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天国のあとに残った灰  作者: 霧崎 蒼司


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第100話: 存在するすべてに意味がある

「大切な人たちを守るためなら……彼らを脅かす者は、誰であろうと殺す」


アスタイルの声が低く沈んだ。

彼は顔を上げ、鋭利な刃物のような冷徹な眼差しをゾアへと突き立てた。その瞳に、以前のような混乱の色はない。静まり返り……それでいて、周囲の空気を圧搾するほどに重苦しい。


ゾアは一瞬、息を呑んだ。

一筋の汗がこめかみを伝い落ちる。その瞳にわずかな動揺が走った。それは恐怖からではない――目の前の男が何者なのか、もはや確信が持てなくなったからだ。アスタイルから放たれる気質の変容は、あまりに突如として、あまりに徹底していた。


観測モニターの向こう側で、アコウも即座にそれを察知した。

気圧が変わったのだ。

おそらく……現在のアスタイルの力は、先ほどまでとは完全に別次元にある。

アスタリオンと肩を並べるに足る者。

唯一、白きバハムートのみを畏怖する者。

守護者側最強の男を、自ら指名して挑みかかる者。

そのような存在が……凡庸であるはずがない。


ゾアは剣の柄を強く握りしめた。半歩退き、重心を低く落として防御の構えをとる。

その刹那、アスタイルは静かに手を伸ばし、一定の距離を保ったままゾアを指差した。


ゾアは直ちに警戒を強め、周囲に視線を走らせる。接近の気配はない。直接的な動きもない。

だが、本能が警告を叫んでいた。


そして、それは起きた。

赤く燃え盛るような、鋭利なルビーの塊が、アスタイルの差し出した腕の周囲に突如として浮遊した。それらは空中で静かに回転し、あたかも銃身に装填された弾丸のように、放たれる瞬間を待っている。


ほんの一瞬の静寂の後――

――シュッ!


一発目のルビーが驚異的な速度で射出された。

ゾアが身動きをとる間もなく、それは彼の脹脛ふくらはぎを貫通し、背後の地面に深く突き刺さった。その弾道は空中に紅い光の軌跡を残し、着弾と同時に激しい爆発を引き起こした。


ドォォォン!


爆弾が直撃したかのように大地が跳ね上がる。

血飛沫が舞った。

ゾアは苦痛に顔を歪め、片膝を突いた。瞳孔を収縮させ、貫通した傷口を凝視する。

あの攻撃は……彼の高次エネルギーで強化された筋肉と肉体を、容易く食い破ったのだ。

それが意味することは、ただ一つ。

今のアスタイルは、以前とは比較にならないほど強くなっている。


「くそっ……このままでは……」

ゾアは歯を食いしばり、苦痛で声を掠れさせた。

だが、言葉を紡ぎ終える暇さえなかった。


シュッ!

二発目のルビーが放たれた。

今度は、頭部を正確に狙っている。

ゾアは間一髪で頭を逸らした。弾丸はこめかみを掠め、細い切り傷を残す。ルビーが空気を引き裂いた軌道に沿って、鮮血が即座に噴き出した。

あと数センチ――それだけで、彼の頭部は撃ち抜かれていただろう。


「再生が……できない……」

ゾアは即座に異変を察知した。

傷口が、いつも通りに塞がらないのだ。

周知の通り、高次エネルギーの格差が存在する場合、回復の効率は著しく低下する。だが今回は、単なる減退ではない。

格差が……あまりに大きすぎるのだ。


ゾアは強引に「完全回復」を起動させようとしたが、フィードバックされる感覚は絶望的なほどに鈍い。まるでエネルギーの流れが握り潰され、循環を拒まれているかのようだった。

