王都の休日2
王都の騒乱が終わった後のある日のこと
「幸太郎様お話ししたいことが」
そう言ってエルは幸太郎の部屋にある人物を連れて入ってきた。
幸太郎は王都に滞在するための屋敷を用意してもらっている間、エリザベスに望まれて王城の一室を与えられてそこを仮の宿としていた。
「これは…ロビン様でありませんか。一体どうしてこのようなところに?」
だからロビンがここにいることは何の不思議もない。
ただ問題なのは第三王子とはいえ、2歳児のロビンをエルが連れてきたことだ。
「というかお付きの人は?ロビンには貴族のご婦人が乳母として付いているのではなかったっけ?」
「それは今からご説明します。そのためにロビンを連れてきたのです」
「??」
幸太郎は訳がわからなかったがとりあえず話を聞くことにした。
そして語られたのは幸太郎にとってまさに予想外な事実なことであった。
「つまり君は魔王軍のスパイなのか?」
「はい。僕は魔族の生まれ変わりとしての記憶を持ったままこの王宮で生まれ育ち、その間に魔王軍に情報を流してました」
唐突な第三王子のカミングアウトに幸太郎は混乱する。
目の前の幼児からスパイ活動に従事していたと言われても、その実感が全くわかないからだ。
「冗談だよね?」
「いえ、事実です」
嘘だろという思いできいたことはエルに完全否定される。
そこにおふざけや冗談は全く見られない。
(元々エルが冗談でこんなことするとは考えにくいけどそれにしたって…)
しかし事実だとすれば、こんな王族という政府の中枢に最も近い場所にスパイがいたことになり、さぞ魔族は有利に事を運べただろうという事は幸太郎にも理解できた。
「それを私にばらすメリットは?というか何故そんな事を?」
「それは私がロビンを捕らえたからです」
エルはダグラスを確実に捕らえるために、王城に再侵入して謁見の間で待ち構えていた時に、侵入してきたロビンを捕らえた事を話した。
時間はエルがロビンを捕らえた時にさかのぼる。
エルに捕らえられたロビンは全てを洗いざらい話した。
そうしなければ殺されるのは明白だったからであり、そうなれば魔王軍を待ち受ける運命はより悲惨なことになると考えた末にある可能性に全てをかけたからだ。
「なるほど、今王都には魔王軍が迫っているが、その目的はあくまでもダグラスの首であり、謀反を起こしてダグラスが捕らえられた以上、その目的は消失してしまった。そして魔王軍で幸太郎様の軍隊には勝てないから魔王軍を撤退させるためにそれを伝えようとしたと」
「はいその通りです。妖精姫様」
それをきいたエルはしばし考え込んだ後、すぐに結論を出した。
「なるほど、ならば私もそれを手伝いましょう」
「そうですか…え?」
ロビンは半分あきらめていた。
それを聞いたら妖精姫は王都を守るために行動を開始するだろうと、だがそれは魔王軍を殲滅する方向になるだろうとも。
幸太郎の軍はそれほどまでに練度の高い化け物揃いというのはここまでくる過程で散々思い知らされている。
だが妖精姫の発言はそれと真逆であった。
「あなたが情報を魔王軍に流したら魔王軍は撤退する。それは間違いないですね?」
「はい。それは間違いないです。魔王様の名に誓ってもいいです!」
魔族が魔王様の名に誓うということは、人間からすれば神に誓うと同じ事を意味する。
「ならばいいです。さあ王城の外まで行きなさい。そのあとは好きにするといいわ」
エルはロビンの拘束を外して自由にする。
手をさすりながらロビンは立ち上がる。
ロビンは信じられない思いだった。
だからつい聞いてしまう。
「あの…良いのですか?もしこれが嘘なら」
「嘘ならその時は改めて幸太郎様が魔王軍のみならず魔王すらも殲滅するでしょう。しかし幸太郎様は慈悲深き御方。戦闘を回避できる可能性が僅かでもあるならそれに越した事はないのです。だから急ぎなさい。あなたが本当に戦闘を回避したいと思うならあまり時間はありませんよ」
「は、はい!ありがとうございます妖精姫様」
ロビンは礼を言ってから、玉座の裏にある秘密の脱出口から王城の外に出る。
