露骨な悪意を飲み込む影
イリス王国の王都は城壁に囲まれた城塞都市の様相を呈している。
それは危険な魔物の蔓延るこの世界では典型的な都市の形であった。
何故そうなっているのか?
それはこの世界は人を害する存在が溢れているためであった。
その為にある程度の規模の街や村は外敵の侵入を阻むための壁を建設する。
それ故に何重にも囲まれた城塞の奥は外敵から守られているというその安全性によって高い価値がついており、貴族や豪商が住まう高級住宅街となっている。
逆に安全ではない郊外ほど価値は下がり、そこに住むのは金のない平民が多くなる市街地の様相を呈している。
この平民が住まう市街地までが、王都であると法律で規定されている。
だが壁を築くということは必然的に都市の広さを決めることになる。
そして人は容易に増えるが壁は容易に増やせない。
すると人々は城壁の外にも溢れ出す。
そこは外町と呼ばれている。
城壁の外であるそこは人々の外敵たる魔物の侵入を簡単に許す。
つまりは危険であり、そのぶん物価も安い。
なのでそこは住むのは殆どが貧民であった。
そんなわけで外町は魔物の危険に常に晒されている。
だが、王都の守りたる王国軍は外町に干渉することはあまり無い。
なぜなら法律で王都は城壁に囲まれた区画と定義されている。
外町は王都ではなく、王都の守護を任務とする王国軍王都守備隊には、王都でない外町を守る義務はないからだ。
故に貧民街に魔物が入り込んだからと言って王国軍によって積極的に駆除や討伐は行われない。
例外は大型魔獣が住み着くなど、放置することが流通に影響を及ぼし、王都にも影響しうるようなことが予想される事態のみ。
つまり、外町は王国軍の目が届かない他の地方村と大して変わらない状態であった。
いや、人の数は少ないが、それ故に団結し鍛え上げられた地方集落の人々に比べたら、王都で失敗し貧困層となり外町へと落とされた人々は、人の数こそ多いが団結することなく日々の暮らしをどう凌ぐかで精一杯であり、より状況は地方集落より酷いともいえた。
それは魔物を排除することが生業の一つである冒険者に対する一定の需要が外町にはあることを意味していた。
「この世界はつくづく、生きるのに厳しい世界だ」
そう愚痴のように呟くのは、依頼を受けて外町にやってきた幸太郎であった。
そばにはリズも付いてきていた。
ちなみにエルは城でやることがあるために別行動中であった。
幸太郎がそう呟いたのはリズから依頼についてのあらましを聞いたからである。
その依頼とは下町に住み着いたと思われる夜行性の魔物の調査と可能であれば排除。
依頼主は外町で慈善事業を行なっている教会の神父だ。
「まあだからこそ私たちの仕事もあるんだけどね。でもなんで幸太郎まで付いてくるの?貴族になったんだし、冒険者稼業なんてやる必要ないような…」
「それ言ったらリズだって別に必要なくない?旅を続けるだけならお金の工面くらいするよ?」
「いや、流石に私の食い扶持くらいは自分で稼ぐわよ…」
「ああ、なるほど」
確かに幸太郎の師匠たるリズが弟子のお金で生活するのは肩身がせまいどころの話ではないだろう。
ある程度のプライドを持つ人間なら御免被る事態なのは幸太郎にもよく理解できた。
「リズの言う通り確かにお金はいらなくなりつつあるんだけどね。屋敷でじっとしているってのも予想以上に退屈で…」
幸太郎がこの世界に来た結果としてよかったと思うことの一つに、労働から解放されたことがある。
それまでは日々時間に追われるような生活をしていたから、「宝くじ当てて自由を満喫できないかな」という漠然とした願いを持ってた。