傷は一向に塞がらない。

立ち上がることさえ叶わなかった。

足を射抜かれたことで、彼は機動力のすべてを奪われたのだ。


アスタイルが弾かれたように突進した。

その姿が瞬きする間にゾアの傍らに現れ、ゾアの背筋に戦慄が走った。二人の距離は、心臓……あるいは脳に、ただ軽く触れるだけで事足りるほどに近い。

戦いが、終わろうとしていた。


ゾアは即座に残った足で地面を蹴り、距離を置こうと跳躍した。

だが、無駄だった。

アスタイルに接近の必要などない。

この射程内であれば……彼はいつでも能力を起動できる。


ゾアが宙に浮いたその瞬間、彼の足の内側から突如としてルビーの塊が突き出した。皮膚を突き破り、その肉体をくさびのように固定する。

ゾアは空中で釘付けにされた。

身動きが取れない。

そしてその直後――。

アスタイルが再び、彼の目の前に現れた。

逃げ道など、どこにも残されてはいなかった。


しかし、その時だった。

アスタイルが動きを止めた。

ゾアの心臓へ伸ばしかけたその手が、宙で静止する。


彼はゾアを殺さなかった。

代わりに、静かに口を開いた。


「どうやら……君は僕や僕の家族について、何も知らないようだな」

その声には、先ほどまでの冷酷さは消えていた。

「君は一度も、彼らが死んだとは言わなかった」

「……少し、短気になりすぎたかもしれないな」


ゾアは呆然とした。

何が起きているのか、全く理解が追いつかない。

たとえアスタイルの家族について何も口にしていないとしても、彼らはこの「遊戯」における敵同士だ。アスタイルが命を救う理由など、どこにもないはずだ。


その思考を読み取ったかのように、アスタイルが呟いた。

「なぜ殺さないのか、不思議に思っている顔だね」

彼はゾアに顔を向けた。

「たとえ君が、敵対する側に立っていたとしても」


短い沈黙が流れる。


「……君の兄さんが、かつて僕の大切な人を救ってくれたからだ」

ゾアは言葉を失った。


「そして、奇妙な巡り合わせだね……彼は、今ここにいる」

「君の物語を、僕に語ってくれたのは彼だよ」


観測モニターの向こう側で、アコウが突如として立ち上がった。

瞳が大きく見開かれる。


「ずいぶん長い間……会っていなかったな」

アスタイルの声が低く沈む。

「以前……あの森で、彼は『青い炎』を使って僕を救ってくれた」

「そして、僕に本当に『友達』がいるのだと、皆に信じさせてくれたのも彼だ」


アコウは即座にモニターの音量を上げた。

一文字たりとも聞き漏らさないように。


「あそこの連中は皆、僕を狂人扱いしていた」

「精神に異常をきたしている……虚無を相手に一人遊びをしているんだとね」

アスタイルの声が柔らかくなった。

「だが、僕の家族は違った」

「彼女の姿は見えなくとも……彼らは彼女を受け入れてくれたんだ」


アコウの頭の中で、情報の断片が繋がり始める。

「そして、君の兄さんが現れた時……」

アスタイルの瞳が微かに揺れた。

「彼はあの暗い森の中で、青い炎を灯してくれた」

「あの場所にいたすべての人々が……彼女の姿を視認できるように」


語り終えると、アスタイルは背を向けた。

もはやゾアを見ることはない。

ただ、最後の言葉だけを残して。


「次に出会うのが……僕でなかったとしたら」

「君を守ってくれる者は、誰もいないだろう」

彼は足を止める。

「兄さんにいつまでも守られてばかりいるな」

「自らの足で立て」

「……ゾア・ヴァイレリオン」


ゾアは立ち尽くした。

自分の名を名乗った覚えはない。

だがアスタイルは……どういうわけか……それを知っていた。


アコウは素早く目の前のノートPCを開き直した。指先が鍵盤の上を絶え間なく滑り、アーカイブから古い任務データが次々と引き出されていく。彼は、忘れ去られていたはずの記録――アスタイルという名に関連するすべてのファイルに深く潜り込んでいった。


窓の外は夜の帳がすべてを覆い尽くしている。暗い部屋の中で、唯一の光源はディスプレイから放たれる淡い青い光。それがアコウの顔を照らし、瞬きさえ忘れた熱狂的な瞳を際立たせていた。


