王子の大きすぎる墓穴
「くそ、くそくそくそ!」
王城を掌握したダグラスは自室で頭を抱えていた。
「なんてことだ!なんてことだ!まさかあれほどの龍を使役する存在だったなんて!」
ダグラスを苛む後悔、それは幸太郎を味方につけれなかったことだ。
なぜならそれがエリザベスを逃したことにつながったからだ。
「なんなんだあの龍は?!なぜあんな存在を使役できる?なぜあんな存在が今まで無名だったのだ!?」
龍とはこの世界でも最強の生物の一つだ。
様々な存在がいるが、それらが吐くブレスは頑強な砦すらたやすく破壊する。
そんな存在が空を飛びながらブレスをまき散らした結果、軍が壊滅した話は枚挙に暇がない。
「どうする?どうすればいい?今、奴らが屋敷にいる所に強襲を掛けるべきか?今ならドラゴンは主人の護衛のために飛ぶことができない。討つには絶好のチャンス。だが、王都内で市街戦、それもドラゴンとなればそうとうな被害を覚悟しなければならない…」
ダグラスにとって、マルゴッド伯爵の屋敷に居座られたドラゴンは目の上のたんこぶ、いや喉元に突きつけられた刃だった。
なんとして排除したいが、其れ相応の代償を必要とするのは簡単に予想できる。
最悪王都が灰燼に帰す恐れもあった。
「だが飛び立たれたらそれこそ勝ち目が…ああくそ!なんでこんなことになった!?」
当初の予定は、司法を抱き込んでエリザベスに王暗殺の罪を着せる謀殺が目的だった。
だが、幸太郎がエリザベス側につき、あまつさえドラゴンを呼び出して、王城を損壊させて多数の死傷者を出した。
そしてエリザベスとマルゴッド伯爵に逃げられたとなれば、2人は間違いなくダグラスを糾弾して挙兵するだろう。
そうなると完全な内戦に突入する。
それはダグラスにとって完全に予想の外の出来事だ。
「くそ!俺が王になって、国をまとめ上げて魔王領を侵略する計画が!そうしなければ真の平和が訪れないと何故わからない!日和見主義者どもめ!」
ダグラスの脳裏に浮かぶのは、司令官として戦地に行き、そこで見た魔王軍の実力と脅威だ。
ダグラスが恐れるもの、それは魔王軍によって周辺の魔物が突然豹変し、魔王軍に組み込まれたという恐るべき事実だ。
人間にも魔物を使役するものはいるが、数百数千単位で魔物を使役する能力は誰も持ち合わせていなかった。
「魔王軍は魔物を使役することで無尽蔵に兵力を確保できるのだぞ!大元の魔王を討伐しないと戦争が終わるわけないだろうが!」
そうダグラスは主張して、魔王城強襲を訴えたが、それは王とエリザベスに反対されて否決された。
曰く今回の戦いには大義はない。
これ以上の戦闘は防衛という枠すらも外れる。
だから和平の道を探るというのが王の方針だった。
「そもそも今回の戦争の原因はお前が軽率なことをしたから、だと!?あれが成功してれば、我が国は未曾有の繁栄を遂げていたかもしれない事業を軽率だと!?」
王がそういう方針に切り替えたのは、落ち度がこちらにあるという不都合な事実を隠蔽するためと、魔王軍が前代未聞の特使を派遣したことも関係する。
その特使は魔族を名乗り、見た目は人間に近いが、頭から一対の捻れた角を生やした人物だった。
当初は敵かと思われ、拘束されたが、その人物はいたく理性的で紳士的であり、人間たちの魔王軍に対する偏見をぶち壊すには十分な人格者だった。
「彼は信用できる方ですね」
何より妖精姫が、そんな魔族の使者を認めたことは大きな衝撃だった。
少なくとも人類の天敵であるはずの魔族を交渉の余地がある異種族だと認めるほどには。
もっともその特使も妖精姫が消えてしばらくしてから来ることがなくなっていたが。
当時は妖精姫が消えたのと合わせて邪推を呼んだが、妖精姫が消えた後もしばらくは普通に訪問していたり、カマをかけても引っかからなかったことから今は無関係と思われている。
恐らくは戦争の悪化により特使を派遣するのを控えたのだろうと思われていた。
だから、王は今回の勝利を受けてその特使に再び連絡を取ることで和平の道を探ることを模索していた。
「あの忌々しい特使もいなくなり、王も倒れた今こそ国を掌握して魔王城に攻め入るチャンスだったものを!」
王を暗殺して、エリザベスを謀殺して、王となり、国をまとめ上げて魔王城に侵攻する。
その計画はエリザベスの拘束に失敗したことで既に破綻した。
今はどうやって未然に内戦を防ぐか?あるいは内戦をどう早期に終結させるか?