「そしたらリザレのカード買い占めるのに」と思っている時点で、宝くじ当てても散財することは目に見えていたが。
「そんなわけでたまには依頼をこなしたいです」
幸太郎は冒険者でもあった。
元々この世界での生活基盤として始めた職業であり、マルゴッドの街の事件を経てミスリルまで上り詰めた。
その後も修行の合間にちょくちょくウォズが訪れてきて「あたしは配達屋じゃないんだけどね…まあこれも依頼だし」と幸太郎にミスリルにしかこなせない名指しの依頼を運んできてた。
当初幸太郎は依頼に消極的であったが、依頼には拒否権はあるが、正当な理由のない拒否が度重なると、サボタージュとみなされて最悪資格剥奪もあると知らされてからは、真面目に取り組むようになった。
それは本人にとっては無茶ぶりもいいところと思うような依頼だったが、カードの力でなんとか依頼をこなしていた。
とはいえ、貴族となったなら幸太郎の懸念していた資格剥奪もリスクではなくなっていた。
貴族になれば国から俸給が入るし、領地持ちなら領地の税収も所得になる。
この時点で異世界に来た時点で幸太郎が求めていた安定的な生活基盤は完成したと言ってもいい。
だから冒険者稼業は廃業して貴族生活も選択肢に入るはずであった。
だがそこで幸太郎にとって深刻な問題が発生する。
それはあくせく働く人が、それこそここにいる貧民街の住民が聞けば、助走して殴るレベルの話だが…幸太郎は暇になってしまったのだ。あまりにビーイングたちが仕事を奪っていくせいで。
元々、仕事以外はリザレで遊ぶという休みを知らない生活をしていた幸太郎にとっては、この何もせずにじっとしているという行為が致命的に苦手であった。
だから貴族となってから必要となった何かしらの作業をしようとするのだが、それを軍隊系ビーイング達が片っ端から奪っていくのだ。
「幸太郎様に働かせるなどとんでもない!どうぞここは私におまかせください!」
軍隊系ビーイング達は、恐ろしいまでの勤勉さを発揮して仕事を処理していく。
さらに性質が悪いのは、軍隊系ビーイングの中には、貴族に相当する気品と知性を兼ね備えた存在もいることであり、その方面からも幸太郎以上に隙がないことであった。
故に失敗のリスクを恐れて適任者に仕事を任せざるを得ず、幸太郎は裁可を求められること以外はすることがなくなってしまった。
だから幸太郎は、日頃の疲れを癒すためと自分に言い聞かせて屋敷でゴロゴロしていたが、そんな生活には1時間で飽きてしまった。
1日経つ頃には逆に疲れている有様だった。
それは修行に明け暮れていた頃には感じることのなかった疲労感だった。
(これはやばい、なんかこのままの生活続けてたら死んでしまう…)
もし元の世界のように発展した仮想現実ネットワークがあれば話は別だっただろう。
あれがあれば文字通り家に居ながらにしてどこにでも旅ができる。
それは現実を模した世界から空想の世界まで様々だし、暇潰しにも事欠かない。
だが幸太郎にとって最も深刻な悩みは…リザレが存在しないことだった。
(リザレしたい…カードバトルしたい…)
リザレがしたいという欲求が禁断症状のように幸太郎の体を蝕んでいた。
(カード使いたい。なら依頼を受けるしかない…)
その代償行為として幸太郎は、依頼を受けることを思いついた。
「出不精の幸太郎にしては殊勝な心がけね。まあ、幸太郎がいるなら助かるわ。この依頼もすぐ終わるだろうし。でもこれ金クラスの依頼よ?」
今回の依頼は金クラス相当の依頼であった。
つまりは幸太郎にとっては楽勝といってもいい相手なのではとリズは聞いたつもりであった。
「うん。分相応なランクの依頼だよね」
「あなたミスリルでしょう!?」
