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王都の休日1

 王都の騒乱が落ち着いて日常が戻って来た。

 往来にも人が増え、露店や商店が再開し、街は活気を取り戻しつつあった。


 そんな街中を護衛を引き連れて歩く集団がある。

 その集団は誰もが見事な甲冑を身に纏っている。

 その甲冑は王国式ではないが、流れの傭兵とは異なる雰囲気を漂わせている。

 そんな集団が護衛しているのは一台の馬車である。

 馬車もまた兵士たちに負けず劣らず立派なものであり、複数の美しい白馬によって曳行されている。


 街ゆく人はそれを見て慌てて脇にどく。

 馬車や馬を見るまでもなく、あれだけの兵士を率いて堂々と往来しているだけで、中の人が相当身分の高い貴人であることは明白である。

 だが、何よりも民衆を驚愕させたのは、その馬車に弓と妖精の羽を象った紋章旗が掲げられていることだった。


 馬車に小さくつけられたそれを見た王都の民は慌てて平伏する。

 それは妖精姫の乗る馬車にしか掲げることを許されない紋章だったからだ。


「うう…なんかすごい見られてる…すごい平伏されている」

「みな幸太郎様のご威光に平伏しているのです」

「いやどう見てもみんな妖精姫の紋章旗を見て平伏しているからね?」


 縮こまる幸太郎様に比べて、妖精姫フェリアことエルは堂々たる姿勢で馬車に座り、幸太郎を持ち上げる。

 側から見ればエルの無表情も相まって社交辞令に聞こえなくもない。


(そうであればどれだけ良かったか)


 幸太郎にとって問題なのは、エルはそれを本気で言っていることだった。

 しかもそれはエルに限る話ではない。

 幸太郎が呼び出した全ての召喚獣(ビーイング)は何故か幸太郎を無駄に持ち上げる。


「例え私に向けられるものだとしてもそれは全て私が仕える幸太郎様のものでありますので」


 幸太郎が否定し、その事実を伝えたとしても、エルやビーイング達は都合よく解釈してそれすらも幸太郎のものであると主張する。


「しかし確かに幸太郎様に向けられるべき敬意が私にも向けられるのは問題。早速エリザベスに働きかけて真の王にふさわしい紋章を考案しなければ」

「お願いやめて!」


 更にこんなことを言い始めて、放っておくと黙認されたと判断されて暴走される。


(カードが意思を持つと良かれと思って行動しようとするし、下手に能力や権力を持ってるからか結果がとんでもないことになるんだが…エリザベスも事あるごとに昇格とか義務の履行とかチラつかせてくるし…味方はどこにもいないのか…はあ)


 かつてのマルゴッドの町の出来事や最近の出来事に想いを馳せて、幸太郎は努めてビーイング達の手綱を握ることに腐心していた。


 そうして二人を乗せた馬車はとある場所にたどり着く。


 魔法協会(スペルギルド)


 魔法協会(スペルギルド)その名の通り、魔法(スペル)に関する事柄を扱う組織である。

 組織の起源は魔法使い(スペルキャスター)同士の集まりであり、それが迫害や戦争などの歴史的経緯の中で互助組織、秘密組織として発展し、やがて組織の持つ魔法(スペル)による利益が国によって認知されたことで、国家認定の営利組織として再発足したという流れを汲んでいる。


 この組織の業務内容は魔法使い(スペルキャスター)の育成や保護、魔法(スペル)の研究、研究成果を応用した魔道具(アーティファクト)の開発販売なと多岐にわたる。


「ここが魔法協会(スペルギルド)か」


 馬車から降りた幸太郎は、建物を見てそう呟く。

 その周りには兵士たちがガッチリと配置され、付け入る隙は何処にもない。

 建物は、一見何処にでもある普通の木製の建築物に見える。

 だか、真実写し越しに見ると、幾重にも魔法が張り巡らされていることに気づく。

 魔法は色で表現され、幾重にも重なることで生み出される鮮やかな色あいは幸太郎を圧倒するに十分だった。


(ひーふーみー…7つも魔法(スペル)がかかってる。この中じゃ滅多なことはできないな)


