幼児潜入記その2
「安らかな眠りを」
「あら…」
ロビンが唱えたスリープノイズの魔法よって、王妃は即座に眠りに入った。
スリープノイズ
スペル
マナコスト2
マナコスト3以下のビーイング一体を一ターン行動不能にする。
王妃が頭を打たないようにソファに倒れこむように誘導した後、ロビンは扉に向かう。
「ごめんなさいお母様。そして今までありがとう」
寂しげな表情を漂わせながらも、ロビンはそれを振り払うように顔を振るとドアノブに手を伸ばして扉を開けて外に出る。
廊下の外には見張りの兵が居たはずだが、突然の急襲で混乱したのか今は誰も居ない。
ロビンはそのまま勝手知ったる城の廊下を進む。
ロビンが密かに各所に設置していた魔法による監視の目によれば、ダグラスの一派は拘束されており、それを報告するためか先ほどペガサスに乗った騎士がどこかに飛び去って行った。
だが城内にはまだダグラスを拘束した連中が徘徊している。
幸いなのは彼らは明確な指揮系統の元行動しており、これまで非戦闘員に対する略奪や暴行などは行われていないことだった。
(良かった。これなら母様やメイド達が危害を加えられることはなさそうだ)
だが、それはあくまで無抵抗な非戦闘員に限った話。
ロビンのように怪しい目的のために行動するものを見逃すことはないだろううと思われた。
そうでなくてもロビンは幼児で王子である。
見つかれば即座に確保されるのは確定事項だ。
故にロビンは見つからないように細心の注意を払って進まないといけなかった。
(ダグラスが捕まったこと、そしてこのまま放置しても死刑になるだろうことをみんなは知らない。だから僕が捕まってそれを伝えることができなかったら彼らは無意味に王都に侵攻する。そしてこの集団と激突することに)
意図的に領地を明け渡して、王都の王国軍部隊を手薄にしたとはいえ、叙勲式によってダグラス含む幹部連中が集まっている敵地最奥の王都に侵攻するため、魔王軍は少数だが精鋭で構成されている。
負けることは流石にないと思いたいが、損害なしで王城を占拠した相手に対して余裕で勝てると思えるほどロビンは楽観的ではない。
魔王軍もその二つの事実を把握すれば間違いなく撤退を選択する。
(っと)
ロビンは、とっさに近くの物陰に入る。
そこに鎧をガチャガチャと言わせながら、一人の騎士が走ってくる。
同時に別方向からも今度は巨大な盾を持った兵士が走ってきた。
「王妃と第三王子はまだ見つからないか?」
「ああ、今までに確認された部屋にはいない」
「そうか。今将軍が尋問しているようだが、それを待っててもし別働隊に別の場所にうつされたら厄介だ。主人のためにも必ず確保するぞ」
「おう」
そう行って二人の兵士は疲れを感じさせないそぶりで走り去って行った。
物陰から出たロビンは二人がいなくなったことを確認すると再び走り出す。
(やっぱり確保対象になってた。こういう時だけ自分の身分が嫌になるよ)
とはいえ、幸太郎の私兵達は王妃とロビンの所在をまだ把握してないのは好都合だった。
王妃を発見しても深く寝ている王妃を起こすわけにもいかないだろうし、しばらくは守護される。
そしてダグラス派が口を割らない限りは王妃とロビンが一緒に軟禁されていることはわからないから、王妃を発見しても即ロビンがいなくなったということには気づかない。
だがそれもずっとではない。
彼らは引き続き姿の見えないロビンを捜索するし、王妃が目覚めたり、ダグラス派が口を割れば、ロビンは消えたことがバレる。
そうなれば捜索がさらに厳重に行われるのは想像に難くない。
ロビンは焦る。
(時間はあまり残されていないのに)
王城を脱出さえすれば、こちらに接近中の魔王軍に接触する方法はいくらでもある。