それを考えて行動に移す必要があった。
「エリザベスさえ暗殺できたらこの事態は早期に収束する。問題はどうやって奴を、幸太郎を出し抜くか?相手はミスリル級。生半可な戦力では返り討ちだ」
ミスリルは文字通り一騎当千の存在。
数多の戦闘をくぐり抜けて、冒険者としての頂点をつかんだ彼らは、徴兵した農民兵なら数百人をあしらい、騎士ですら数人あるいは数十人と対等に立ち回れると言われている異常な存在だ。
あまりの強さに人外扱いの認定を受けることもある存在である。
おまけにそのミスリルですら苦戦するドラゴンなんて規格外の戦力もある。
考えれば考えるほど、ダグラスはそれが不可能な絵空事に見えてきた。
「ああ、なんてことだ。あのドラゴンさえ倒せればなんとかなるかもしれないのに」
「無理ですね。仮にヘルフレイムドラゴンを倒したとしてもあなた如きが幸太郎様に勝てるとお思いで?」
自室で悩みに悩んでいたダグラスはとっさに剣を抜く。
人払いをしているはずのこの部屋にいる人物など刺客以外にあり得ない。
「何奴?」
だから声のした方に剣を向けたダグラスは物陰から出てきた人物を見たときに心臓が飛び出るほど驚いた。
「よ、妖精姫様!」
とっさに跪きそうになるのをなんとか抑える。
今まで行方不明だったはずの妖精姫がこの場にいることがおかしいのと、その妖精姫が放った発言に違和感を感じたからだ。
(妖精姫様がなぜここに?いやそもそも彼女は本当に妖精姫様なのか?それに…)
「今、なんと?幸太郎があなた様の主人?」
「ええ、幸太郎様こそ私が支えるべき真の王たる方。あなた如きが敵う相手ではありませんよ?」
「馬鹿な!真の王は王族から生まれるののだ。それは私か私の子供達に違いない」
「…はあ、それは限りなくゼロに近いとは言ったはずなんですが…これだから今の子供達は」
そう言ってエルは憂鬱そうに溜息をつく。
ダグラスは確かに妖精姫がそんなことを言っていたことを思い出す。
しかし王の資格があると本気で思っているダグラスにとっては認められないことだ。
「そ、それに貴族達が従うとでも?」
(一介の冒険者が国を統べることなど到底不可能だ!)
ダグラスの考えは、幸太郎がいたら大いに同意するに違いないものだった。
「それはあなた達の自由です。別に従いたくないなら従う必要もないでしょう」
だがそれにたいしてエルはどこ吹く風といった具合。
ただダグラスを見る目は幸太郎に従おうとしない愚か者を見るそれだった。
「ですが、私は従います。彼の方は従う価値のある方ですので。その意味はお分かりで?」
それはつまり幸太郎は妖精姫の全面的な支持を受けてるに等しいということだ。
その意味はこの国ではとても大きい。
なぜなら妖精姫はこの国では数百年の昔から存在する現人神のような存在。
国民の信も厚い。
そんな存在が幸太郎こそ真の王と認めたら、それは立派な大義名分になる。
それは王を望むダグラスにとって恐怖そのものだった
「それは認められない!そもそもあなたが妖精姫とは証明できない!この国は我らが代々守ってきた伝統ある国!それを何処ともしれない馬の骨」
バシュッ!