膨大なデータが目の前を通り過ぎていく。

そして、突如として――。

「見つけた……」

アコウが低く呟いた。


古いファイルが開かれる。そこから、アスタイルの過去がかつてないほど鮮明に浮かび上がってきた。


世界から「狂人」の烙印を押された一人の人間。

だが、その真実は……全く異なるものだった。


アスタイルは孤独の中に生まれたわけではない。

彼はごく普通の家庭で、穏やかで小さな町に育った。素朴だが温かな子供時代。愛情に飢えることも、見捨てられることもなかった。

むしろ――幼い頃のアスタイルは、非の打ち所がないほど快活な子供だった。


彼はよく喋った。

よく笑った。

体内に無限のエネルギーを秘めているかのように、常にどこかを駆け回っていた。

町の住人は皆、彼のことを知っていた。

人懐っこく、手伝いも厭わない。突拍子もない無邪気な話で、いつも周囲を笑わせてくれる少年。大人は彼が通りかかるたびに頭を撫で、商店の主は時折、こっそりと小さなお菓子を握らせてくれた。

アスタイルは、その場所で最も愛されていた子供だったのだ。


あの日が来るまでは。


ある、いつもと変わらぬ穏やかな午後。

アスタイルは自室の窓辺に立ち、家の前の細い道を見つめていた。

そこで彼は、彼女を見つけた。


自分と同じくらいの年齢の少女が、木の柵の外に静かに立っていた。髪が風に揺れている。透き通った瞳で家を見つめている。

その瞬間、アスタイルの心臓は大きく鳴った。

これほどまでに……美しい人を見たことがなかった。


一秒の躊躇もなく、彼は家を飛び出した。

「やあ!」

アスタイルは満面の笑みで少女の前に立った。

「君、名前は何ていうの?」


少女はしばらく彼を見つめていた。その瞳にはわずかな驚きが浮かんでいたが、やがて、彼女は答えた。

二人の子供は、すぐに打ち解けた。

アスタイルはいつものように喋り続けた。

町のこと、知っている人々のこと、面白い場所のこと。自分の小さな世界を自慢するように、弾んだ声で語った。

それに対し、少女は正反対だった。

不愛想で、口数が少ない。アスタイルがあまりに喋りすぎると、時折眉をひそめることさえあった。

だが不思議なことに……彼女は常に彼についてきた。


日を追うごとに、二人は共に過ごすようになった。町の小路、丘の上の草原、家の裏の小さな森。

アスタイルが語り、

彼女が聴く。

些細なことで言い争うこともあったが、

最後には、共に笑った。

次第に、二人の間には目に見えない絆が形作られていった。

稚拙だが……決して引き剥がすことのできない、強固な友情。


ある時、アスタイルはいつものパン屋へ走っていった。

店主はいつも、彼にいくつかのおまけをくれた。

「おじさん、二つちょうだい!」

アスタイルは明るく言った。

だが、店主の手が止まった。

「……二つ、だと?」


アスタイルは頷き、隣を指差した。

「うん! 一つは僕ので、もう一つは友達の分!」


店主は、彼が指差した先を見た。

だが……そこには誰もいない。

店主の眼差しが、ゆっくりと変わった。

静かな、そして深い懸念がそこにはあった。

「……お前、もしかして少し心が病んでいるんじゃないか」

彼は声を潜めて言った。

「家族に相談した方がいい」


アスタイルの表情が一変した。

彼は激昂した。

パン屋の真ん中で二人は激しく言い争い、最後にはアスタイルが店を飛び出した。

彼は走り続けた。町の外れにある荒れ地に着くまで。地面に座り込み、肩で息をしながら拳を固めた。


少女は彼の隣に腰を下ろした。

長い沈黙の後、彼女は静かに言った。

「……たぶん、あの人たちの言う通りだよ」

アスタイルは勢いよく振り向いた。

「どういう意味だよ!」


彼女はうなだれた。

「私、自分の家がどこか思い出せないの」

「お父さんも、お母さんも」

「どこから来たのかも」

声が小さくなっていく。

「たぶん……私、本当は存在してないのかも」


アスタイルは即座に否定した。

「そんなわけない!」

彼は間髪入れずに言い放った。

「この世界には、家がない人だっていっぱいいる!」

「家族がいないからって、存在してないなんてことにはならない!」


少女は彼を見た。

長い間。

そして、小さく吹き出した。