だが、その王城を脱出するということ自体が、この状況、そしてロビンの現在の体力魔力、そして身分が足かせになる。
万が一見つかった場合は、戦闘は論外だろう。
ロビンの今の実力では白金でも危うい。
ブレイドを一刀両断した相手とでも出会おうものなら勝算は皆無だ。
故に絶対見つからないように行動しないといけない。
(魔力は温存しておきたがったけれど仕方ないな)
ロビンは、新たに魔法を唱える。
隠密の極意
スペル
マナコスト3
マナコスト5以下のビーイング一体に潜伏を付与する。
これによってロビンは不可視の衣を身にまとう。
透明になったロビンは、普通に角を右に曲がる。
途中には拘束された兵士がいるが、彼らはロビンに気づくことはない。
そのためロビンは堂々と廊下を進む。
ヒュバッ
そして剣閃が走った。
ロビンの目の前には騎士がいた。
騎士は剣を抜いていた。
そして今しがた切り捨てたかのように立っている。
その殺気にロビンは当てられる。
(あ、これ死んだ…)
ロビンの後ろにあった彫像は斜めに切り裂かれ、上半分がそのまま下にずり落ちる。
ロビンがヘタリ込むのと、彫像の上半分が落ちて轟音を立てるのはほぼ同時だった。
ロビンはちらりと後ろを見る。
切断面は、ロビンの頭上より少し上だった。
大の大人なら腰から真っ二つの位置であり、一瞬で致死に至らなかったのはまさに幸運と言うほかなかった。
「ふむ、何か音がしたから取り敢えず切ってみたが…」
騎士はそう行ってロビンがへたり込んでる付近を見渡す。
「ちゅ、ちゅう!?」
直後、下半分が残った彫像の後ろから慌てたようにネズミが出てきて逃げ出して行く。
「ふむ…彫像鳴動してネズミ一匹か」
(いや、鳴動というかぶったぎってますよね?)
ロビンは心の中でそう突っ込む。
「どうした?」
そこに他の騎士達がやってくる。
「はっ!物音がしたので取り敢えず斬ってみたらネズミでありました!」
「…そうか」
どうやら一人は上官らしい。
すわ戦闘か?と参上した上官はそれを聞いてなんともいえない顔をしている。
斬った方の騎士もバツが悪いのか頰をかいている。
「いや、そうであればよかった。引き続き警戒にあたってくれ」
「はっ!」
騎士達はその場を離れて行く。
騎士達が足早に離れたあと、ロビンは静かに立ち上がる。
(あ、危なかった…不可視化してたとはいえもっと派手に音立てて立ててたら確実に死んでた。末端ですら姿が見えないだけで油断する相手じゃない)
この世界には魔法があり、姿を消す魔法も知ってる人は知っている魔法だ。
魔法使いと戦闘経験が豊富な戦士なら透明化を警戒するのは至極当然であった。
問題なのは王国軍の中でも精鋭中の精鋭のくらいしか心得てないようなことを、末端の一兵士が心得ているという事実である。
そんなことがあった故にロビンはさらにに慎重に足を運ぶ。
再び騎士が現れたら、透明化していても隠れる徹底ぶりだ。
その時は息を潜め通りすぎるのを待つ。
透明になった上に隠れるという行為はやり過ぎかもしれない。
しかしすれ違った騎士のうち、何人かはちらりとこちらを見ていたりすることもあった。
すぐに視線が外れているから気づかれたわけではないだろうが、完全な不可視化をしているにもかかわらずなんらかの違和感を感じているだろうことは明白だった。
そうで無ければ、わざわざ立ち止まってこちらを見ていたりすることはない。
(やばい。こいつらやばい。不可視化してるのになんという感度なんだ…こんな調子じゃ見つかるのは時間の問題だ…)
元々不可視化の魔法も効果時間はそんなに長い方ではない。
だからこそ急いで行こうとしてた目論見が、その矢先に足音を感知され彫像を切られたことで完全に敗れた。
このままでは目的地到着するのが早いか、不可視化が解けるのが早いかといったところになっていた。
