幸太郎は遂に決意する
エルが実は妖精姫フェリアだったことを知った幸太郎は泣いた。
それは自分はカードを呼び出す度にこんな騒動を起こしてしまうという事実からであり、
それでもなおカードを使わないということはおそらくできないだろうという事実を悟ったがゆえだった。
この騒乱を早期に抑えるためにはどうしたってカードの力が必要だ。
それが次の騒動を生み出すかもしれないとしても。
「あの、幸太郎様?」
ようやく泣き止んで立ち上がった幸太郎にエルがおずおずと声をかけてくる。
幸太郎はデッキ管理メニューを開く。
「迂闊だった。妖精姫シリーズは複数あるから、そのどれかかもしれないとは思っていたけど、ちゃんとイメージは再確認しておくべきだった」
幸太郎はカードの大半については大体記憶している。
だが、その記憶の大半はカードの名前と能力であり、イメージまでには及んでいない。
だが見れば思い出せる自信はあった。
実際今までの魔物達は見ただけで、その容姿から名前と能力を思い出すことができていたのだ。
幸太郎にとってはそれで十分であり、敵になる可能性も低いから、複数ある妖精姫シリーズのイメージチェックを怠っていた。
以前と同じようにあってから確認しても遅くないと考えていた。
幸太郎は全カードのストック一覧を選択する。
カードが幸太郎の周囲を散乱するエフェクトが発生し、幸太郎の思考を読み取った結果として一枚のカードが手のひらに収まる。
そうして手のひらにある妖精姫フェリアのカードを改めて確認する。
妖精姫フェリア
ビーイング
アタック700
ディフェンス700
マナコスト8
妖精姫フェリアが場に出された時、スナイパーエルフ600/200を場に出す。スナイパーエルフが場にある間、妖精姫フェリアは攻撃できない。
「見分けつかないじゃねーか!」
妖精姫フェリアの容姿は、着飾ったスナイパーエルフというべき代物だった。
ドレスを身にまとい、手に持つ弓はエルが持っているものと似ている。
(まさかの同じ絵師なのか?)
女性を描くと見分けがつかなくなる絵師はたまにいる。
試しに3Dモデルの可視化をしてみたが、絵をモデルに生成された3Dモデルもまたスナイパーエルフと服装以外の差異を見いだせなかった。
(それじゃ仮に確認しててもわかるわけない…)
これでは容姿では妖精姫フェリアとスナイパーエルフを区別することは結局できない。
(なにこのトラップ…)
仮に絵柄を確認していても、実際にこうやってエルが認めるまでは、幸太郎もエルが妖精姫である可能性については、容姿が似ているからみんな勘違いしているのだと決めつけていたはずだ。
(妖精姫かもなんて考えないよ。そもそも呼んだのはスナイパーエルフなんだし)
王国の妖精姫が妖精姫フェリアである可能性は考慮しても幸太郎が呼び出したのはスナイパーエルフなのだから。
「訳わからん…」
そして一番信じられないのは、呼び出したスナイパーエルフの正体はイリス王国の妖精姫本人だったことだ。
(いや、現実逃避してもしょうがない。エリザベスがエルのことを妖精姫フェリアだと強硬に主張して、エルもそれを認めてしまった…これを認めないと何も始まらない。もう終わってる感が大きすぎて嫌になるけど…)
「エルが妖精姫フェリアなのは百歩譲ってまあ良しとして」
問題はスナイパーエルフを呼び出したはずの幸太郎は、なぜか妖精姫フェリアを呼び出してしまっていたことだ。
「なんでフェリアがわざわざやって来るん?ご丁寧に能力をスナイパーエルフ並みに封印した上で?」
「はい。私は妖精姫フェリアでもありスナイパーエルフでもあったのです。なのでスナイパーエルフとして呼び出される資格がありました。そして私はそれでも構わないと幸太郎様の元に馳せ参じることを臨みました。その代わり能力はスナイパーエルフのそれとして封印されましたが」
エル曰く、本人の力を封印した上で、妖精姫フェリア本人がそれを望んだらしい。
「なので今は妖精姫フェリアの役割と能力は外れてます」
「…能力はわかるけど役割って何?」
能力というのはおそらくカードの特殊効果と戦闘能力の事だろうと幸太郎は予測する。
妖精姫フェリアとスナイパーエルフならこの世界の法則に照らし合わせても大きな能力差が存在している。