 それらの魔法は来訪者を問答無用で攻撃する目的ではない。

 だが、真実写しが示す情報が確かであれば、招かれざる客には相応の対価を支払わせる類のものであった。


「幸太郎様、こちらへ」


 馬車から先に降りていたエルは安全を確認すると幸太郎を建物の中に誘う。


 建物の中に入ると、幸太郎はマナが僅かに乱れるのを感じる。

 魔法の効果範囲に入り、何らかの干渉を受けたようだった。


「調査系の魔法です幸太郎様。武器を持っているかどうか確認するものです」


 エルが小声でそう告げる。

 エルは魔法協会(スペルギルド)に関して知っており、違和感を感じた幸太郎のために建物に入るものは調べられるということを告げた。


「そこまで警戒するものなの普通?」

「この組織は研究中の魔法も扱ってます。貴重品も多いですし、中には悪人に奪われると大変危険なものもあるとか」


 それを聞いて幸太郎が想像したのは、大金や重要な秘密を収容している研究施設だった。


「なるほどセキュリティはしっかりしているのね」

「よ、ようこそ魔法協会(スペルギルド)へ。本日はどのようなご用件で?」


 受付に向かうと受付嬢が若干吃りながら用件を聞いてくる。

 その顔には明らかに「よ、妖精姫様がどうしてこんなところに??」と言った顔をしている。

 だがそれは受付嬢に限った態度ではない。


 この場所は魔法協会(スペルギルド)の受付窓口であり、そこには受付嬢や奥のオフィスで業務を行う職員、そして魔法協会(スペルギルド)の利用者が何人かいた。

 それらは大抵が魔法(スペル)発動の媒体となる杖や短剣を携え、全身をゆったりとローブや軽装で身を包む所謂平均的な魔法使い(スペルキャスター)としての格好をしている。


 そんな彼らのほぼ全員がエルを見て唖然とした顔をしているので、幸太郎は自分が見られているわけではないと感じながらも萎縮しそうになる。


(視線が痛い…そりゃいきなりこんな場所に最高権力者が現れたら驚くよな)


 エルは妖精姫にふさわしい高価なドレスを身に纏っている。

 馬車や妖精姫の紋章旗も全て王家、エリザベスから提供されたものであり、妖精姫であることを微塵も隠していなかった。

 ちなみにそんなことを思う幸太郎もまた普段とは異なる服装を身につけている。

 とはいえそれはエルと異なり着飾ったものではなく、実用性重視の簡素なもの、有り体に言えば狩りをするときや野外で活動するときの服装だった。

 一応他にもこういう街中できるのに相応しい服装も別にあるのだが、幸太郎はそれを着る気にはあまりなれなかった。


(モコモコしたやつとか着れんよ。いくらあれが今の流行とか言われても現代人のセンスからしたらあり得ん…)


 側から見れば片方はドレスを身に纏った貴人、片方は狩人である。


「ご、ご用件をお伺いしても?」


 だから、受付嬢がエルが主人であり、幸太郎を従者と勘違いするのは至極当然であった。

 誰もがそう思う。

 エルと周りのビーイングを除いて。

 受付嬢は妖精姫を目の前にしてガチガチに緊張している。


「我が主人を差し置いて私に話しかけるとは何事だ」

「ヒゥ」


 エルとビーイング達が軽く出した敵意に当てられて受付嬢はつついたら倒れるかもしれないほど固まった。


「エル」


 幸太郎は即座にエルをたしなめる。


「っ申し訳ありません」

「……」


 幸太郎は名前を呼んだだけだが、そこに込められた声色から不快な感情を読み取ったエルは途端に萎縮して引き下がり幸太郎に頭を下げる。

 下手に言葉を並べるよりただ短く感情を声に載せたほうがビーイング達を萎縮させて制御できると幸太郎が知ったのは最近のことだ。


(はあ…)


