鍛え上げられることになるだろう。

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