リズは幸太郎がその実力に対してあまりに低レベルな仕事を分相応だと言ったことに対して思わず突っ込んでしまう。
「いやだって召喚魔法なしならサンベア倒すのがやっとだし…金クラス相応かと」
「…幸太郎が天然の召喚士であることを考えても、なんでそこまで頑なに召喚魔法を実力の計算外に置くのか理解できない…」
リズは頭に手を当てて顔をしかめる。
「そ、それより今回の依頼で報告のあった場所ってそろそろじゃないか?」
幸太郎は慌てて話題の転換を図る。
もしこの話がこれ以上拗れると、幸太郎がそう思っている理由を、つまりはリザレのことを話さなくてはいけなくなるからだ。
それは幸太郎がリズにすら硬く拒んでいることでもある。
(これ以上変なフラグ立てて話をこじれさせるのは御免だ。今でも極まっている感あるけどこれ以下がないとはいえないし)
「まあ、なんか幸太郎には理由というか根拠があるみたいだけど話すつもりは全くないようだし!普段面倒になることは避けたがる幸太郎にしては珍しいくらいの頑固さで!!」
「うぐ…」
どストレートなリズの指摘に幸太郎がたじろぐ。
幸太郎が何かを隠していることくらいはリズからすればとっくにお見通しのようだった。
「だから聞かないでおいてあげるわ。標的も現れたようだし」
2人はある所で立ち止まる。
目の前にあるのは、家の壁の半分が崩れて、中が剥き出しになった廃屋であった。
「グルルル」
そこからのそりと今回の標的である魔獣が姿をあらわす。
魔獣はこの廃屋をねぐらにして近隣住民を襲っていた。
時刻は夕方になり、あたりは夕闇によって赤く染まっているが、それでもなお付近の血痕は隠しきれていない。
ローンウルフ
ビーイング
アタック200
ディフェンス200
マナコスト3
このカードが破壊された時、相手マスターに200ダメージを与える
「出たわね人食い狼!」
リズと幸太郎は素早く短剣を構える。
間髪いれずにローンウルフは2人に襲いかかってきた。
とっさに2人は左右に分かれる。
その間をローンウルフは通り過ぎ、すぐに反転してリスの方に襲いかかる。
ローンウルフの牙をリズは短剣で迎撃する。
リズの柔らかな首筋を狙った牙は咄嗟に掲げた短剣に遮られ、ローンウルフはその短剣に噛み付く。
狼の勢いを支えきれずにリズはそのまま倒れこむ。
「リズ!」
「くっ、このぉ!」
だがリズはその勢いを利用する。
倒れこむと同時に狼の腹を思いっきり蹴り上げる。
結果、狼は自身の勢いと、リズの蹴りの勢いで大きく投げ飛ばされた。
「ギャン!」
その小柄な体からは想像もつかない高い力で蹴り上げられたローンウルフは、その衝撃と混乱でろくに受け身も取れないまま地面に叩きつけられる。
そこにすかさず幸太郎が追撃を行う。
接近した幸太郎は手に持った短剣の柄で、ローンウルフの後頭部を強く殴打する。
「キュゥ」
ローンウルフは倒れそのまま動かなくなった。
リズ1人ならばこうはいかなかっただろう。
2人で息のあった連携をしたからこそ素早く制圧することができた。
「終わったね」
「ええ、なら起き上がらないうちにさっさと契約しちゃいましょう。幸太郎」
「へいへい」
幸太郎がちゃんと秘術をモノにしているのか確認もあるのだろう。
「まあ、自分が言い出したことだしね」
幸太郎は倒れたローンウルフに近づく。
「我は契約を重んじるものなり…」
幸太郎はリズから教わった召喚獣契約の呪文を唱え始める。
この世界では呪文に魔力を乗せて紡ぐことで魔法は発動するとされている。
それはある意味で正しく、ある意味で間違っていることを幸太郎は知っている。
呪文を唱えることで、幸太郎の目の前に幸太郎にしか見えないカードが生成される。