一方の役割は幸太郎には馴染みがない概念だ。
「この世界に住む者に与えられた運命のことです。この世界に住むほとんどのものはそれを知らず、また与えられた役割に相応しい行動を率先してとります」
「と言うことはこの世界の住人はそれぞれが決められた役目を持っているってこと?」
役割と聞いて真っ先に幸太郎が思い浮かべたのはRPGだ。
勇者が魔王を倒す系が多いことで有名なゲームだが、本来はプレイヤー達が与えられた役割を演じて進めていくゲームであり、そこではそれこそがゲーム目的ゆえに演じることを求められて行く。
そもそも外れたらゲームにならない。
(まあ中にはそう言う楽しみ方もあるとは聞くけど…MMOじゃそう言うのは下手したら荒らし扱いだよなあ。いや現実もそんなものか)
現実でも何故か個々人には与えられた役割があるかのように振る舞うのを強要される。
生徒なら生徒らしく、社会人なら社会人らしく。
それが模範だと言われる。
「はい。しかも役割を知ったものも意図的に役割を外れることはできません。矯正力が働きます。私も妖精姫としての自分に嫌気がさしていたはずなのに、色々理由をつけて離れられなかったのその矯正力ゆえです」
「はあ…」
ただ、現実のそれは大衆心理による無言の強制かもしれないが、矯正力なんてものはない。
あれば犯罪者なんて存在しないだろうとも。
(矯正力ってなんだよ…と言うかそんなの存在していてもこの世界は治安が悪いの?もしそうだとしたら矯正力で犯罪者であることを強要されてる?なんて悪質な…)
また新しい謎概念が増えたことに幸太郎は頭を抱えそうになる。
「よくわからんが、カードで呼ばれたものはそれが外れるの?」
「はい。そして矯正力に押さえつけられない真の自由を獲得します」
「ぬう…」
幸太郎はイマイチ理解できてないが、とりあえずは頭の片隅にとどめておくことにする。
(役割なんてゲームなら如何にもな概念だけど、ここリザレのことを除けばゲームの世界って感じがしなかったのに…エルの発言を信じるなら外れることはメリットらしい…いや犯罪を矯正されるかもしれないリスクから解放されるならそれは確かにメリットだけど…妖精姫に犯罪を犯すような役割が割り振られているとはとても思え…いやそれはあり得ないとは言えないか)
権力者なら、事件に巻き込まれるのはゲームなら日常茶飯事だ。
そうでなければ物語が始まらないからという事情からなのだが、それと幸太郎が思い浮かべたのは毒殺された王と毒殺した王子だ。
(それが本当なら、王子が殺したのも役割故ということに…いや考えるのはよそう。ドツボにはまりそうだ)
わかるのは今のエルは妖精姫フェリアという役割を外れたらしいということ。
その結果自由になったらしいということ。
「でもだから妖精姫フェリアでないという理論はよくわからん…実際に妖精姫がいなくて大混乱じゃないか…」
しかし役割が外れたはずのエルをエリザベスは妖精姫フェリアだと認識していた。
「王でなくなったものは王ではないのと同じことなのですが」
「王家はそれを認めてないだろうに。それ以前に伝えてないだろうに…というか」
そもそも役割は多くの人が認識してない概念とエルは言った。
ならエルが妖精姫の役割を外れても気づくわけがない。
というか幸太郎もさっぱり理解できてない。
幸太郎の理解が正しければ、幸太郎に呼ばれた時点では、エルはあくまで妖精姫という役割をやめることができる自由意志を持つようになっただけだ。
つまりエルは幸太郎に呼ばれた結果、役割が外れたので、妖精姫フェリアを勝手にやめたということになる。
誰にも伝えることなく。
(ばっくれ退社だこれ)
入社早々先輩に怒られて会社に来なくなった元ヤンっぽい同期を幸太郎は思い出した。
「エル…なんでそんな大事なことを言わなかったの?」
「…真の王たる幸太郎様に呼ばれた以上、それ以外は些事だったので」
「これどうみても些事じゃないよね!?」
幸太郎は叫ぶ。
王は毒殺され、王女は濡れ衣を着せられ、王子は謀反を起こし、王城は半壊している。
どこをどう見ても些事で済まなくなっていた。
「…申し訳ありません。これを予想できなかったのは私の責任。ですので責任を持って王子を射殺してまいります」
