走れ幸太郎
「ま、魔王軍が攻めてきました!」
「ええええええええ!!!なんでええええええぇ!?」
幸太郎は困惑した。
「ふふふ…ふざけんなああああ!」
そして激怒した。
必ずかの戦争を除かなければならぬと決意した。
幸太郎には政治がわからぬ。
幸太郎は、こことは違う異世界の一般人である。
上司にへこへこし、リザレで遊んで暮して来た。
けれども面倒ごとに対しては、人一倍に敏感であった。
幸太郎にはこの世界に父も、母も無い。女房も無い。
十六の、リズと愉快な仲間たちの複数人暮しだ。
リズは、村の生き残りを探すため、一緒に村を出て来た。
幸太郎はそれとは別に叙勲式に出席するために王都にやって来たのだ。
だがダグラスの陰謀に巻き込まれ、なし崩しにエリザベスに味方することになった。
幸太郎は単純な男であった。
本気を出せば、この問題は解決できると兵を城に差し向けた。
だが、それで問題は終わらなかった。
ダグラスが危惧していた通り魔王軍が攻めて来たのだ。
「ほら見たことか!だから私は言ったのだ!魔王軍を倒さねば戦争は終わらぬ!ぐふっ」
どうも緩かったらしい。
ダグラスが猿轡を外してそう叫んだところで今度こそビーイングの一人によって無理やり気絶させられる。
それを咎める者は誰もいない。
妖精姫であるエルが幸太郎を真の王と言った以上、この中で一番偉いのは幸太郎であり、周りの人は幸太郎の不興を買ってまでダグラスを援護しようとは思わなかった。
「なぜこうも…立て続けに問題が起こる!俺が一体何をしたというんだ!?」
実はこうなった原因は幸太郎がやって来たことに関係があるのだが、幸太郎はそのことを知らない。
だが知らない故にその怒りは正当なものであった。
「幸太郎さま!?」
そして幸太郎は感情の赴くままに城を飛び出して行き、ビーイング達はそれを慌てて追いかけていった。
一年の修行という名のサバイバルは幸太郎の身体能力を飛躍的に向上させている。
一応はサンベアという野生の熊をタイマンの近接戦で倒せるのだ。
普通の人間は鎧と槍を装備しても困難な事を、軽装と短剣のみで。
そう考えれば、幸太郎の身体能力は人外と呼ばれる域に指先とはいえ突っ込み始めていると言える。
だが幸太郎のアーティファクトやビーイングのスキルで強化された軍隊系ビーイング達はそれをさらに凌駕する。
というかステータスだけみれば桁が違うといってもいい。
直ぐに複数のビーイングが疾走する幸太郎の周りに展開して万全の警護体制を築く。
そうして城を駆け抜けた幸太郎はある部屋に入るとそこのベランダから躊躇なく飛び出した。
「幸太郎さま!お待ちを!」
慌てて他のビーイングもそれに続く。
ここは城の二階である。
そのままなら地面に激突して、死なずとも怪我を負うことも有り得る。
だけど、飛び出した彼等はそうならなかった。
直ぐに彼等は見えない何かに受け止められる。
側からそれを見ている人がいたら、幸太郎達がいきなり空中に囚われたように見えるだろう。
だがそれは正確ではない。
空中にとどまった幸太郎達は急上昇を開始する。
すると、幸太郎の足元に緑色のタコのような生物が浮かび上がって来た。
「キュポ」
オクタス
ビーイング
アタック500
ディフェンス800
マナコスト7
潜伏。このカードを場に出した時、マナコストを3消費することができる。消費した場合、アタックを500プラスする。
それは数十人を頭上に乗せることが出来るほど巨大な緑色の空飛ぶタコだった。
「キュポ」
周囲の景色に同化する能力があり、それによって軍用光学迷彩ばりに周囲に溶け込むことが可能なビーイングを幸太郎は便利な空中移動手段として呼び出している。
「オクタス、魔王軍のところへ行って」
「キュポ」
主人たる幸太郎の命令に従ってオクタスは移動を開始する。
その速度は遠目から見たらゆっくりに見えるが、それは巨大故であり実際は空中を滑るように移動するオクタスは馬より早い。
城壁を飛び越え、街を移動して王都の人々の度肝を抜きながら、王都の外に向かう。
「しかしなんで魔王軍がこのタイミングで?」
「このタイミングだからでしょう。敵の都合が悪い時を責めるのは常道です」
独り言のつもりで呟いた幸太郎の発言は、側近のビーイングに拾われてそう指摘される。
(あああ、やっぱりそうなのか…ならこれも自分が招いたことか!?ダグラスをあの時パーティ会場で無理やり無力化してれば!?)
魔王軍はなんらかの形で王都が混乱しているという情報を掴んで、この王都を強襲せんとやって来た。
つまりこの混乱を早期に収めていれば、魔王軍の強襲はなかったかもしれないと。
やがて幸太郎達を乗せたオクタスは、王都郊外に到達する。
そこはエリザベスの私兵から連絡があった魔王軍の目撃地点だ。
「ふふふ、どこだ魔王軍!これ以上面倒事に付き合ってられるか速攻で返り討ちにしてやる」
幸太郎は色々限界だった。
すでに事態は幸太郎の許容範囲を超えており、配慮する余裕はもはやない。
だから幸太郎は感情の赴くままカードを一枚構える。
それは広範囲殲滅を可能にする攻撃スペルであり、数多持つ切り札の一つだ。
これを使えば軍団ですら一掃できる。
あとは魔王軍を見つけて、そのカードを行使するだけであった。
だが…
「あ、あれ?」
幸太郎が見たのは、土煙をあげて全速力で撤退していく魔王軍の姿だった。
「え?なんで撤退を?魔王軍は王都が混乱している隙に攻めて来たんじゃないの?」
訳がわからない。
だが魔王軍は人外と呼ばれる程の無駄に高い体力を発揮して、すでに遥か彼方へ去ろうとしていた。
無論、追いかけようと思えば追いかけられない訳じゃない。
だが、幸太郎は王都を脅かす魔王軍を撃退するために出張って来た。
その対象が脇目も振らず逃げ出したのだ。
そして追い払うことが目的だった幸太郎はそれを追う理由を持っていなかった。
「どうされますか?」
「えーっと、逃げたなら…追わないで良いよ。元々追い払うのが目的だったし」
そう行って幸太郎はカードを放り投げる。
放り投げたカードは、幸太郎が望まない限り、手のひらに集約することなく幸太郎の周囲を漂い続ける。
「はっ」
「まあ、いいや…今日はもう疲れた。屋敷に帰ろう。後のことはエリザベスに任せればいいや」
「キュポ」
幸太郎の意思に従って、オクタスは屋敷へと進路を向けた。