(自分が最初に習得したカード以外の魔法。これがカード化するなんて現象を起こさなければ、魔法の巻物をカード化しようなんて思いつかなかったよ)
カード化
スペル
マナコストx
特定の条件を満たした相手をカード化する。
必要なマナコストはカード化対象のマナコストと同等になる。
「…契約は完了した」
幸太郎が呪文を唱えることによって生成されたカードはマナを消費して即座に発動された。
ローンウルフは光の粒となり幸太郎の体内に吸い込まれる。
それが終わるとローンウルフのカードが宙空に現れてそして程なくして消えた。
幸太郎はカード一覧画面を開いて、そこにNEW!という文字とともに、ローンウルフのカードがあることを確認する。
(呪文を詠唱することでカード化の魔法が生成されて即座に発動することにリズは気づいていない。カードも見えてないようだし、カードが見えるのには何らかの条件があるのだろうか?まあカードが見えてなくてもリズは問題なく魔法や召喚獣を使えているから、人によって契約した時の感覚が違うのだろう。実際、リズは体内に召喚獣が住んでいる感覚だそうだし)
「ふう…」
「お疲れ。もう失敗することはほとんどなくなったわね」
「そうだね。ここ最近は契約失敗することはなくなったみたいだ」
「いいことね。組合に報告をしに行きましょうか」
そうして魔物退治を終えた2人は王都に戻っていった。
そして組合に戻ったリズは組合の扉を開けて中に入る。
「お疲れ様ですリズさん。魔物退治はどうでしたか?」
組合に帰ると受付嬢が首尾を聞いてくる。
「依頼通りローンウルフのようでした。無事解決してきました」
「そうでしたか。では討伐の証として部位を提出して頂けますか?」
「え?」
「え?」
リズと受付嬢は同時に固まる。
「討伐、してきたんですよね?」
「あ、ああ!いえ、今回は捕獲してきました」
「え、捕獲ですか?」
受付嬢は疑問の声を上げる。
捕獲は討伐よりはるかに難易度が高い。
それを差し引いても、ローンウルフの様な人に懐くことのない凶暴な魔物であり、また鮮度が必要な貴重な素材が取れる魔物でもないので、生け捕りにする必要性は限りなく低いからだ。
ついでに今回の依頼は討伐なのでわざわざ捕獲する必要はない。
「ええ、まあ。百聞は一見にしかずということでこちらへ」
そうしてリズは受付嬢を外に案内する。
そこには紐につながれて大人しく座っているローンウルフとそれを撫でているフードを被っている男がいた。
恐らくはローンウルフを見張っているのだろう。
だがローンウルフを撫でるのは明らかに危険な行為だ。
ローンウルフは人に懐かない。
本来ならローンウルフに組み伏せられて噛み殺されてもおかしくない。
だが男はローンウルフを撫で続け、ローンウルフもされるがままであった。
「そんな、ローンウルフがこんなにおとなしいなんて…」
普通の人にはローンウルフは決して懐かない。
だが何事にも例外はある。
受付嬢はそれを知っていた。
「もしかして魔物使いのなのでしょうか?」
「はい」
リズはそれに対して曖昧に答えながらずれた三角帽子を直した。
(本当は違うけどね)
召喚士であることがバレたら面倒なことを起こすかもしれないので、召喚士達は外では魔物使いを名乗ることはよくあることだ。
魔物使いも希少な存在だが、召喚士ほどではない。
「なるほどそうでしたか。であれば、このローンウルフの所有者登録と、後日の調査の結果次第で報酬が支払われることになります。宜しいでしょうか?」
受付嬢はそういって確認する。
討伐でない場合は念の為に調査が行われる。
リズもそれは当たり前のことなので異存はない。
「ええ、それで」
「ちょっと待った!」
そこにリズにとっては予想外な闖入者が現れる。