「やめてそんな物騒なのは!せめて妖精姫の権力でなんとかして!」
それにエルは責任を感じているらしい。
だが、いきなりとんでもない提案をしだしたエルを幸太郎は止める。
幸太郎が断言しなければ、黙認と捉えてそのまま行きかねない。
そうなればエルは確実にダグラスを殺してくるだろうが、その後の予測が幸太郎にはできない。
幸太郎の中で浮かんでいる最悪の可能性は、妖精姫誘拐と王子殺害の主犯として追われる未来だ。
それを何としても防ぎたい、というかすでにやってしまった妖精姫誘拐を揉み消したい幸太郎としては、その為に可能なら穏便に事を進めて欲しかった。
「それは無理かと。今私が出て行っても、ここまでことを進めたダグラスは止まらないでしょう」
「ぐぬ…」
確かにこんな事をやらかした以上、死刑は免れない。
妖精姫が言ったとしてもやめないだろう。
(そもそも妖精姫がそんなの認めるわけないだろうになんでこんな…ああそうか居ないのをみんなが知らないのをいいことに黙認したと主張するつもりか。いやそれ以前にエリザベスに濡れ衣着せて、あとは妖精姫の影武者立てたらどうとでもなったのか)
「それならば、幸太郎様がいっそのことこの国をまとめればよろしいかと」
「断る!」
「だ、断言ですか…」
エルが珍しく狼狽える。
「それは嫌!」
幸太郎は断固拒否する。
そして幸太郎にとって、王になるなんてことは荷が重すぎた。
しかもこの状況で王になろうものなら、混乱に乗じた簒奪者の汚名は免れない。
ただでさえ妖精姫誘拐の疑いをかけられてもおかしくない状況だ。
さらに言えば、今の状況は学級崩壊も生ぬるいと言えるような状況だ。
そんなところに幸太郎がのこのこ出ていって国をまとめられるなら人生に苦労はない。
(何もかもが無理ゲーすぎる)
「兎に角!ここまで騒動起こしておいて些事も何もないよ…」
(というか本当に些事という理由だけなら叱責ものなんだけど。いやでもエルは人間見下してるところあるしガチでそう思っているのかも…)
エルの価値観は置いておいて、この状況となった肝は要するにホウレンソウの不足だ。
報告連絡相談をきっちり行うのは社会人の常識だ。
エルは妖精姫を辞めるにしても、事前にきっちり相談して、辞めたことを報告して、連絡を取るようにしていたら、こんなことにならかっただろうと思われた。
その意味でエルの行動は社会人としては失格だ。
「せめて王族に報告しなかったの?」
「そのことについては誠に申し訳ありません…報告をすべきとは思っていました」
エルも幸太郎に呼び出されて連絡が難しい状況だったとはいえ、その後で王族に対してフォローしなかった失態はちゃんと認識していたようだ。
(よかった。その認識はあったのか)
これで本気でその自覚がなかったら叱責せざるを得ないところだった。
今でさえ叱責したい衝動にかられている。
だが、歯止めが利かなさそうなのと、これまで散々命懸けで守ってもらった相手を叱責するのは幸太郎には憚られた。
「ならなぜそれを行わなかったんだ?」
「その場合、私は連絡を取るために幸太郎様に打ち明ける必要があります。そうしたら、幸太郎様は幸太郎様は私を即座に送り返していた。そう思うと…」
「あ…」
「そして幸太郎様は、間違いなくこの国の後継者として扱われてました。幸太郎様が望まないにもかかわらず」
「ああ…」
幸太郎はそれを否定できなかった
事勿れ主義な幸太郎なら、妖精姫を手元に置くことも、王になることも忌諱すべき事態だった。
だからエルを送り返すのは容易に想像できた。
そしてそのあと呼び出すことが皆無なことも。
それはエルには認められなかったのだろうう。
エルの顔からは苦悩の色が見て取れた。
(あれ?)
そこで幸太郎も自分の落ち度に気づいた。
エルは幸太郎から離れるのを何よりも嫌がっていた。
それこそ、カードに戻すそぶりを見せた時は、まるで親から引き離されそうになった子供のように泣き叫んだのだから、その衝撃は今でも記憶に新しい。
ならばこれは予想してしかるべきだったのかもしれないと。
幸太郎の今までの態度が、打ち明けることは即送還だと、エルにそう確信させていたのだと。
(つまりエルがそのことを打ち明けにくい状況にしてたのは他ならない自分だった?)