二人はまた、そこで長い時間語り合った。

外の世界のことなど……もはやどうでもよかった。


だが、町へ戻ると――すべてが変わっていた。

他の子供たちが、あの話を聞きつけていたのだ。


「狂い坊主!」

「頭がおかしいぞ!」

「透明人間と喋ってる自閉症だ!」


嘲笑が至る所から響いた。

石が投げられた。

泥が。

拾ったゴミが。


しかし奇妙なことに――。

アスタイルは、自分を庇おうとはしなかった。

彼は何もない空間の前に立ちはだかった。

両腕を広げて。

誰にも見えない「誰か」を、守るように。


他の子供たちにとって、その光景はさらなる嘲笑の的にすぎなかった。

だが、町の大人たちは沈黙した。

彼らはアスタイルの瞳の中に、明白な事実を見ていた。

彼は、振る舞っているのではない。

空想しているのではない。

演じているのではない。

彼は、本気でその見えない友人を慈しんでいるのだ。


かつて最も愛されていた子供は、

今や町で最も侮蔑される子供となった。

友人は去り、背後での囁きは日に日に増していった。

だが、アスタイルは気に留めなかった。

以前と同じように走り回り、

語り、

笑い、

菓子を分け合った。

ただ、彼の傍らに立つのは――

他には誰も見ることのできない、彼女だけだった。


やがてある日、人類の記録に一つの特別な任務が記された。

未確認の能力者であり、世界の均衡を直接揺るがしかねない潜在能力を持つ者がいる、と。

女王が未来から視た予兆によれば、もしその者が適切に保護・教育されなければ……一人の「狂戦士ベルセルク」が誕生する。

理性を完全に喪失した生物。

純粋な破壊の権化。

それが起きれば、ただ一人の人間の存在によって、NGと人類の戦争が勃発しかねない。


ゆえに、双方が動き出した。

目的は抹殺ではない。

その者を先に見つけ出し、自陣に引き入れ、教育し、制御し……最悪の未来を阻止すること。


その遠征において、ゾアの兄が情報収集のために先行して派遣された。

彼はその小さな町――目標に関連があるとされる場所へと辿り着いた。

だが、彼が最初に目にしたのは……。

恐るべき力を秘めた怪物ではなかった。

道端でいじめられている、一人の子供だった。


十数人の子供に囲まれ、嘲笑が絶え間なく浴びせられる。

「おい、狂人!」

「見ろよ、また空気に喋りかけてるぞ!」

「お前の空想の彼女はどこへ行ったんだよ!」


土石が投げ込まれる。

突き飛ばされ、蹴られる。

その輪の中で、アスタイルは地面に倒れ伏していた。


だが、ゾアの兄の足を止めたのは……。

彼が暴行を受けていた事実ではない。

その「行動」だった。


アスタイルは頭を抱えなかった。

顔を覆わなかった。

自分を守ろうとはしなかった。

彼は両腕を前方に広げ、

何もない空間を庇っていた。

まるで……背後に立っている誰かを守っているかのように。


たとえその者が、

誰の目にも映っていなかったとしても。


そして最も不可解だったのは――。

アスタイルが、微笑んでいたことだ。

背後の虚空へ向かって、友人を安心させるように何かを語りかけていた。

純粋な、微笑み。

偽りも、虚勢もない。

その瞳の輝きは……ゾアの兄を立ち尽くさせるほどに強烈だった。


それは狂人の目ではない。

誰かを、心の底から慈しんでいる者の目だ。


あの日、ゾアの兄は歩み寄った。

そしてその瞬間から……アスタイルの人生は再び変転した。


彼はアスタイルと友人になった。

任務のためではない。

疑念のためでもない。

ただ単純に、この奇妙な少年を理解したいと願ったからだ。

アスタイルはすぐに心を開いた。

いつものように饒舌に語り始めた。

だが、今回は一つだけ違っていた。

少女が何かを言うたびに、アスタイルはそれを彼に伝えた。


「彼女、あなたのこと信頼できそうだって」

「暗いところは怖くないかって聞いてるよ」

「町の人たちより、あなたの方がずっと格好いいって」


アスタイルはそう伝えるたびに、満面の笑みを浮かべた。

そして人生で初めて……。

自分を否定しない他者が現れた。


ゾアの兄はただ微笑み、答えた。

「そうか。会えて嬉しいと、彼女に伝えてくれ」


アスタイルは一瞬、呆然とした。