「おいてめえ。まさかとは思うが自分の魔物をけしかけてマッチポンプを仕掛けたんじゃねえだろうな?」
そういったのは如何にもチンピラといった風情の冒険者だった。
いきなりな発言にリズは当然のように困惑した。
「一体何を?」
「ローンウルフをあらかじめ手なづけておいて外町に放つ!適当に人を襲わせて依頼が出たところで依頼を受けて捕獲したふりをして報酬を得る!そんなことをやったんじゃないかといっているんだ!」
その男の言葉に周囲はざわつく。
「そんなことが」「いやまさか」「でももしかして」
そこでリズは男が悪意を持って接してきていることをようやく悟った。
「何を言うんですか!そんなことするわけないでしょうに!」
「ホントかぁ?じゃあ、お前とローンウルフがグルじゃないって言う保証はあるのかよ?」
リズは反論するが男はいやらしく笑いながらそう告げる。
それは悪魔の証明だ。
無実である証拠を出すことは誰にもできない。
「なら逆に聞きますけどあなたには私とローンウルフがグルだと言う証拠でもあるの?!」
だからリズは男に対して証拠もなく言いがかりをつけているのかと反論するが、
「あ、んなもんねーよ。だが怪しいだろうが。ローンウルフは金クラスでも手こずって死人が出ることもある危険な相手。そんなのを相手にしてなんで2人とも無事なんだ?」
それはある意味では事実ではあった。
ローンウルフは金クラスでも倒すだけなら可能だが、実際は死に際に力を振り絞って誰かを冥府へと道連れにする。
その為に難易度の割に同士討ちになる危険な魔物と認識されていた。
なので金クラスから白金クラスへと危険度を上げることも検討されているほどだ。
だがそれは細心の注意を払わず迂闊にトドメを刺した場合に限り、こうして捕獲したりする場合はその限りではないというのは意外と知られていない。
それは前述のようにローンウルフは捕獲するには旨味がない魔物である為に基本的には討伐が選ばれている為だ。
そして、結果として多くの死傷者を生み出してしまった。
今尚もそれが死をキーにした特殊効果であることには、まだ誰も気づいていなかった。
幸太郎のようにカードからその効果を知ってるのは例外中の例外である。
リズもまたそのことを知らなかったりする。
そもそも生け捕りを提案したのは幸太郎だがその理由は伝えてなかった。
「そんな、この子はそんな強敵では…」
「それにお前ら新顔だろ?ローンウルフの被害はここ最近起きたことだ。ならばお前らが王都に来るときに放ってたら辻褄があうよな?」
ローンウルフが暴れ出したのとリズが冒険者組合に顔を出し始めた時期が重なるのは完全に偶然だ。
だが、白金クラスへの格上げが検討されている強敵であるはずのローンウルフを金クラス2人(リズが金クラスなのでフードを被った男も金クラスだろうと周りの人は考えていた)が苦もなく倒したという怪しさと、現れた時期の偶然の一致は、多くの人に疑念として積もってゆく。
「まさか本当に?」「でも確かに見ない顔」「可愛い顔して」
すると話を聞いてた冒険者の中から、疑惑の目をリズ達に向けるものが出てきた。
「こ、この…」
リズはとんでもない名誉毀損に顔を真っ赤にする。
可能であれば目の前のチンピラを叩きのめしたいが、それは疑惑を一段と深めることになる。
それにリズは同時に疑問に思っていた。
(こいつの目的は何?いきなり喧嘩ふっかけてきて何がしたい?)
その目的はすぐにチンピラから語られる。
「魔物を操るのは魔族と魔物使いのみ。そして魔物は人類の敵だ。そんな魔物を操る魔物使いなんて信用できるわけねーのは当然だろうが」
(こいつの独善的な正義感で魔物使いを貶めようとしているんだ!)