そして伝令の魔物とコンタクトをとって、接近中の魔王軍にこれらのことを全て伝えることに成功した。
最初魔王軍は半信半疑であった。
ダグラスが捕らえられ死刑になるのはまあ良いとしても、その方法があまりにも完璧すぎたのだ。
数十のペガサスによる奇襲なんてものは魔族からしても神話の世界の話であり、眉唾であった。
だから裏付けを取るためにも少数で潜入して確かめるべきでは?という意見も出ていた。
それが180度ひっくり返ったのは、化け物をその目で見た時だった。
「あれはオクタスじゃねぇか!」
「なんで山を食っちまう化け物がこんなところに?!」
「やべえ、あれはやべえ!」
それは山に同化して潜み、山を食べることで生きる魔族から見ても天災並みに危険視されている魔物だった。
それが頭部に多数の人員を乗せてこちらに向かっている。
「撤退!撤退しろ!」
ロビンの報告を受けて侵攻を止めていたことが功を奏した。
王都からは距離が離れており、オクタスを目視した瞬間、即座に撤退を選んだことで、両者の衝突はギリギリのところで避けられたのだった。
「そんなことが」
幸太郎はそれを聞いて魔王軍の不可解な行動にようやく納得がいった。
同時に立ち上がり、幸太郎は自然とエルの手を握っていた。
「ありがとうエル。俺は君のことを誤解していたかもしれない」
「こ、幸太郎様!?」
そして幸太郎はエルに深く感謝を捧げたのだ。
(まさかエルが面倒ごとを減らすために自発的に行動してくれていたなんて、ああ、自分はなんて良い部下を持っていたんだ)
幸太郎はビーイング達を自分の部下と位置づけるようにしていた。
それが会社員であった幸太郎にとっては自然なことであり、またそう考えて行動することが最もやりやすそうだと感じたからだ。
その観点からすれば、エルは幸太郎の考えを深く理解して、幸太郎にとって最善の選択を率先して行ってくれた素晴らしい部下だ。
幸太郎の心のうちにあるのは、魔王軍の侵攻という最大級の問題を未然に防いでくれたエルの機転に対する深い感謝だった。
「そんな、幸太郎様」
一方そんな幸太郎の行動に驚いたエルは、その白磁の顔をほんのりと朱に染めてしまう。
「す、すまない」
幸太郎は慌てて手を離す。
感極まって手を握ってしまった事は下手するとセクハラになりかねない。
「だがそれくらい感謝しているんだ。それでとっさに手を握ってしまって。他意はないんだ」
「い、いえ、幸太郎様にこれほど感謝されるなんて、私、わたくしは…」
エルは動揺しているのか普段の冷静な様は完全に消えている。
「何かお礼がしたい。望むことがあるならいって欲しい。可能な限り叶えたい」
幸太郎は感謝のままにそんなことを口にした。
「ならば、その、今度デートしてください」
そしてエルはそんなことを口にした。
「で、デート?それは…」
(褒美というより罰ゲームなんじゃ…もちろん自分がじゃなくてエルにとってだけど)
幸太郎は金銭とかそういう褒美を予想してたのでこれは予想外であった。
エルの発言の真意を理解できないまま幸太郎は素直な心情を吐露しようとする。
「いや、ですか?」
「いやじゃない!嫌じゃないんだよ?!」
だがエルが泣きそうな顔をしたのは流石の幸太郎にもわかった。
その顔は、幸太郎が過去にエルをカードに戻そうとした時の顔と全く同じだったからだ。
「わかった!そんなことでいいなら。でもそれだけでいいの?他に望みは?」
「いえ、それだけでも、わたくしには十分でございます」
そんなわけで幸太郎はエルにデートをすることを約束したのだった。
その場にいるはずのロビンを置いてけぼりにして。
(なんか二人だけの世界に入っちゃってるよ…僕はどうしたら…というか、幸太郎様と妖精姫様ってそういう仲なの?!なんかとんでもないことを知った気分だ…報告すべきかどうか。いや報告したらこの二人に殺されるかも。まだ2歳なのに馬に蹴られて死にたくないし。この事は黙っておこう)
ロビンがそんなことを考えていたが、このことを二人は知る由もなかった。