 謝る相手が違うと思ったが言っても仕方ないのは散々思い知っている。

 ビーイング達の幸太郎に対する優先度は他よりはるかに高い。


「部下が失礼をいたしまして申し訳有りません」

「え?部下…?あ!ええ、いえ、そんな、こちらこそ失礼を」


 幸太郎は無礼な部下を窘める上司をイメージしながら、受付嬢に話しかける。

 受付嬢は困惑を見せた後、気を取り直して幸太郎に向き直る。


巻物(スクロール)を見せて欲しいのですが」

「はい!巻物(スクロール)ですね!少々お待ちを」


 巻物(スクロール)は、魔法が封じられた魔道具(アーティファクト)の一種である。

 この世で最も数が多い魔道具(アーティファクト)と言われており、世界各地に広く流通販売されている。

 封じられた魔法は多岐にわたり、状況に応じて使い分けることができる便利なアイテムなのだが、欠点もある。

 巻物(スクロール)はまずマナを操れる魔法使いにしか使えず、使うとマナを消費する。

 そして使うと必ず消滅するのだった。


 受付嬢は立ち上がり、奥に引っ込む。

 おそらくはカタログを取りに行ったのだろう。

 だがしばらく待つと受付嬢は手ぶらで戻ってきた。


「お待たせしており申し訳有りません。カタログを用意しましたので、どうぞ奥の特別室へご案内します」

「はあ…」


(他の人は受付で用事を済ませてるのに?)


 疑問に思いながらも、幸太郎とエルは奥に案内される。

 他の護衛のビーイングは窓口に残される。

 だが何かあればすぐに駆けつけてくるだろう。


「こちらへどうぞ」


 そう促されて幸太郎とエルは部屋に入る。


「ようこそお越しくださいました。幸太郎様、妖精姫様」


 そう行って目の前の見知らぬ禿頭の痩せこけた人物は膝をつき、幸太郎達を出迎えた。


「お初にお目にかかります。私、魔法協会(スペルギルド)の長をやっておりますワンと申します」

「ワンさんですか。私は幸太郎と申します。こちらは…」

「いえいえ、そちらの方はよくご存知ですとも。お久しぶりでございます妖精姫様」

「お久しぶりですねデイル。先代がご壮健だった時以来かしら。あの時のあなたはとても若かったのに…月日が経つのは早いものね」


 エルはそう言ってしみじみとデイルもといワンの頭を眺める。


「おお、おお、妖精姫様に覚えていただいていたとは光栄の極み。ですがこの頭は実験の失敗によるものですので…」


 そう言ってワンは誤魔化すかのように頭を撫でる。


「そう?そうね、三年前のことですものね。いくら人間でも三年じゃ老けたりしないわね」

「あ…ええ…まあ…」


 どう見ても触ってはいけない話題だった。


(や、やめたげてよ…)


 髪のことを言われる事ほど辛いことはない。

 それが女性でしかも美人なら尚更。

 しかしこれを命令してやめさせるのも、自分が気にしているようで後ろめたく、幸太郎は心の中でエルに止めるよう懇願していた。


「デイルと言いますのは?」

「幼名です」

「え?」


 この世界にも幼名という習慣がある。

 それは過去の日本と同じく15歳になるまで呼ばれる名前のことだ。


「あ、そ、そうなんですね。ところで巻物(スクロール)のカタログについてなんですが」


 これ以上この話題に触れるのはまずいと考えた幸太郎は話題の転換を図る。


「あ、はい。此方でございます」


 そう言ってワンは一冊の本を差し出す。


「ありがとうございます。拝見します」


 幸太郎は受け取って本をめくる。

 中には巻物(スクロール)に納められた魔法の一覧と必要な魔力(マナ)そして効果が記載されていた。


「そういえば、何故私たちはこの部屋に?しかも、協会長が直々に応対するなんて」


 カタログをめくりながらふと気になったことを聞いてみる。

 するとワンは口を軽く開け目をパチクリとさせてこちらを見た。

 だがすぐに口を閉めると軽く笑顔を浮かべた。


「それは勿論、最近話題の貴族であらせらる幸太郎様に一目お会いしたかったからでございます」

「え?」

「それに隣には妖精姫様もお連れになっていらっしゃる。特別なおもてなしをするのは当たり前のことです」

「あ、はい。そうですね」


 幸太郎は自分のことはともかく、妖精姫を特別扱いするのは当たり前のことというのはすんなりと理解した。

 国の最高権力者を蔑ろにしたら、まずい事になるのは誰にだってわかる。

 相手からすれば当たり前のことを聞かれたようなものだろう。

 ワンの顔に戸惑いのようなものがあったのも当たり前だ。

 前者はただのヨイショだろうと幸太郎は考える。


「…なるほど、幸太郎様は噂にたがわぬ謙虚な方であらせられる」

「え?それはどういう意味ですか」

「平民から貴族になった幸太郎様は民の話題になってます。その目覚ましい活躍と共に。しかしその功績とは裏腹に貴族らしからぬ実に謙虚な方だとも巷では噂になってましたので」