ここでようやくリズはチンピラの意図を理解する。
要するにこの男は魔物使いにいい印象を持ってなくて魔物使いを貶める意味でヘイトスピーチを行なっているのだ。
そうリズは考える。
「なぜ魔物を使役する?魔物は全て殺すべきだ。じゃなきゃてめえなんて信用できねえ。今すぐローンウルフを殺せ!」
「んな!」
それはリズにとってはとんでもないことだ。
召喚獣は召喚士にとっては家族の一員だ。
召喚士と召喚獣は一方的な支配関係では決してない。
契約は一方的に見えても、契約と名のつく通り互いにコミュニケーションを行なっており、ある種の合意に基づいて信頼関係を築いた結果として契約は完成するものなのだ。
その際の代価は主にマナなどであるが、とにかく召喚獣側の落ち度なしに一方的に契約破棄や殺害を行えば、それは悪質な契約違反であり最悪召喚士としての全てを失いかねない。
それは他者の召喚獣であっても同じであり、やはり召喚獣を無意味に害することは他の召喚獣からの信用を失ってしまうことに繋がる。
つまりリズはローンウルフを処分することなどあり得なかった。
「そうしたらマッチポンプじゃないと認めてやるし、無意味に難癖つけたことも謝罪しよう」
「そんな…」
リズが狼狽する。
そこで最後のセリフだけチンピラは妙に冷静に語ったことに気づいた。
(違う。こいつは魔物憎しで冒険者になった類い。つまりは復讐者だ。だからローンウルフを殺したいと思っているんだ)
チンピラは魔物使いのリズではなくローンウルフを排除する為に難癖をつけてきていたことにリズはようやく気づいた。
「グルルルル」
そのチンピラを威嚇するようにローンウルフも立ち上がる。
ローンウルフはチンピラの露骨な悪意を強く感じていた。
紐につながれているとはいえローンウルフは魔物である。
その気になれば簡単に柱ごと引きちぎれる。
「あ、なんだてめえやるつもりか?」
そういってチンピラは剣を抜く。
それに合わせるかのように様子を見ていた他の冒険者も剣を抜く。
チンピラ、ローンウルフどちらが暴れ出しても対応できるように、そして周囲に被害を出さないように、リズ達は冒険者に囲まれてゆく。
「あ、あなた達!こんなところでやめなさい」
「お嬢さんは安全なところに下がって!」
呆然と眺めていた受付嬢も慌てて止めようとはしていたが、他の冒険者によって安全なところは下げられる。
周囲の緊張はこれ以上ないほど高まっていた。
(だめ、私じゃこの状況はどうしようもない。もうあなたに任せるしか)
リズはこの状況を止められない自分の非力さを嘆く。
そして救いを求めるかのように視線を向ける。
その視線の先には…
「戻れ」
フードを被って座っていた男が短く呟いた。
突然ローンウルフが光となりその場から掻き消えた。
「は?」
それを見て口を開けたのは今まさにローンウルフに斬りかかろうとしたチンピラだ。
目標が消えたチンピラはたたらを踏んで止まる。
「き、消えた?」
「あー、その、ここでそういうのはやめてほしいというか…」
そういって先ほどまで我関せずといった感じでローンウルフのそばにいた男が立ち上がる。
そして男はフードを脱いで顔をあらわにした。
「幸太郎…ごめんね」
リズが安堵とともにその名を呼ぶ。
面倒を避ける為に顔を隠していた幸太郎に出てきてもらうしかなくなったことに、若干の申し訳なさも込めて。
幸太郎ときいた周囲がざわめくのはその直後のことだった。
「幸太郎」「幸太郎って」「伝説の召喚士の?」「本物か?」「だが今確かにローンウルフを消したぞ」「短期間でミスリルに上り詰めた英雄」「特徴も吟遊詩人の語った通りだ」「ならば本物か」「女王を救って貴族になったととか」
冒険者組合でも話題になっていた存在がいきなり現れたことに周囲がざわめく。
「あ、ああ…」
そしてチンピラは顔を真っ青にして後ずさる。
彼は遅まきながら誰を敵に回したのか理解してしまったからだ。