もしそうであるとすれば責任の一端は幸太郎にある。
(自分だって怖い先生や上司の前では失敗を簡単に打ち明けられなかったし、そういうことなのか?)
幸太郎の人生には反面教師が大勢いて、そうはなるまいと心に決めていたのに、実際はそうなっていた。
その現実に幸太郎は軽いショックを受けてしまう。
自分ではそんなつもりはなかったのに結果として、エルを萎縮させて、こういう事態を招いてしまったのではないかと。
幸太郎はエルを叱責することはできないように思えた。
(部下や生徒を萎縮させるようなクズな存在にはならないようにしようと考えていたのにこのザマ。これじゃあ怒るに怒れない…)
そういう萎縮させる人物に限って、後からバレた時の叱責はますます大きくなり、それがさらに悪循環を産んでることに彼らは気付かない。
だからこそ幸太郎は怒るという選択肢を完全に消した。
大事なのはこれからの対応なのだ。
「すまなかった。自分が至らないばかりにエルには辛い思いをさせた」
だから幸太郎はエルに頭を下げる。
結局のところ悪いのは自分なのだと思った故に。
「そんな!悪いのは私です!幸太郎様は何も間違っては御座いません!」
頭を下げた幸太郎を見てエルが叫びにも似た声を上げる。
エルからすれば、幸太郎のそばにいたいという身勝手な思いで黙秘あるいは否定していたことで、叱責されることはあっても幸太郎に頭を下げさせるとは予測外甚だしいのだろう。
「いや、結局エルにそんな行為をさせたのは自分の行動を見た結果なのだろう?ならやっぱり責任は自分にあるよ」
「違います!それは違います!!」
「いや、違わない。せめて自分がエルのためにちゃんと振舞っていれば、エルは安心して打ち明けることができたはずだ」
もし、幸太郎がエルは本心から幸太郎のそばを離れたくないことを理解した上で、エルをカードに戻して送還することがないと安心させていれば、もっと違うことになっていただろうとも。
「今までの行動を見ても、エルにとっては安心できる要素は何一つなかったものな」
「いえ、それは…」
それに対して否定しようという言葉は、しかしエルの口から出ることはない。
(やはり…)
その様子を見て幸太郎は確信を深める。
幸太郎はこの世界の存在に対して強すぎるビーイングやスペルを疎んじていた。
それらをカードに戻すような方法を探していた。
その方法を見つけてからは頻繁にカードを戻すようになった。
だが頻繁に呼び戻すことはあまりなく、それどころか自力でなんとか出来るようになろうと、修行を続けた。
「カードに頼らないなんて君たちから見れば不要と言ってるに等しいもんな」
「……」
実際はカードは呼び出して戻すことなく手元に置いておいた方が有利な場面が多いにも関わらずだ。
コストはかさんでも、それを上回るメリットや利益を享受できるなら保持する価値はある。
実際呼び出したビーイング自身の裁量で行動させて成功を収めたシンパの例もある。
なのに幸太郎はそれをしようとしなかった。
呼び出されたビーイング達が役に立つ事を心の底から望んでいると知っているにもかかわらず。
(エルのいう真の王の自覚というのはつまりこういう行動を指していたのではないか? )
エルは幸太郎がカードを有効利用しようとしない姿勢を暗に批判していたのだろう。
(そしてそうであるからこそ、安心して打ち明けることができなかった)
エルが前の幸太郎にフェリアであることを打ち明けるのはリストラを模索している社長に、リストラの口実を与えるような真似だ。
(そんな真似を誰がしたいと言えるだろうか?)
幸太郎は別にリストラしているつもりはなかったけど、戻そうとすると泣きそうになるエルを見た上でその自覚がなかったことは反省すべき点と言えた。
(でも自分の元についてもそんな報いることはできそうもないしそれなら解放した方が…違う違う!自分がそうだからと他人がそうとは限らないだろうが。だから空気読めないと言われるんだ)
「まったく、一体いつまで間違い続ければいいのか…はあ」
「幸太郎様…」
エルが心配そうにこちらを見る。
間違い続きの、そしてこれからも間違い続けるだろう人生を振り返って幸太郎は自嘲気味に呟いてため息をつく。
そして幸太郎はポツリと呟く。
「決めた。本気だすわ」
「え?」