恐怖のまま叫ぶダグラスの声は風切り音によって遮られる。
ダグラスは硬直し、目だけを横に向ける。
頰のすぐそばを矢がかすめて、ダグラスが背にしていた背後の壁に突き立っていた。
「あ、ああ…」
ダグラスは全く反応できなかった。
「私ならばいざ知らず、我が主人を愚弄するなら、先代の子供達とはいえ容赦はしませんよ」
その技の冴えは過去に見た妖精姫の技を否応なく思い出させる。
(間違いない。彼女は妖精姫様だ)
ダグラスは目の前の人物こそ妖精姫本人であることを確信した。
「…なぜ、なぜ奴なのですか?私こそはこの国のことを第一に考えて…」
「考えるだけなら誰でもできますし、妖精姫をやめた私にとってはどうでもいいことですが…」
そう言ってエルはダグラスに見下すような冷たい視線を向ける。
「一つ言わせてもらうならば、親を殺して国のためになるなんて世迷いごとをどれほどの人が信じるとでも?」
エルはダグラスに静かな怒りを向ける。
過去に自分が真の王とはいかなくても王に相応しいと選んだ子供の1人を殺されたことには思うところがあるようだった。
「だからあなたは王の資格がないのよ。能力はあっても徳のたりない可哀想な子」
そう言ってエルは今度は同情するかのようにダグラスを見つめる。
(なぜ、なぜそんな目で私を見るのだあなたは…)
ダグラスはそれに屈辱を感じる。
「それをあなたが言える立場なのか?」
「ふむ?」
エルはダグラスに面白そうな視線を向ける。
ダグラスが何をいうか期待しているのだろう。
「あなたは私を暗殺しにきたのだろう?そうでなければこの内紛は終わらないぞ」
そういうとエルは真顔になった後、しょうもないとばかりに憂鬱そうな表情で優雅に頭に手を添える仕草をする。
「…はあ、本当にあなたは愚かなのね。私がそんなことをするはずがないでしょうに」
エルはそういって呆れたような顔をするが、幸太郎がそれを見てたら「射殺するって言ってたじゃないか…」と呟いていただろう。
「だがそれ以外に道はないぞ。内戦を未然に防ぎたいのなら」
ダグラスはそれしか道はないと思っていた。
「私はね、この国とあなたのために最後の警告に来たの」
だがエルはそれを否定した。
その気になれば容易にダグラスを暗殺できるにも関わらず、警告に来たという。
「ダグラス。今すぐ幸太郎様に投降なさい」
その声は優しさすらこもった柔らかいものであった。
まるでダグラスのやったことは子供の癇癪のようなものだと言わんばかりに。
「そうすれば決して悪いようにはしないから、ね?」
それはエルからすれば本心からの声だったのだろう。
エルは長い人生の内に似たようなことはあらかじめ経験済みなのだ。
今回の騒動も数百年を生きた妖精姫からすれば子供の短絡的な素行不良にしか見えてなかった。
そして投降すれば、悪いようにしないというのも本心であった。
エルは幸太郎がこれ以上の人死にを望んでいないのを知っているからだ。
「ふざけるな!」
ダグラスは恥辱を感じた。
そして恥辱は怒りに変わった。
それは子供の頃から憧れ続けた妖精姫に未だに子供扱いされていると察したがゆえだった。
「貴方はいつまで私を子供扱いするつもりなんだ!」
ダグラスは怒りで恐怖を振り切った。
死なば諸共と言わんばかりに、ダグラスは剣を持ってエルに斬りかかる。
「…そう、それがあなたの答えなのね」
エルはそれをひらりと躱すと、矢を放つことなく、すぐそばの窓から飛び降りた。
「なっ!馬鹿な!ここは5階だぞ?いくら妖精姫とはいえ…」
ダグラスは慌てて窓に駆け寄る。
そして、宙に浮かぶ緑のタコのような魔物と目があった。
「キュポ」
「へ?」
そしてよく見るとそのタコの頭の上にはエルが澄まし顔で立っていた。
「それがあなたの選択ならば、御覧なさい。そして後悔なさい。あなたが敵に回したお方の恐ろしさに」
そう言ってエルは矢を掲げると、矢に光を纏わせて、天に向けて放った。
光の矢は流星のように天高く飛び上がる。
そしてエルを乗せたタコのような魔物は空高く浮かび上がり、程なく宙に解けるように消えていった。
「あの光の矢はなんだ?それにタコのような魔物が消えただと?一体どこに…ん?あれは一体…」
そしてダグラスは城下町の異変に気が付いた。