「えと、まあ、このローンウルフは依頼によって捕獲したものであるのは間違いないです。私もそれに付き添いましたから。なのでそこは信じてほしいのですが」
幸太郎がそういうだけで疑惑の視線は一瞬にして消えて無くなった。
幸太郎は冒険者達の最高位であるミスリル級であり、女王お気に入りと噂される爵位持ちの貴族でもある。
それは尾鰭つけまくりで噂が広まっており、幸太郎に喧嘩を売ることは王族に喧嘩を売ると同様だと思われていた。
それはある意味で正しかった。
「それにこれはもう自分のですし。殺せと言われても…」
「も、も、申し訳ありません。まさか幸太郎様の仲間の方とはつゆ知らずとんだご無礼をば!どうかどうかご容赦を」
チンピラはうって変わって平伏して許しをこう。
余所者で金クラスのリズだけならば、うまく口車に乗せて憎い魔物であるローンウルフをどさくさに紛れて始末できた自信があったのだろう。
だが、それが幸太郎の所有物であったとなれば話は別。
リズは憮然とした面持ちで態度が反転したチンピラを見つめている。
王都では低級の冒険者なぞ、貴族に喧嘩を売って生きてはいけない。
ましてや王族に喧嘩を売ったら一族郎党どころか下手したら知人すら打ち首になる。
そんな様子を見た幸太郎は完全に引いていた。
(えぇ…普通にやめてほしいといっただけなのに…さっきまで喧嘩腰だった人がここまで平身低頭してしまうの?いやそりゃ貴族になったら敬われると思っていたけどここまでとかやめてほしい。自分そんなんじゃないです…)
幸太郎的には、取り敢えずなんとかチンピラをなだめてなあなあでことを済ませようとしていた。
貴族ならば話くらいは聞いてくれるだろうと。
だがこうなってはその目論見は完全に潰え去ったと言っていい。
いや確かに目的は達成されたが、後には平伏している男の処置という問題が残った。
「如何なさいますか幸太郎様?」
そこにひっそりと幸太郎を護衛していた人型ビーイングの一体が忍び寄って指示を請う。
幸太郎が許せば彼は一瞬で目の前のチンピラを切り捨てるだろう。
(チンピラのやったことは証拠もなく人を貶めることで許されることではないから、多分許すのもダメだし、罰を与えないといけないけど、かと言って殺すほどのことでもないし…やだなあこういう判断するの。裁判官でも警察でもないのに…)
貴族は場合によっては地方の治安維持組織の長として罰を与える必要がある。
そういうことをエリザベスから聞かされていた幸太郎はゲンナリとする。
チンピラに声をかけようとして幸太郎は一歩を踏み出した。
「ひ、ひいいいい」
チンピラは叫び声を上げて逃げ出した。
「あ」
脱兎のごとく駆け出したチンピラはそのまま角を曲がって視界から消えてしまった。
「待て!追いかけなくていい!」
ビーイングが追いかけようとするのを幸太郎は慌てて制止する。
止めなければビーイングは追いかけてチンピラを殺すだろう。
そう確信できるほどビーイングは殺気を出していた。
「こ、小物だ。捨て置け」
「はは!」
そう言ってビーイングはその場に跪く。
(やれやれ、まさか逃げるなんて…でもこれはうまく罰に悩むことなくなったから結果的には良しとしよう。流石にこんな醜態晒したらリズにちょっかいかけることもなくなるだろうし)
幸太郎は騒動が治まりつつあることに安堵する。
ふと視界が暗くなった。
「幸太郎様!?」
「え?あれ?」
周りにいたビーイング達に慌てて支えられて幸太郎は自分が倒れかけていたことに気づいた。
「どうなさいました?!まさから先ほどのチンピラが何かを!?」
「いや、ちがう…気が抜けて立ちくらみがしただけみたいだ。大丈夫。大丈夫だから」
ビーイング達が倒れた幸太郎を見て動揺するのを薄れそうになる意識の中で必死に宥める。
幸太郎にとって自分の体調不良でビーイング達の暴走を招くことだけは防がなければいけないと考えていた。
「幸太郎!本当に大丈夫なの?」