 幸太郎はそんな噂は初耳だった。


「そんな話が?」

「ええ、実際にお会いしてその通りだと感じました。平民相手にも物腰は丁寧ですし、特別対応を当たり前とも思っていない」


 確かにここ数日王都に滞在する中で、幸太郎は王都の民と交流する機会があった。

 それはリズの手伝いや、様々な買い物、王都に新設される事になった騎士団関係の諸々でだ。

 そのためここ最近は目が回るような忙しさで活動しており、自分がどのように噂されているかまでは気が回らなかった。


「そうですか」


 おべっかも多分に入っているだろうが、謙虚と思われる事については幸太郎も悪い気はしない。


「他の貴族もレッドバロンのようであればどれほど良いかと」

「え?すいません。今なんと?」

「レッドバロンです」

「…それって誰のことですか?」

「幸太郎様のことに決まってるではないですか」


 幸太郎は指で眉間を揉む。

 手を組んで、目を閉じる。

 ゆっくり深呼吸をする。

 そして目を開ける。


「…詳しく」

「あ、はい。王都で一番人気吟遊詩人が噂を聞いて歌を歌い始めたのです。悪逆の王子から若き姫を助けた英雄、妖精姫に導かれ、赤龍を従え、空と城を赤く染め、軍勢を率いて討伐す。その功績により男爵となる。彼こそ赤き男爵、レッドバロンであると。これが民衆に受けが良いようでして、王都の酒場を中心に広まりつつありまして」

「レッドバロン…」


 幸太郎は頭を抱える。

 それを聞いて幸太郎が真っ先に連想するのは

 中古バイク屋だ。

 だがこのことを突っ込んでも誰も理解できない。

 ここは日本ではなく異世界だからだ。


(バイク屋かよ!)


 だから取り敢えず心中で突っ込むだけにとどめておく。

 それは賢明な判断であった。


「どうかされましたか?」

「いえ、バロンはともかく、レッドがどこから来たのかと思いまして」

「おお、そうでしたか。てっきり幸太郎様のお耳にも入っていたものかと思っておりましたが初耳とは」

「ここ数日は酒場に行ってませんでしたので」

「そうでしたか。であれば、聞きに行かれるのをお勧めいたしますよ。私も酒場で聞きましたがよく出来ておりましたので」

「ええ、是非」


(絶対聞きたくない)


 幸太郎はしばらく酒場に近寄らないことを決意した。


(まあどうせそんな歌はさっさと廃るだろうし)


 幸太郎は吟遊詩人の歌がただの酒の肴ではなく世界情勢を伝えるメディアの一種であり、話題性の高いエピソードは割と長い期間伝えられることをまだ知らない。

 そして幸太郎はいつものごとく自分のことを過小評価していた。

 その隣でエルが密かに酒場に聞きに行くことを決意してたのを幸太郎は当然気づかなかった。


「幸太郎様」

「え?あ、そうだった」


 エルに短く名前を呼ばれて、幸太郎はここに巻物(スクロール)を買いに来てたことを思い出す。

 それを聞いてワンは僅かに目を細める。


 幸太郎はそれに気づかずカタログをめくる。


(やはり、ほとんどは知ってる魔法(スペル)だ。だけど知らないやつもちらほらある)


 幸太郎の言う知らない魔法(スペル)の殆どは戦闘では役に立たないものだった。

 例えばそれは、洗濯物を早く乾かしたり、香辛料を生み出したり、荷物を軽くしたり、そう言う生活に役立ちそうな魔法(スペル)であった。


(確かにリザレにこんな魔法(スペル)あっても需要ないもんな。あとは軽傷とか病気を治す魔法(スペル)とはきっとマナコスト1以下程度の効果しかないんだろうな)


 カタログを見ることで幸太郎はここに来た第一の目的を達成する。


 それはこの世界で一般的に知られている魔法(スペル)とはどう言うものなのか?と言う情報だ。

 巻物(スクロール)に収めるには適切な処置を行った紙と魔法(スペル)を使える存在が必要だ。

 つまり巻物(スクロール)のカタログを見ればどのような魔法が一般的に普及してるのか一目でわかる。

 商品として流通させるにはそれなりの生産者(スペルキャスター)が必要だからだ。


 そしてこれを知ることで、今後の魔法(スペル)に関するトラブルを減らすこともできる。

 一般的に知られてない魔法(スペル)を使うことで幸太郎は散々トラブルに巻き込まれて来たのだから、これは優先度の高い課題であった。


(リズやウォズに聞くという手もあったけど、リズは幻と言われる召喚魔法の使い手だから、一般的な魔法使いとは言えないし、ウォズに聞いても魔法使いなのになんで知らないの?と言われたらまずいからな)


