和平会議の始まり
ある日、幸太郎は王宮への出頭を命じられた。
男爵の位を王女殿下より賜った幸太郎はイリス王家の臣下なので素直に、いや渋々従い王城へ参上した。
「ということで幸太郎様には和平会議の代表として魔族との会合に出席していただくことになりました」
謁見の間に向かってエリザベスにあった幸太郎は挨拶から始まりさまざまな報告や相談を経てしまいにそんなことを言われた。
「いやいや、ちょっと待ってください王女殿下。なぜ私が?」
「嫌だわ幸太郎様。エリザベスとお呼びください」
「いや、一応私はこの国の男爵、つまりはイリス王家ひいては王女殿下の臣下なのでそういうわけには…じゃなくて私のような最下位の貴族が和平の使者になったら色々マズイのではないでしょうか」
幸太郎はそんな大役真っ平ごめんであった。
だからそれらしい理由で断ろうとした。
「あら?ということは新しい爵位の授与の件受けていただけると?」
「あ、いえ、そういうわけでは…」
しかしそうやって面倒ごとを断ろうとすると、エリザベスは即座に男爵位以上の爵位の授与をチラつかせてくる。
エリザベスは幸太郎を貴族の最高位たる公爵にすることを諦めてはいなかった。
イリス王国において公爵の地位を持つ者は王家に連なる血統を持つか王家に次ぐ領地や経済力を持つものに限られる。
幸太郎に国を導いてもらいたいエリザベスにとって幸太郎を公爵位にすることは重要事項だが、幸太郎にとっては面倒ごとの一つだ。
それはエリザベスも理解しており、エリザベスはそれを巧みに利用して幸太郎を動かしている。
幸太郎もそれを自覚しているが、所詮ただの一般人であった幸太郎が、陰謀渦巻く王宮で育ったエリザベスに弁舌や政治で叶うはずなく、断りきれなくなってつい面倒ごとを受けてしまうのが最近の流れであった。
(あああ、やっぱり爵位をもらったのは失敗だったかも…ただ安定した拠点が欲しかっただけなのにどうしてこうなった)
とはいえ、魔族との和平が難航した理由の一端は幸太郎にもあることを自覚している。
意図しないとはいえフェリアが行方不明となり王家に混乱をもたらした張本人なのだから。
それを幸太郎は悔いており、だから和平の使者として少しでも罪滅ぼしをするしか道はないと内心では理解している。
「では幸太郎様には是非イリス王国貴族の一員としての義務を果たしてくださることを期待しておりますわ。もちろん私も将来の旦那様のために精一杯支援しますので」
「ええ…」
ただそれでも面倒なことは面倒だった。
特にエリザベスは事あるごとに幸太郎の婚約者を自称している。幸太郎はその度に反論しようとするが、下手に反論すると手痛い政治的な反撃を食らうので、最近は否定できなくなっている。
勿論本当に嫌なら話は別だが、エリザベスは幸太郎的には政治的なしがらみがなければ悪い相手ではなかったのが難しさに拍車をかけていた。
そして背後で膨れ上がる嫌な気配も。
ここ謁見の間にはエリザベスを守る衛兵は勿論、補佐する貴族や官僚も多数同席している。だが誰もエリザベスのセリフにツッコミを入れるものはいない。たとえ内心で何を思っていようとも。
ただ膨れ上がる気配は貴族たちも無視できない。幸いなのはそれが向けられているのが彼らではないため、貴族たちは気配に導かれてヒソヒソとした声で彼女を話題にする。
「久方ぶりに表舞台に出てこられたな」
「あれが噂の妖精姫様か」
「なんと美しい」
幸太郎の感じた嫌な気配の発信源は幸太郎の護衛として同席していたエルであった。
エルは華美なドレスに身を包み、これまた優美な弓と矢を持ち謁見の間に佇んでいる。
本来、この場は衛兵以外は武装を許されていない。しかしエルの正体はこの国の生きた伝説である妖精姫フェリアであり、この国のすべてを超越した存在に武装を解けと言えるものはいなかった。
貴族たちの視線も意に介さず泰然とする様はまるで美の彫刻を思わせるそれ。
しかしいざとなれば神速で矢を引いて幸太郎を援護出来る位置を常にキープしている。
そんなフェリアは苛立ちにも嫉妬にも似た気配をエリザベスと幸太郎に向けて発している。
(うう…存在感が増して以前よりも注目されるようになったな…何故か威圧感が尋常じゃないし…エリザベスのセリフが原因だよねコレ)
幸太郎は元々スナイパーエルフだったエルをフェリアとして再召喚した。
妖精姫フェリア
ビーイング
アタック700
ディフェンス700
マナコスト8
妖精姫フェリアが場に出された時、スナイパーエルフ600/200を場に出す。スナイパーエルフが場にある間、妖精姫フェリアは攻撃できない。
結果として、エルは妖精姫としての本来の実力を取り戻した。お陰でエルの感情が揺れるたびに、周囲には気品溢れるオーラとか戦士としての威圧感とかカリスマとかそんな見えない空気の力みたいなものが周囲に放たれるようになった。
エルが妖精姫フェリアであることを疑う貴族はいない。ただ以前は貴族ですら滅多にお目にかかれる存在ではなかった。
フェリアは滅多に後宮をでなかったからだが、今は常に幸太郎のそばに付き従っている。そしてエリザベスは幸太郎に対してあからさますぎるくらい優遇を行なっている。
それら全ては、幸太郎がイリス王家が待ち望んだ真の王であることを示している。
(((なんとかして幸太郎様と繋がりを!)))
それが貴族たちの共通の願いであった。
しかし現王家も簡単に無視できる存在ではない。真の王を迎え入れるまで、国体を維持して来た実績は無視できないからだ。
貴族たちは王家、というよりエリザベスも敵に回したくない。下手に幸太郎に色目を使えばエリザベスを敵に回すことを重々承知している。
だがそれでも真の王の妾にでもなれば将来は約束されたようなもの。だからあからさまではないものの、親交を深めたいという理由で、娘を合わせようと常日頃から陰謀を張り巡らせていた。そして幸太郎は逃げていた。
そうでなくても覚えをよくしてもらうため、知り合いになる機会を虎視眈々と狙っている。幸太郎はひたすら逃げていた。
そんな状況だった。
だから、
「なので、他にも幸太郎様の補佐として貴族の何人かも同行させますので」
エリザベスがその台詞を言った途端、謁見の間は一瞬の間に静まり返った。
(((チャンス来た!)))
それは和平会議の使者の座を巡る貴族たちによる苛烈な政争の幕が開けた瞬間だった。
「……」
「ふふ」
「……」
エルはエリザベスを静かに見つめている。矢に手をそっと添えたまま。
エリザベスは微かに笑みを浮かべている。
貴族や官僚たちは不気味に沈黙している。
それらすべての間に立たされた幸太郎だけが背中から嫌な汗をだらだらと流していた。
(どうしてこうなったし!)