(まずいな。ただでさえ足音だけで感知する連中なのに不可視化まで解けたら…)
ほんの僅かな影ですら彼らは見逃さないようにロビンは思えた。
だからロビンは音を立てないよう、しかし可能な限り全速力で目的地を目指す。
そして何度か危うい橋を渡りながらロビンは玉座の間の前に到着する。
(ここは有事の際に大人数が立て込む最終防衛線で、万が一のための秘密の脱出経路がある唯一の場所)
それを知っていたロビンは扉をそっと開けて中を覗く。
扉は施錠されてなかった。
そして中には誰もいなかった。
(流石にダグラスの糞兄様もここまでは逃げ込めなかったのか。まあそれほどの予想外な速攻だったし、僕にとっては好都合だ)
ロビンはそっと体を滑り込ませて、玉座の間に入るとドアを閉める。
2歳児であるはずのロビンからすれば、とてつもなく巨大な扉であるはずだが、ロビンはそれを苦にしない。
そして扉を閉めると同時に不可視化が解けてしまう。
(はあ、なんとかここまで来れたよ…)
この部屋にはロビン以外の気配はない。
魔族特有の感知能力でそれを確認したロビンはほっと息をつく。
ここまで神経をすり減らすようなことが続いていたから心労はそれなりにあった。
だがそれを差し引いても、ロビンの感知能力は生まれ変わりと長年の王宮生活で完全に衰えていたと言わざるを得ないとロビンは考え直す羽目になる。
「あら?ロビンがなんでこんなところに…」
ロビンはゆっくり振り返る。
そこにいたのは妖精と見紛う容姿を持つ者。
人間に似ていながらも人が持たざる魔力と不老不死という特性を持つ神に近いと言われる種族、エルフがいた。
(え、エルフ?バカな感知にはひっかからな…いや、それは置いといて今は対処だ。相手はただのエルフ…じゃない!)
そのエルフは、白金のような髪をなびかせ、弓を持っていた。
その姿はロビンも良く知る人物である。
イリス王国においては王より上の絶対権力者である妖精姫フェリアがそこにいた。
(なぜここに妖精姫様が!?一年前に行方不明…お隠れになったのでは?そういえば…)
ダグラスは襲撃の直前に何者かと会話を行なっていた。
その時、ダグラスはその相手を妖精姫と呼んでいた。
ロビンはそれを諜報用の虫経由で聞いていたがは拾えたのは音声だけであり、姿は確認できなかったので、半信半疑で聞いていた。
(本当に妖精姫様が帰ってきていた?だとしたらこれは不味い…)
ダグラスと妖精姫の会話によれば、妖精姫は今この城を占拠している勢力側の人間だ。
それに見つかったということは即ち敵勢力に見つかったということを意味する。
(たたかう?いや無理勝てない。逃げる?無理無理!相手は妖精姫。どう逆立ちしてもできやしない。なら)
誤魔化すのが一番だとロビンは考える。
今の段階であればロビンはただの幼児王子だ。
それはつまり妖精姫にとってはむげにできない存在。
迷ったふりをすれば今なら保護してもらうことはできる。
そうして油断を誘って隙を見てうまく逃れるしか方法はなかった。
「まま…」
2歳児らしく母親と勘違いした体を装ってロビンは妖精姫に近づこうとする。
だがそんな目論見はすぐに崩れる。
一本の矢が容赦なく突き刺さる。
「あ…う…」
妖精姫が放った矢は正確無比にロビンの側頭部を掠めて大理石の床に突き刺さった。
石の床に木の矢が突き刺さったのだ。
ロビンには全く感知できない速度で。
「私の質問には正確に答えなさいロビン。不可視の魔法を使って現れた時点であなたがただの幼児ではないことは明白よ」
妖精姫の目は氷点下もかくやというほど冷たかった。
それはどう見ても二歳児に向けるものではない。
(あ、無理だこれ)
ロビンはそのまま地面にへたり込む。
「さてあなたが何者で、何をしようとしてたか話してもらいましょうか?」