そして、その瞳に光が宿った。

目が眩むほどに鮮烈な光。

彼は傍らの虚空を振り向いた。

「聴いたかい!? 彼は、会えて嬉しいって言ってくれたよ!」


その瞬間……。

アスタイルは泣き出しそうなほどに幸福そうだった。

ようやく……。

ようやく、自分を信じてくれる人が現れたのだ。

自分の友人が、本当に存在しているのだと。

たとえ、その姿が見えなくとも。


だが……。

惨劇は訪れた。


ある日、アスタイルの両親は町を去ることを決めた。

より生活環境の整った「白亜の王国」への移住だ。

しかし、問題があった。

家族の記録に精神疾患を患う者がいれば……許可が降りる確率はほぼゼロに等しい。

だから、彼らは決断した。

想像を絶するほど残酷な決断を。


彼らはアスタイルを捨てたのだ。


あの日、アスタイルは彼らを乗せて走り去る車を追いかけた。

泣き叫びながら、必死に走った。

「行かないで!」

「いい子にするから!」

「もう彼女とは喋らないから!」

「お願いだ……僕を置いていかないで!」


だが、車は止まらなかった。

父親が振り返った。

その眼差しは氷のように冷たかった。

そして、彼は一言、言い放った。

子供の心にナイフを突き立てるような、残酷な言葉を。


「……その狂った女の幽霊と一緒に行ってしまえ」


車は去った。

土煙の舞う道に、アスタイルは立ち尽くした。

主を失った家は……。

もぬけの殻だった。

家具もなく。

家族もなく。

誰もいない。

ただ彼と、透明な少女だけ。


彼女は静かに、彼の隣に座った。

長い時間の後、彼女は言った。

「……たぶん、私が消えるべきなんだよ」


アスタイルが顔を上げた。

「私が消えれば……」

「あなたは家族の元に戻れるかもしれない」


だが、アスタイルは首を振った。

涙が飛び散るほど、激しく。

「嫌だ!」

「君は僕の友達だ!」

「誰も消えちゃいけないんだ!」


そして……彼は彼女の手を取った。

二人は町の外れにある「黒い森」へと歩みを進めた。

住民たちが「呪われた森」と呼ぶ場所。

そこには恐るべき何かが棲んでいると噂されていた。

一度足を踏み入れれば……。

無残な死を迎える。

白亜の王国の精鋭衛兵団――強力な能力者たち――でさえ、かつて挑み、

そして誰一人として生還しなかった場所。


だが、アスタイルは進んだ。

少女と共に。

外の世界が自分たちを拒むのなら……。

この場所に留まればいい。

二人で。

最期の瞬間まで。


二人の子供は、暗い森の奥深く、巨大な古木の下に腰を下ろした。

闇は深く、沈殿している。

一条の光さえ差さない。

だが、彼らは寄り添って座っていた。

いつものように。


その知らせはすぐにゾアの兄の耳に届いた。

彼は一秒の躊躇もなかった。

すぐさま森へと飛び込んだ。

町の住人たちの制止を振り切って。

「行くな!」

「あそこから生きて戻った奴はいないんだ!」


だが、彼は止まらなかった。

アスタイルを信じていたからだ。

あの少年の眼差しを、知っていたからだ。

あれは狂人の目ではない。

自分よりも友を慈しむ者の目だ。

そして、彼は知っていた。

人をそこまで想える者が……。

未来の怪物になどなるはずがない。


そして、その瞬間は訪れた。


黒い森が、燃え上がった。

深い深い闇の中、一条の青い炎が爆発的に燃え上がり、夜の帳を彗星のごとく引き裂いた。その光は森全体へと伝播し、古木の合間を縫い、腐りかけた倒木や、かつて光の届かなかった濃密な霧を照らし出した。


ゾアの兄は森の中央に立ち、その手に青い炎を宿していた。

その光は単に闇を払うだけではない。

町の人々が長年目を背け続けてきた「真実」を、白日の下に晒したのだ。


火光が森の最深部、あの古木を照らし出した時――。

その場にいた全員が、息を呑んだ。


そこに……。

アスタイルが座っていた。

混乱もなく。

恐怖もなく。

死の呪いなどという噂に怯える様子もない。

それどころか――。

彼は、微笑んでいた。

異様なほどに穏やかな微笑みだ。


大樹に背を預け、枯れ葉の積もる地面に足を投げ出している。ちらつく青い炎の下、彼の顔は安らかに満ち足りていた……あたかも、ここが世界で最も安全な家であるかのように。