 そしてカタログを見た結果として、幸太郎は自分が知ってるものと実際に流通しているものに乖離があることを確認する。


 リザレでは魔法(スペル)は、対象が単体ならば単体に、場全体ならば場全体に作用する。


 しかしこの世界においてはそうではない。


 例えば、対象が単体と指定されてる魔法(スペル)でも、マナコストが高いと威力や範囲が広くなる。

 すると結果的に範囲攻撃として扱われている場合があった。

 それは幸太郎の魔法(スペル)にも適用されており、本来は単体しか指定できない魔法(スペル)をうまく使う事で、範囲攻撃を実現出来た。


 また全体を対象に指定する魔法(スペル)は、単体が対象だった魔法(スペル)と比べると範囲は遥かに広い。しかしそれだけだった。

 下手したら強力な単体攻撃魔法(スペル)と大して変わらない範囲しか攻撃できない全体魔法(スペル)もある。


 それは明らかにこの世界では範囲攻撃魔法(スペル)が弱体化されていた事を意味する。

 それがなぜかは分からない。

 幸太郎のもつ全体対象の魔法(スペル)はその効果範囲に制限がなかったことも。

 その範囲は幸太郎の意思によって自在に変更可能で、その気になれば全世界に影響を及ぼしうる。


(技術的な理由で出来ない。そもそも異なるものであるとか色々仮説は立てられそう。だけどどれも仮説の域を出ない。今後の実験である程度の推測はできるかもしれないけど)


 そうしてカタログを一通り見た幸太郎は何を購入するか決めた。


(そうやはり実験は必要だ)


「全部ください」

「はい?」


 カタログを閉じてそういった幸太郎にワンが口を開けて惚けたかのように答える。


「正確にはこのカタログに載っている全種類を一つずつです」

「は、はい。少々お待ちを」


 ワンは慌てて算盤のような演算機器を取り出して計算を始める。

 魔法関連の商会的側面を持つ魔法協会(スペルギルド)の長らしく、とてつもない素早い速度でワンは見積もりを出した。


「金額としては金貨千二百枚で如何でしょうか?」


 そうして口頭で伝えられた見積もりの額を聞く。


「家を買ってお釣りが出る値段ですね」

「それはその巻物(スクロール)全てということになりますと、まず一番安い巻物(スクロール)でも銀貨1枚からになります。貴重な魔法は使い手も少なく価値も高いものになりますので場合によっては金貨数十枚で取引されることもありますので。カタログ全てとなりますと全てを一つずつ買うとしても300枚になりますので…」


 幸太郎はエルに目配せする。


「エル」

「はい」


 エルは椅子の横に置いていたカバンから袋を取り出すと、机の上に置く。

 袋が開き中から金貨が溢れでた。


「とりあえず前金としてこれでお願いします」


 中には数百枚の金貨が入っており、ワンはそれを唖然とした面持ちで見つめていた。


「後は家のものに運ばせましょう。それで巻物はいつ頂けますか?」

「は、はい。全額現金でいただけるのであればすぐにお運びいたします!」


 だが商人らしくワンはその輝く金貨の山を見つめてすごくいい笑顔になると、可及的速やかに商品をお渡しすると力強く宣言したのであった。


 後で足りない分を持って来させる事を他のビーイングに伝えて、幸太郎は魔法協会(スペルギルド)を後にする。


「さて、今日の用件は済ましたし」


 時刻はまだ昼前であり、ここ数日の用件は一通り済んで落ち着くことが出来るようになった。


「あーだから…その…褒美…じゃないな約束を果たそうか」

「幸太郎様…」


 幸太郎が恥ずかしげにそういうとエルはほんのりと頬を染めて俯く。


「今日はいい天気だし、で、デートでもどう?」

「はい、喜んで」


 幸太郎がそういうと、エルはそれを待っていたとばかりに微笑んでそう答えた。

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