リズもまたチンピラに絡まれてそれがひと段落した後にいきなり倒れた幸太郎を見て慌てて駆け寄る。
「ごめんなさい。幸太郎。私のせいで…」
理不尽なことに巻き込まれて、その結果として実は小心者な幸太郎が心労で倒れたのではないかと考えたリズは幸太郎に謝ろうとする。
「謝らなくていいよ…あれは完全に向こうがいちゃもんつけてきたのが…悪い…事故みたいなものだよ」
そんなリズの心情を察した幸太郎はリズは悪くないとなんとか告げる。
そう言って幸太郎は立ち上がろうとするが、力が入らずにまた倒れそうになる。
「ちょっと本当にどうしたの?!…取り敢えず屋敷に戻りましょう?」
「ああ…そうしたほうがよさそうだ…はあ、なんかすごく眠くて…」
(なんだこれ…力が入らな…)
幸太郎はそのまま深い眠りに落ちていった。
「幸太郎?!」
「幸太郎様!?」
眠った幸太郎をリズとビーイング達が慌てて介抱していた。
幸太郎が倒れた日の夜のこと
「畜生が!」
夜の外町でチンピラは悪態をつきながら歩いていた。
そのまま途中にあった汚物入れを蹴飛ばす。
金クラスの筋力で汚物入れは吹き飛ばされて汚物を派手に撒き散らした。
「くそ!くそ!くそおおお!」
チンピラの悪態と罵倒は治ることを知らない。
顔は真っ赤に紅潮し、歩き方も覚束ない。
深酒をしているのは明らかだった。
「くそが、何が英雄だ!何が貴族だ!下賎な魔物使いのくせして偉そうにしやがって!」
チンピラは子供の頃に家族を魔物に殺された。
そのことがきっかけで身寄りをなくし、各地を放浪しひもじい思いや辛酸を舐めた彼はいつかこの境遇に貶めた原因である魔物を深く憎むようになる。
そして冒険者になり、魔物を徹底的に殺して回るようになった。
その恨みを糧に戦い続けた彼は実力こそ確かなものとなったが、人間にとって無害な魔物や、有益な魔物すら殺して回るその悪癖から冒険者組合からの評価は低く、また魔物使いなどの魔物を使役する冒険者とのイザコザが絶えなかった為に白金ランクの実力がありながらも金ランクにとどめ置かれていた。
「くそ!なんでどいつもこいつも魔物を庇う!あれは滅ぼすべき存在だろうが!」
そのことも彼は非常に気に入らない。
誰も彼もが「お前は過激すぎる」と離れていったことも。
「みーつけた」
そんな彼に場違いのように朗らかな声がかけられる。
「ああん?」
チンピラは訝しみながら声がかけられた方向である頭上に顔を向ける。
ここは外町の路地裏であり、空き家が多いこの辺りには人の気配はあまりない。
そんな空き家の屋根の上に黒い影が立っていた。
「いやーやっとみつけたよー探したんだよ?あの後どこかにいっちゃうからさーおかげでこんなに時間がかかっちゃったじゃないか」
「あん?どこの誰だから知らねーが今の俺は機嫌が悪い。とっとと失せろ」
「いやいやそういうわけにもいかないよ?だって僕は君に用があるんだから」
「俺にはねーな。失せないってんなら痛い目を見てもらうぜ」
チンピラは目を細めると腰に下げてた剣を抜く。
憂さ晴らしがしたかったチンピラはちょうどいい対象を見つけたとばかりに剣を向ける。
痛い目どころか死に目に合わせる気満々だった。
「おーいいねそうこなくちゃそうでなければいけないよねやっぱり歯向かってくる相手じゃないと味気ないしねそうでなければなんとつまらないことか逃げるだけかと思ったけど無謀なその勇気は気に入ったやっぱりそうしよううん最初は殺そうかと思ったけどまだそれだけの気迫があるなら十分だ何しろ君は僕の大事な」
そこまで一息に喋った影は屋根から飛び降りた。
剣を突きつけたチンピラめがけて。
「ご主人様の糧になるんだからね!」
「な、お前は!?」
影の顔をみて、男は目を見開いた。
直後に影は男を飲み込んだ。
そして影はそのまま地面に潜り込む。
まるで水面に飛び込むかのように地面の下へ。
しかしそれを見たものは誰もおらず、男は影と共に消え、後には静寂のみが残されていた。