そして、彼の掌は……。

別の手を、握りしめていた。


だが、光がより鮮明にその姿を浮き彫りにした時――。

人々は初めて、その正体を知った。


アスタイルの傍らにいたのは、彼が語り続けていたような生気ある少女ではなかった。

それは、白骨死体だった。

時の流れに朽ち果て、皮が骨に張り付いた亡骸。だがその身には、古い、しかし丁寧に整えられた衣服が纏わされていた。

素朴なワンピース。

細部まで、

色合いまで、

アスタイルがかつて描写した通りの、彼女の服。

一分の狂いもない……その姿。


その瞬間、森は静寂に包まれた。

ゾアの兄の後を追ってきた住人たちは、喉元で息を詰まらせ、立ち尽くした。


これまで、ずっと――。

彼らはアスタイルを狂っていると思っていた。

虚無に語りかけているのだと思っていた。

だが、今……。

真実が目の前にあった。


その少女は、かつて実在していたのだ。

そして、それだけではない――。


二人の子供の背後に、巨大な影が音もなく姿を現した。

記憶と怨念の欠片を繋ぎ合わせたような、輪郭の曖昧な異形の巨体。それは咆哮せず、襲いかかることもない。

ただ、そこに立っていた。

一人の衛兵のように。


古の「呪霊」。

この森そのものが畏怖し続けてきた、あの存在。

白亜の王国の精鋭たちを屠った、あの怪物。

だが今――。

それはただ静かに、アスタイルの背後を守護していた。

大樹の下に座る二人の子供を、何者にも侵させぬように。


死の森の中心に存在する、異様なまでの平穏。


アスタイルはまだ、少女の手を握りしめて座っていた。

彼は少女に何かを囁き、そして小さく吹き出した。

彼は、本当に幸福そうだった。

自らの中の小さな世界で。


そして他ならぬゾアの兄こそが……。

その光景を、皆が直視できるように照らし出したのだ。

人々が否定し続けてきた真実を。


アスタイルは決して狂ってなどいなかった。

少女は空想ではなかった。

彼女はずっと以前に亡くなっていたが、

彼らの背後に立つもの――。

あの呪霊こそが――。

女王が未来に見た、あの巨大な力だったのだ。

狂戦士ベルセルクへと成り代わる可能性。

世界を戦争へと引きずり込む災厄。


背後の群衆は、言葉を失った。

誰一人として、声を出すことができなかった。


その時、町の長老が震える手で持参していた古い資料を広げた。

ページを捲り、

失踪者の記録を、

古びた報告書を辿る。

そして、一枚の紙で指が止まった。


そこには一人の少女の写真があった。

満開の微笑み。

透き通るような瞳。

風に舞う髪。


長老は顔を上げ、アスタイルを見……そして写真を見直した。

彼の顔から血の気が引いていく。

なぜなら、写真の中の少女は……。

アスタイルが長年描写し続けてきた「友人」と、寸分違わず一致していたからだ。

一箇所として、細部に至るまで矛盾はなかった。


重苦しい沈黙が森を支配した。

そこへ、ゾアの兄が一歩踏み出した。

手に宿る青い炎が微かに揺らめく。

彼はアスタイルを見た。

そして背後の巨大な呪霊を。

その眼差しを深く沈め、静かに、だがはっきりとした声で告げた。


「……どうやら」

「ここにあるポテンシャルは、一つだけではないようだな」


彼は顔を上げ、青い炎をその瞳に映した。

そして、その場にいるすべての人々に言い聞かせるように、ゆっくりと語り始めた。


「……風に吹かれるだけの砂粒になるために生まれてくる者など、誰一人としていない」

「どんな存在であれ……そこには必ず、意味があるんだ」


彼は、少女の手を握り安らかな笑みを浮かべるアスタイルを見つめた。


「……ただ、時として」

「僕たちが、それを見つけられないだけで」

このキャラクターは今後とても重要な人物になるため、過去については少し丁寧に描いています。最初から読んでくださっている方は、人類の力がかなり優勢に見えていたかもしれません。ですが、ここから先、さまざまな真実が少しずつ明かされていきます。そして同時に、NGの力もこれまで以上にはっきりと描かれていくことになります。


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